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第15話 銀髪弓使いは感情から

「……落ち着いた」


 大岩に背を預けながら空を仰いでいたセリニは無感情な声で呟いていた。


「周りに誰もいなくてよかった」


 独りで好き勝手な妄想をした挙句の果てに奇声を上げる。事が終わった後に客観的に見ても――自分自身が思案してもやばい挙動をしてしまった。

 それを強く自覚したセリニは周囲に他のプレイヤーがいないか、モンスターが潜んでいないか調べた。

 その結果周囲は無人であり、彼女の心配は杞憂に終わった。


「本当に良かった」


 誰にも自身の醜態を見られていない。周囲にモンスターがいない事に対する底意からの安心が込められた色が含まれた声をセリニは吐き出した。


 ――想像や妄想をするのは程々にしないと……。

 ――独りで想像して……その間に倒されるのは勝手なのかもしれないけど……。

 今遊んでいるゲームはオンラインゲームであるが現在のセリニはソロでプレイしている為に失敗をしても誰にも迷惑をかける事はない


 ――だけど爽陽ちゃんや……。

 ――もしも他の人と遊ぶ時にしたら……。

 だが何時か来る。他のプレイヤーとパーティーを組んだその時を考えると棒立ちしている間に倒される事は避けなければ駄目な事は火を見るよりも明らかであり、セリニは深く内省する。


「反省しないと……」


 そして静謐と後悔で染められた声が広場に響き渡った。

 しかしその先に出された声は明るいものであった。


「どうしよう……」


 永永えいえんに今の気持ちを維持するつもりはなかったセリニは切り替わる様にこれから何をするか考え始めたがその矢先に気になる事が視界の中に映りこんでいた。


「満タンになってる」


 先の戦闘時に暗影への序開のスキルを使用していた事でゲージを一つ消費していたセリニであったが消費していた分のゲージが既に回復を終えている事に気づいた。


「せっかくだから……使おうかな……」


 近くにモンスターがいない状況である為にその状況を利用する事にしたセリニは手に入れたスキルの使用を決める。


「どうなるか解らないあのスキルから」


 発動するスキルは既にセリニの頭の中に浮かんでいた。

 それは人間には絶対に現れない身体の部位を出現させるスキルであり、使用したらどうなるのか――そして純粋に使用したと言う強い好奇心からの選択であった。

 

「――――」


 セリニは目を瞑ると同時に念じる様な形相を見せる――目を瞑ってから十秒後……


「駄目……」


 諦めの声を出しながら目を開けたセリニは深い溜息を吐き出した。


「スキルは口にしないと発動しないみたい……」


 声を出す事なくスキルを使用できないかと考えたセリニは心の中で声を出せば、無音でスキルが出せるかと試してみたが――口から出た言葉が示した様に失敗に終わってしまった。


