第2話 銀髪弓使いはスキップから
月影の視界は墨で塗られたかの様な暗闇に沈んでいた――身体は柔らかい毛布で包まれている感覚こそあるが殆ど動かせない。
「――」
辛うじて口は開くが声を出す事は不可能であった。
思考を奔らせる事は滞りなくできる為に月影は心の中で声を出した。
――これが演出?
現実を起こりえない――理解も超越した状況であった。
しかしゲームの世界で起きた事態であり、初めてオンラインを接続した時に特殊な事が起こる。それを説明書を通して知っていた為に月影の心は落ち着いていた。
――こういう空間は悪くない。
――匂いも空気も……。
今の空間にそんなものがあるか月影には分からないがそうとしか表現できない。
――寧ろ好きかな。
故に何もない場所に一人で佇める現在の状態が自身に合っている。そんな事さえ考えられる程の余裕が月影にはあり、暫しその今の感覚を楽しんでいた。
――ゲームして発売されていたら買いたいけど。
そう思えるほどに気に入った月影であった。
――この場面を終わらせようと思えば終わらせそう。
暗闇が続く最中に月影は今の状況――ゲーム的に言うならば場面と表現できるだろう。それを強制的に終了させる事が可能な事に気づけた。
――目の前に選択肢が現れたみたい。
依然として瞳の先は常闇に包まれている。しかしそれと並行してに目の前には『止める』『止めない』と表示された二つのパネルが現れていると月影は感じ取る。
――恋愛ゲームの……選択肢みたい。
遊んだ事があるゲームを思い出しながらも月影は急く心境でもない為に否定の選択を選ぼうとした。
――消えた?
しかし選ぶ前に二つのパネルは同時に消失する。想定外の展開に月影は驚く――その最中。
『――しました――オペレーションを開始します』
――音。
無機質で無透明な何かが月影の頭の中に響き渡り始める。
『プレイヤー――ユーザーを確認しました』
――女の子の声!
届いたそれは聞き間違いは有り得ない――月影が苦手なものの一つである知らない他人の声であった。
と言ってもいつ知らない声が聞こえるか分からない場所に赴く時の心持ちは既に覚悟を決めている。聞こえたとして身体を震わす程度に抑えられていた。
しかし今回は完全に不意打ちの形で聞こえており。それは本来彼女にとって驚愕に値する出来事であったのだが――
――なんなんだろう?
彼女の心境に変化は起こる事はない――唐突にひっそりと流れるそよ風の様な幼さを感じる少女の声が聞こえた。
感性が普通の人と同程度の驚きだけが浮かび上がる。
だが月影にも疑問はない訳でなかった。それは根本的なもの。
――何で声が……。
それは脳裏に音が届く理由であった。しかしそれは数秒の経過と同時に月影に解が届く事となった。
『サーバーと接続作業を開始します』
――インターネットとゲーム機を繋げる為に?
――なら聞こえるのは……電子音声?
初めてのオンラインである為に色々な処置が必要なのだろうと月影は判断する。同時に聴こえる音声は電子音声と判断した。
――スキップする事もできるみたい。
目の前からパネルが消えた感覚こそあるが目の前の場面を切り替えて先に進むのも可能な事に月影は気づいていた。
――電子音声……だから。
――もう少し聞こうかな。
だがその必要性を感じない月影はそのまま聞こえる少女の声に耳を傾ける事にした――何故か湧き出る安心感に疑問を抱えながら。
『ユーザーの脳波――感知――接続――神経――感知――サーバーとの接続――開始しました――適性検査開始――適性検査終了――Sランク――変動無し』
――変動ありなしも分かるんだ。
息継ぎ無しに脳裏に響く少女の声。
その中には理解できる言葉の流れもあった。
もしも事前情報を爽陽から聞く事なくいきなりVRゲームオンラインに接続していたらどういう事なのかと困惑していた。そう月影は思えた。
『身体機能――検査――時間による視力変動を確認――高水準時の数値を参照――変更します――電気栄養――』
――電気栄養……本当にあるんだ。
電気から変換されて生み出される栄養素。それ電気栄養である。
VRが発売された同時期に実用化された技術であるがそれとは無縁な生活を送っていた彼女には無関係なものであった。次世代VR機器であるNEW WORLD2の機能の一つとして搭載されている事は説明書を見た時に確認しているがどの様なものなのか月影は詳しくは知らない。
――どんな感覚かな。
――大丈夫……だよね。
故に詳細を知らないままよく解らない栄養が身体に入る事に気づいた月影は怯えていた。
『現段階では不要と判断』
しかしそれは杞憂に終わった事が電子音声より伝わる。
――とりあえずよかった。
何れ栄養が補充される事になるかもしれないと思いながらも安心感を抱く月影。その最中にも少女の色合いを模した電子音声が脳裏に響き渡る。
『電気変換』
――電気変換。
聞こえた単語を月影は心の中で即時に呟いた。
それは電気栄養と同じ時期に実用化された技術でNEW WORLD2に標準で搭載されている機能であった。
――身体にとっての不純物を電気に変える。
電気変換がどの様な機能なのか……声を出せない為に自身の胸懐に向けて月影は告げる。
――どういう事なんだろう。
電気栄養と違ってどんな事が起こるか具体性が浮かばない月影は自身に向けた問いかけに困惑していた。
『現段階では不要』
そんな最中に電気変換も自身に必要が無い事を把握したが
月影は違和感を抱いた。
――さっきと言い方が違う。
電気栄養の時と告げた内容は同じであった。しかし少々違う言い回しだったと月影は思えた。
――AIだから?
