第3話 銀髪弓使いはあの子から
「――!」
覚悟を決めていない状況でいきなり人間に話しかけられたと思った月影に襲い掛かるのは驚愕の感情――それは声や表情として現れる程であった。
しかし今の彼女にはそのどちらもできなかった。
――本当に声を出せない。
それに気づくと同時に感情が抑制させる事が出来た月影の耳に再び声が響いた。
『驚いた――それとも想定内――無視している?』
――驚きました。
聞こえた声に律儀に解答した月影は同時にその声に関して気づいた事があった。
――電子音声と同じ?
調子こそ大きく変調しているがその大本は既にこの場所で聞いた幼い少女の声であると月影は確信した。
――どうして雰囲気が?
だがそれが状況に対する解答にならない為に月影の困惑は継続されている。
そんな最中にも声は響き渡る。
『――まあともかくあなたが気になるのは――あたしがどうしてこうなったのかよね?』
――疑問に答えてくれるんだ。
聞こえた言葉が自身が聞きたい事であったと思った月影はそのまま耳を傾ける。
『答えは簡単――あたしも待つだけになったから!』
――待つだけ?
『今のあたしの状況は――ダウンロードをしているゲーム機の前で暇を持て余している――他で例えるなら――電子レンジで食べる物を温めている状況――言ってしまえば暇を持て余しているわ』
――だから話しかけてきた。
一度途切れた声から言いたい事は理解できた月影――しかし。
――そもそも誰……AI?
――そもそも……喋れる?
学校でAIに関する授業を受けている身であったが人の様な振舞いの言語を独りでに口にするAIがいるとは習っていない為に当惑を抱く――気が弱い月影からすると艱難辛苦でよく解らない状況な為にスキップしてこの場を避けたいと思うはずだった。
――けど……嫌な感じはしない。
だが何故か聞こえる声に不快感を感じない月影はこの場を離脱してツインファンタジーワールドを始める――その様な考えが浮かぶ事が決してなかった。
その代わりに疑問が生まれていた。
――聞いた事が……ある声。
それは先から聞こえる音――それが電子音声の様に無感情な音だった頃から月影が感じていた事柄であった。
――思い出せそう。
何らかのきっかけがあれば即時に浮かびそうな月影であったが再び聞こえ始めた声によって中断される。
『そういえば――名を名乗る事を忘れていたわ』
――名……それを聞けばきっと。
思い出すきっかけとしては十全だと思えた月影は明け透けに語り始めたそれに耳に意識を向ける。
『ロ……』
――ろ……。
聞こえた声をそのまま脳裏に浮かべた月影だが声はそこから先に進まない。
『ごめんなさい!』
変わりに聞こえるのは謝罪であった――その色合いは必死なものであった。
『名前はあの子との秘密だから誰にも教えられない!』
――あの子?
唐突に新キャラを登場させるような言い方に月影は当惑していた。
『変わりにこっちを教えるわ』
そう言ったがその声色は不機嫌を現わしている。
『LODC――あたしの事はこう読んでね』
――LODC……エルオーディシー?
聞こえた声をアルファベットで留めるのかカタカナで留めるべきなのか月影は混乱する。
『書く時はアルファベットで書いてね』
その答えはLODC本人から聞こえる。それを把握する月影だが相手が妙な事を口にしていると思えたと同時に気まずそうな声が届いた。
『――あ――一つ訂正――書くがじゃなくて言う時よ――あれをした時が原因か――言葉って面倒ね』
――なんなんだろう?
不快感はないが感情豊かな声になった当初から抱いていた当惑は未だに続く月影。
それを指摘する度胸も指摘する手段もない為にそのまま聞く事にした。
『他には――現代の妖精と二つ名を付けられたわ』
――二つ名……それに現代の妖精?
聞こえた内容を把握した月影は現実離れしていると所感を抱き何を話しているのかと混乱しそうになる。
――なんなのかな?
本当によくわからない月影はある想像が脳裏を騒がせた。
――実はここは異世界で今わたしは未知なる存在と話しているとか……。
突拍子もない状況の波に呑まれる様に自身が常識の外枠に置かれているのでは?