「恥ずかしいけど……仕方ない」


 スキルを使いたい気持ちが強かった事もあり、息を整えると同時にセリニはスキルの名を意識して――冷淡な色で口にする。


「――【暗影変異あんえいへんい偽り黒羽(いつわりこくば)】」


 言葉が通ると同時にセリニの背中から黒い粒子が顕現――瞬く間に一枚の片羽の形となった。


 ――どうして変な声に……。

 一度目と同様にいつもとは異なる声色でスキル名を口にしている事を自覚しているセリニは困惑する。

 しかしそれ以上意識している感覚があった為にその事は後回しにした。


「羽が生えた感触……」


 身体に届くのは生まれて初めて感じる感覚であり、セリニは麻痺したのかと錯覚する。


 ――戦いで使わなくてよかった。

 仮に戦闘のタイミングで初めて使っていたら明確な隙が生まれていた事を把握したセリニはその間に――


「慣れた?」


 強い違和感を感じたのは一瞬であり、それ以降は徐々に違和感が身体を過ぎ去った。

 それまるで強い痛みが身体から消え去る感覚だとセリニは思った。


「動かせる?」 


 違和感が消えた事に対し違和感を感じていたセリニであったが羽から伝わる感覚に従う。


「動かせた!」


 すると黒い片羽はふわりと動作を開始する。


「使用中は滞空時間が増えて一度攻撃するか、攻撃を受けるか飛翔すると消失……」


 スキル効果を口にしながらセリニは動かす事に集中する。


「新しいボタンに触れてるみたい」


 操作方法をゲームコントローラーで例えながら今後実戦で使用する為に慣れようと羽を動かす――その傍ら別件に意識を向ける事にした。

 実戦で使用する為には他の動作との並行して動かすのは必須であると先の黒いゴブリンとの戦いの中で思い知らされたからであった。

 そしてセリニは初めにゲージに目を向けた。


「ゲージは……二つ消費」


 ほんのちょっと前まで五本あったゲージも今では三本に減少している。それに気づいたセリニは呟きを漏らした。


「連続で使用はできないね」


 偽り黒羽(いつわりこくば)は一度使用すると一分のクールが必要となる。

 しかしそれでも攻撃を回避する手段として使い勝手がよさそうと思っていた為にセリニは少し残念に感じていた。


 ――偽り黒羽ともう一つの防御スキルは連続で使用できる状況にしたい。

 ――あのスキル達も使いこなせる様に……。

 心内しんないでスキルに関して色々と考えると楽しさが身体中に広がり始める。


 ――けどこのスキルは……こんなに早く使えていいのかな?

 しかし疑問も生じていた。

 使用可能なスキルの中には――他のゲームであるならば最終盤で習得するような内容のものも存在していたからであった。


 ――使えるなら……それでいいよね。

 だがいまのセリニの気分はとても良いことから疑問はその気持ちの中に呑まれてしまう。

 その昂ぶる気持ちと連動する様に風の音が耳に届く程に黒き片翼を早く動かせるようになってきた事にセリニは気づいた。


「素早く動かすのはこんな感じ」


 そう口にしながら次は何をするべきか思案するとセリニは即座に思いついた。


「ステータスを上げよう」


 現在のレベルは5である。しかしレベルが上がると共に貰えるポイントをステータスに割り当てないと意味がない。

 その事は把握していたセリニはパネルを出現させるが――


「新しい情報?」


 何らかのイベントが発生したのかフィールドの部分に赤いマークが印されていた。

 それを見たセリニは内容が気になり、フィールドの状態を確認した。


「え!」


 確認した瞬間にセリニは驚きの声を出すとその内容を口にした。


「フィールドボス――キングオブ・ゴブリン出現……」


 それは強力なモンスターがフィールドに現れた事を意味している。

 名にゴブリンが付いている為に妙な予感がしたセリニは何処に出現したのか急いでフィールドマップを確認――その意味がない事を少女は悟る。


「目の前で」


 フィールドマップにはフィールドボスの影響を受ける範囲が赤色で表示されていた。

 そして今回のキングオブ・ゴブリンが出現した地点を示した赤い場所はセリニの視界の先にある森林であった。


「なら今から行けばキングオブ・ゴブリンと戦える」


 今の状況を鑑みて、セリニは可能な事を口にする――しかしあくまでそれは可能な事であり、後先考えない結果は見放した行動であった。


「太刀打ちはできないだろうけど……」


 そしてそれはセリニは重々と承知している行動であり、レベル5の自身が戦う事は無謀としか思えない。


「回復とか補助とかできれば別だろうけど」


 支援する事ができるスキルを習得していたら、様子を見る事も考えていたセリニ。


「わたしが出来るのは攻撃だけ……後は……囮かな?」


 暗影への序開は攻撃と強化。自身の防衛に関わるスキルで構成されており、味方の支援は不可能であった。


「諦めよう」


 そう言葉を出すとキングオブ・ゴブリンは他のプレイヤーが倒してくれるだろうと考える事にしたセリニであるが――


「ここが今まで遊んでいたゲームの世界なら……新しいスキルを得た直後だけど主人公は使いこなして大活躍……」


 遊んでいたゲームのお約束な展開を想像する。


 ――そして討伐に成功して称賛されて……。

 そこから派生して色々な想像がセリニの頭の中を駆け巡り始める。


「違う!」


 しかしそんな展開は起きない事は自身の口で確約されたも同然であると気づいたセリニは妄想を消し飛ばす様な大声で否定する。


「!!」


 自身が出した大声に驚いたセリニは三秒程固まった後に周囲に目を遣る。


「よかった……」


 周囲には人がいない。それを把握すると同時に息を吐き出した。

 そしてセリニは自身に厳しい声色を向けた。

 