自身に物心が付いたころからAIが様々な場面で動いている。あらゆる電子機器に搭載されるのは最早当然であると認識している。故にそれを根拠として考えると返答に多少の変化があるのは当然と月影の疑問は自然と氷解した。
――ゲームを終わったら電気栄養と電気変換の事を調べようかな。
ツインファンタジーワールドを始める前から終了後の事を考え始めた月影の脳裏に電子音声が響き渡る。
『身体機能に異常無し――検査終了――サーバーがユーザーの脳波の情報の登録を完了――サーバーとの接続――完了しました――ユーザーアカウント――新規生成開始――Virtual Reality Challengのプレイ状況――』
――あのゲームの事を?
ゲーム機に内蔵していたゲームがこの状況と関わると考えてもいなかった月影に疑問が生じる。
『クリアしている事を確――』
突然脳裏に響いていた声が途切れる。
――なんだろう。
既によく解らない状況である為に月影に過ぎ去るのは驚きではなく疑問であった。
そんな中に声が再び聞こえ始める。
『クリアしている事を確認しました――』
――なんだったん……だろう?
聞こえた声は生放送している人が間違えた後に訂正している。その程度の変化しかなかったが気になった月影は頭の上に疑問符が浮かび上がった様な気持ちとなった。
聞こえ始めた声はそんな心境を置いてきぼりであった。
『過去に前世代のVirtual Realityと接続しているか確認――身体の精密検査を実施しています――少々お待ちください』
――そこまでするんだね。
NEW WORLD2より前のVRゲーム機を遊んだ事がない月影にとっては関係ない事であった為にどうして精密に調べる必要があるのか興味が湧かなかった。
――前世代の遊んでいたらどう変化していたのかな?
しかしながらも遊んでいたら今の場面がどの様に変化するのかどうしてなのか月影は気になっていた。
――確か爽陽ちゃんがやってた筈。
――今度……聞いてみよう。
筑波爽陽が前世代のVRゲームをプレイしている事を話していた事を覚えていた月影は今度の話の話題を決めた最中に電子音声が再び聞こえる。
『精密検査を終わりました――ユーザーに前世代のVRを使用した痕跡は存在しません――全項目を終了します――ユーザーアカウントの作成が完了しました――以後もサーバーにてわたし達があなたのアカウントを保護します――』
――わたし……達……どういう事?
聞く事に意識を酋長している為に変わった言葉の使い方をしている事が目を向ける月影であった。
――気にしすぎ……だよね。
しかし考えすぎても仕方ないと切り替える事にしようと思った月影の心の声に電子音声が上乗せされる。
『ご安心ください』
――なんか安心できる。
電子音声の声で約束された事によって月影は安堵の気持ちに包まれる。
――どうして?
しかし理屈で説明できる根拠が一切ない事に気づいた月影に疑問が生まれる胴中に――
『NEW WORLDインターネッ――失礼しました――ユーザーアカウントとNEW WORLD2インターネットサーバーとの接続――終わりました』
VRMMOを遊ぶ為の準備が整った事を伝える電子音声が届いた。
――もう少しでツインファンタジーワールドに。
それを聞いた月影は脳裏を駆け巡っている細かい事柄が吹き飛び、ゲームに集中しようと意識が向いた。
『細かい調整が済み次第――ツインファンタジーワールドでよろしいですよね――それを開始します――』
電子音声の言葉が切れたと同時に月影の周りは静寂で満たされる。
――電子音声の出番は終わり?
個性的だったと感じていた声が届く事がなくなった月影はどうするべきかと思考に浸る。
――スキップは可能。
電子音声が流れる最中もそうであったが今でもすぐに今の場面を終わらす事は可能であった。
――この場所好きだから。
――終わるまで待とうかな。
それでも月影は自身の嗜好に合うこの場所に留まる事を選択した。
――別にいいよね……誰もいないから。
自室と同様に誰かの視線を感じない空間である為に月影はゆっくりと背を伸ばす心境となったその矢先。
『まだ――スキップしていなかったのようね』
再び聞こえた清らか風を思わせる幼い少女の声が――突如月影を脳裏を過ぎ去った。