そんな考えが月影の中に寒風と共に到来したが――
『ソウカイの奴――何が現実の妖精――ふざけんじゃないって感じだわ――RPGの中でならいいけど――ゲームではなくここはゲーム機の中であたしは現実の存在よ――ならあいつの二つ名は現実の悪魔よ!』
憎悪と憤怒が込められた声が世界全体を揺らす様に広がり、月影にも伝わった。
――現実の悪魔?
聞こえた声に驚かされる月影。しかしその怒りが自分に向けられている訳でない事に気づくと徐々に落ち着きを取り戻した。
――そうだよね……ここは現実……ここはVRゲームの中。
怒りの声に突かれた事で惑う月影の心は元に戻った。
そんな彼女に再び声が聞こえる――しかしどうしてかその色は悲しみ包まれていた。
『だけど――本来あたしがするべきだった事を考えると――その名は相応しいかもしれないわ』
――本来?
聞こえる言葉に当惑する事に変わりない月影だが意味深長に聞こえた単語に意識が向いた。
『けどもう片付いた問題――停滞の刹那が世界に訪れはしない――あなたが気にする事は何もないわ――VRMMOは――愉快適悦な世界だから安心してね』
――何の事を話しているか全然解らない。
――問題が起きたなんて……聞いた事はないですけど……。
その物言いからVRゲームが原因で事故が発生していた様に捉えている月影であるがその様な事故が起きた等一度たりともなかった。
しかし聞こえる音声に対してある種の安心感を抱いていた故に――物言いとは無関係な事が気になっていた。
――隠し事されてるみたい。
何かある度に陰口を言われていると考え込んでいる月影からすると、自身と関係が無い事柄ではっきりと言われた状況を理解しながらも聞いてていい気分にならなかった。
とはいえ気にしてばかりなのも仕方ないと思い気持ちを切り替える事にした。
『事が起こらずに済んだのは――あの子が外に連れ出してくれたおかげだわ』
――また……あの子。
――誰……なんだろう。
再び口にした謎の人物。ヒントもなく――そもそも知らない人の為に月影はどう向き合うか考え始めた途端。
『――殆どの準備が終わったわ』
響き渡る声からツインファンタジーワールドを開始可能である事を告げられる。
――ようやく。
VRゲームに対する情熱を胸に秘めていた心境であった為に嬉しさが込み上がる月影。
――けど……この声?
しかし響き渡る音声が気になる理由が未だに判別できない為に月影はそれが心残りとなっていた。
『前世代のVRもしてなくて――Virtual Reality Challengもクリアしてるだけあって早く終わったわ』
――それが関係あるんだ。
準備を短縮するのに無関係に思えた月影の素朴な感想を心の中で呟き終えると真面目な色合いに染められた声が脳裏に響いた。
『――じゃあほんの少しだけ眠って――起きたらそこはNEW WORLDインターネット――じゃなくて今の名はNEW WORLD2インターネットの世界よ』
――言い直してる。
言い換えをしてる事を気づく月影だが頭の端に置いておく事にした。
『ここまで付き合ってくれて――ありがとうさようなら』
何処か寂しげな声で別れ告げられると同時に音声は完全に途切れる。
その間に徐々に眠気を感じ始める月影であったが暇乞いの言葉が届き終わると眠気が一瞬だけ覚めた――理由はこの空間にきてから抱き続けていた疑問に答えた現れた故であった。
――ありがとう……さようなら。
最後に聞いた言葉を脳裏で返した月影。
誰にも聞こえない――届かないのは承知の上であった。
その言葉は電子空間で既に聞き覚えがあった。
――何処で……聞いて。
返した言葉を土台として月影の脳裏にはある光景が広がる――それはVirtual Reality Challengのラスボスを倒した直後であった。
――倒したラスボスが言った言葉!
Virtual Reality Challengをノーミスでクリアした月影がゲーム内で最後に聞いたキャラクターの台詞。それが『ありがとうさようなら』であった。
ストーリーがあるゲームではなかった為に唐突に言われた感がある。故に強く印象に残っている。
――もしかして……ラスボスの声。
そこから連想される形で月影はある確信を得る。
――LODCさんと同じ?