「全然反省できていない」


 先に口にした言葉が一切反映されていない情けなさにセリニは気持ちが再び落ち込みそうになったが――自身の感情の変化が発端となって怪我の功名な事柄が並行して起きていた為に気分は悪くなかった。


「けど羽の使い方が分かってきた」


 強い気持ちが身体を駆け巡ると同時に羽は機敏に動作する。


「感情が強く出ると動かしやすくなる……」


 その事に気づいた。そして同時にその時の動かし方を身体が覚えており、セリニはそれを実践した結果、既に身体の一部である様に扱えており、羽を素早く動かせる様になっていた。


「けっこう激しく風を出せる」


 力を込めた羽ばたきによってセリニの目の前では草や土が宙を舞い霧散していた。


 ――もしかして……戦闘で使えるかな?

 仮初めであるが得た羽はこれから有効活用したいと思ったセリニは発生した風に価値を見出した。


 ――とにかく戦いの時にも動かせる様にならないと。

 だがそれは気が早いとした。まずは戦いの時に動かしたいと思い始める――そしてその思いに呼応する様に正面から草木を揺るがす音がセリニの全身を微かに揺らした。


「――敵!」


 それは今のセリニにとっての福音であり、意気揚々と正面を見るとそこには人とは異なる。亜人が立っていた。


「ゴブリン――じゃなくて……オーガ?」


 今迄見たゴブリンとは異なりその体型は横に大振りであった。更に背丈も高く平均的な人間の身長の二倍はあり、腰に布を巻いてその手には大型で木製の棍棒を手にしている。

 その姿を目にしたセリニはゴブリンとは違う種類のモンスターと初見時は抱いていた。


「けど……頭や色は一緒」


 しかし顔は厳つい形になったがゴブリンとそこまで変わらず、体色もゴブリンと同じである事に気づいたセリニはゴブリンでは? そう感じていた。


「大きなゴブリン」


 感じた感性そのままの言葉で目の前のモンスターに仮名を付けるセリニ――だが正式なモンスター名として「ホブゴブリン」と名が付けられているが彼女はホブゴブリンの事を一切知らない為にその名がある事に気づく事は決してない。

 ――しかしその仮名に怒りを宿す者がおり、地面に武器を叩きつけて怒りを露わにする。


「え?」


 怒りを宿す者は「大きなゴブリン」と言われたホブゴブリン。彼は自身がホブゴブリンである事に誇りを抱いており、普通のゴブリンと同類扱いされた事が我慢ならなかった。されどもそれを見たセリニは唐突さに驚くだけであった。


 ――威嚇行為?

 だが些細なミスがHPが空っぽに直結するセリニは警戒心を抱くが自身が口にした言葉によって怒りを買った事には気づかない――ホブゴブリンの怒りは咆哮を上げる。大音量のそれは森林の中まで響き渡る。