ラスボスは低音でクールな色であった為に伝わった感覚が全く異なり気づかなかったが最後の言葉によってVirtual Reality Challengのラスボスの声を明るくしたものが先まで聞こえた声と一致したその月影は確信する。
しかし答えを得た事で逆に謎が増えていた。
――でも……安心感と繋がらない。
しかしラスボスとの関係は戦った――本当にそれだけであり、深い関係では全くない。
――解ら……ない。
その事に気づくと同時に再び眠気が現れた始めていると月影は気づいた。
――爽陽ちゃんに……聞いて……。
意識が遠のく最中――NEW WORLD2インターネットの世界に誘った友達にも今いる空間の事を聞こうと決めたと同時に月影の意識は眠りについた。
誰もいなくなった事で暗闇は眠るかの様に静まり停滞に至る――とはならない。
『眠ったわ――ようやく』
暗闇の中には響き渡るのはLODCの声――その色は驚きに染まっている。
『二回も眠らせる事になる――なんて』
月影が眠りに落ちたのはLODCがそうなるように仕向けた為であった。それは人が初めてVRを通してインターネットに繋げる時に必須な事であった。
『何か忘れていた?』
意識が覚醒した要因を想像するLODC。
『考えても無駄――あたしはあなたが何を思考しているのか――何を書き……――じゃなくて――何を言いたいのか分からない――ここのあたしができるのは――一方的に言葉で伝えるだけ』
無機質で息継ぎ無し言葉を紡ぐLODCはそのまま覚醒した真の要因を空間に響かせる。
『眠りから覚醒したのは――適正が高いから』
言っているのは何の事なのか? 他者がいるならばそんな疑問が飛び込んできそうであったがその場にはLODCだけであった故に詳細の説明は不要であった――故に不可解な羅列は説明なしに続く。
『電子空間での身体の使い方を知らないであたしに抗う――想定外の存在――まさにイレギュラー――この人間ならコードネーム――PCWが発動していても抗えていたかもしれないわ』
一人で好き勝手に口にした言葉がいったん途切れたその刹那――憤怒の声が空間に響き渡る。
『ソウカイの奴――話すんだったらしっかりとどんなものか教えなさいよ!』
それはこの場にいない者に対する怒りの声であった。
『――あいつの考える事だから――ろくでもない事だわ――それに追放されてもう会わない人間の事を考えも仕方ないわ』
自身が上げた怒りを抑え込んだLODCは今の状況を確認する。
『二回眠らせたから――もう少し掛かるみたいだわ――』
予想外の展開が起きた為に空き時間が生じていた。黙っている事が我慢できなかったLODCは再び怒りが湧き上がる事を避ける為に別の事を考え始める。
『この人間は――あの子とは性別と血液型が同じ――けどあの子とは絶対に違う』
身体検査の際に把握した事を自身に向かって説明する様に口にしたLODCであったが続いて心底嫌そうな色が空間に響いた。
『あたしは性別と血液型が同じ人間を近い存在と感じる――ソウカイが話していた事だったわ』
再び嫌な人間の事を思いだしたLODC――それが原因となって気掛かりであった事を思い返す羽目となった。
『なんでソウカイの名前を知っていて――あの子の名前を知らないのよあたし――』
先から口にしている『あの子』それはLODCが名前を秘密にしている為にそう言っているわけではない。
単純に知らないからであった。
『――あの時のあたしは――そんな事どうでもいいと思っていた――ここでの仕事が終われば誰か出会っているか分かるかも』
言葉の意味は誰にも通らない。
だが悲しみで構成された後悔の色合いの声が場を支配する――それ程に悔恨の極みな様子であったLODC。
そのままにしておくと暗闇と同化してしまいそうな様子であった。しかし転機は訪れる。
『準備が終わったみたい』
黒だけであった空間に色が徐々に付き始めた。それはゲームの始まりを――そしてプレイヤーの目覚めを意味していた。
『あたしの出番は終わり――ゲーム機の中にあたしがいると邪魔者になるだろうから――ここでお別れよ』
既に声すら届かない――それを理解していながらもLODCは吐息を零す事なく明るい声で喋り続ける。
『――女性プレイヤーさん――これで本当の終わり――ここまでスキップしないでくれてどうもね――理解できないと思うけどあたしは楽しかったわ』
『ありがとうさようなら』
声が途切れたその瞬間――暗闇は消え去ると現れるのは水色に染まった空間。
「ここは?」
その中心には目覚めて周囲を見ている月影が立っていた。