「――なんでもいいかな……倒せば関係ないよね」


 目の前のモンスターが何なのか解らないセリニだが咆哮に屈する事はない。

 戦い――勝てば問題ないと開き直った。


 ――ポイントはまだ振ってないけど。

 その一方でステータスがレベル1のままである事を内心気にするセリニ。


「何とかなる」


 しかし強敵であった黒いゴブリンにも現在のステータスで勝てた。


 ――今は戦闘スキルもある。

 そして暗影への序開が使用可能であり、使用したスキル。偽り黒羽も未だに展開している。それがセリニの気持ちを後押しする。


 動かない紫の衣を着る少女に業を煮やしたのか、ホブゴブリンは棍棒を両手で握ると遂に動いた。

 だがその瞬間――同じ方向から清風を纏った青年の声が響く。


「【戦輪操術せんりんそうじゅつざん】」


 声によって射出されたかの如く森林の中から音を鳴らして出現するのは四輪の戦輪せんりんであった。

 その意図が解らない為に警戒したセリニであったが風鳴りを起こしながら飛んだ先に彼女はいない。

 その軌跡の先には動き始めたホブゴブリン――戦輪の鋭刃が不意撃ちの形でホブゴブリンに襲い掛かった。


「二撃……」


 二度の斬撃音が鳴るとホブゴブリンは断末魔を上げ――肉体は四散して粒子となった。


「あれ……もう二つは」


 出現した戦輪は四輪であったが気がつくと消えている事に気づいたセリニはその最中に二つの戦輪がブーメランの様に引き返す場面を目撃すると――ある推測が脳裏を過る。


「ほ……他の……人」


 事前にスキルを使用する声が聴こえた事からそれが確実であると判断したセリニは全身に寒気を感じる。


 ――ど……どうしよう!

 ツインファンタジーワールドがオンラインゲームである以上、フィールドで他のプレイヤーと鉢合わせる。

 その事はセリニは想定していた事態であった。


 ――こ……心の準備が全然……。

 だがタイミングが唐突だった為にセリニは混乱してしまった。

 そして他にも理由があった。

 

 ――羽を付けてるところを見られたら!

 今の姿はスキルによって片羽が装着されている。それを見られたら怪しまれる。その様なイメージが脳裏を過る。

 しかし偽り黒羽(いつわりこくば)で出現した片羽は何時でも消す事が可能である。

 その事は既に把握していたセリニだが発生した混乱によって頭から離れてしまっていた。


 ――けど……こっちに来るとは……。

 よくよく頭を回すとモンスターを倒しただけであり、こちら側に進まない可能性がありえる。

 そう思案した事で少し落ち着きそうになったセリニだが――事はそう都合よく動かない。


 ――こっちに足音……。

 状況を把握する事に極限まで力を入れていたセリニは歩む音色が――草木が分ける音が少しずつ近づいてくる事に気づけた。


 ――複数。

 それも一人ではなく、二人以上いる。

 一人でも大変であったが二人以上となった事でセリニはより追い詰められた。


「どうすれば……」


 動揺が声として現れ始めたセリニであったが――更に彼女は足元に火がつく事態に見舞われる。


 ――見られて!

 それは視線であった。

 モンスターに見られた時に近い感覚で既視感を感じる。

 それは一瞬だけ感じ取れたが――その一瞬は形成された何かと激突したかの様な強烈なものでそのような効果を齎すスキルがあるかと考えさせる程であり、セリニは反射的にその視線から逃れる様に動いた。


 ――向こうから……。

 その視線は誰かがいる方向から感じ取ったセリニ。

 

 ――どういう事なんだろう。

 状況を理解できずに困惑していたセリニはどう動くべきか考える。

 すると選択肢が一つしかない事に気づくと小声で宣言する。


「離れる」


 今は他のプレイヤーと話せる心境ではなかった。

 そしてここは自身にとって重要な場所ではなく、モンスターも出現する事から、安全ではない為にセリニに未練はなかった。


 ――どの道こうするつもりだったから。

 ――ごめんなさい!

 自身に用事があるとは思えなかったセリニだが念の為に心の中で相手に謝ると同時にその場から跳躍。大岩の上に着地する。


「上手く飛べるかな」

 

 不安を呟きながら再び背後に向けて跳躍する。

 普通ならそのまま地面に到達するのが自明の理。

 されども今のセリニには黒き片羽があり――空中で大きく羽ばたくとそのまま飛ぶ鳥の様に上昇して地に敷かれた木々よりも高い位置に着く。


 ――なんとか……なったね。

 役目を終えた黒き片羽は一瞬で消失――黒い霞となって霧散する最中にセリニは自由落下によって森林の中に姿を消し去った。

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