第14話 銀髪弓使いは妄想から
草むらを騒がせながら平地に姿を現してなお疾駆するは灰色の狼。その狙いは大岩を背にした銀髪の少女であった。
風を切るその勢いは止まる事なく、そのまま弾丸の如く跳びかかる。
しかし弾頭の先に銀髪の少女はいない――それが判明すると打撃音が空間を賑わした。同時に狼は大地に叩きつけられる。
――一撃は加えた。
モンスターに襲われる事に少し慣れたセリニ――そんな彼女が狼の前に立ち止まり続ける道理はなく既に移動は完了している。そして弓による一撃を直撃させた。
――動く敵に当てられた。
弓による直接攻撃を目の前を通り過ぎる敵に当てたのは初めての経験なためにセリニは嬉しさを感じる。
しかし一撃で倒れなかった狼は体勢を立て直そうとする。
「今なら!」
その動きは自身にとってのチャンスだと気づいたセリニは嬉しそうに呟くと弓に力を加える。
「――」
そして一瞬の沈黙が通った後に――セリニの口より狼に向けられるスキル名が放たれる。
「――【暗影流出・黒之浸透】」
透き通るような声色が通ると身に着ける暗影の髪飾りが微かに輝くとそれに同調する様に手にする弓と矢が黒に染まる。そしてセリニは弓による薙ぎを放つ。
黒き一振りの先にいた狼に直撃すると強烈な打撃音が鳴り響く――その体は四散した後に粒子となって消え去った。
「強力だね」
使用した後の一撃の威力が二倍になる。
それが黒之浸透の効果であり、狼を二撃で倒せた故にセリニは実感を抱いた。
脳裏に伝えられたスキルの説明はそれだけであった。
――けど色々あるみたい。
しかしそれ以外にも特徴があるとセリニは心の内で感じていた。
――隙ができるね。
攻撃を放った時の感覚は普通に攻撃した時と大差はない。しかし攻撃を当てた後にほんの一瞬だが身体が硬直したとセリニは感じ取る。
「攻撃のスキルを使用したから?」
アクティブスキルを使用するのは初めてである為に何とも言えないセリニは……
「一対一の時以外に使う時は……気をつけないと……」
今後の使い方を決めると視線を弓に向ける。
「後……なんかが凄く上がったような?」
威力が上がる事は最初から知っている。しかし攻撃が直撃した時の感覚は今迄の比でないとセリニは思った。
――今迄のゲームなら数値とか現れそうだよね……。
過去の経験からセリニはそんな事を考える。
――だけど……できない。
――威力は感覚……だっけ。
ツインファンタジーワールドでは与えたダメージ量の数値は目に見える形で表示されない。そしてプレイヤーが直接数値を確認する事はログでも不可能である。
数値ではなく身体に伝わる感覚で与えたダメージ量に目星を付ける――その様な事が戦闘の項目に書かれていた事をセリニは想起した。
「見た時は不思議に思えたけど……こういう事……」
見た時は頭を傾げ、実際にゲームの中で武器を使ってダメージを与えても今迄はぴんと来なかった。
しかし余裕がある戦いの中でアクティブスキルを使用してダメージを与えた事によってその感覚がどの様なものなのかセリニは気づく事が出来た。
「どんどんスキルを使いたくなる」
そして爽快な気持ちとなった為にその機会を増やしたと思ったが……
「けど……少し難しそう」
そう口にしたセリニは視界に映るものに目を向ける。
それは微かに輝く、結晶の形をした五つのゲージである。四つは黒で満たされているが一つのゲージは透明な状態となっている――それらは彼女の視界でしか確認する事ができない。
――さっき手に入れたスキルを使用すると消費。
――送られてきた情報どうり。
それがどの様なものなのかは暗影への序開が使用可能になると同時に流れてきた説明に含まれている。
ゲージの用途は暗影への序開を使用する為である。
基本的な最大値は五個であり、一つだけ透明なのは先の戦闘でセリニが黒之浸透を使用した際に一つ消費したからであった。
「回復してる」
透明な結晶が少しずつ黒に染まっている事にセリニは気づいた。
――非戦闘時は早いけど、戦闘の時は遅い。
――攻撃を当てたり……ぎりぎりの位置で攻撃を回避する事でも回復できる。
得た知識を心の中で反芻するセリニ。
「ゲージが無くても使用はできるみたいだけど……」
セリニが口にしたその言葉は正しく、ゲージが空っぽになってもスキルは使用する事が可能である。しかし只で使用できる訳はなく。払う対価は存在する。
「変わりにHPを消費する」
それはプレイヤーにとっての生命線である部分である。
「HPが1になったら、次はMPを消費……MPが無くなると使えなくなる」
特に理由もなく声に出したセリニは「何で先にHP?」と疑問を呟いた。
その疑問は他のプレイヤー達が抱いていたものと同意である。暗影への序開を習得したプレイヤーの中にはバグや表記ミスでは? そんな疑問を運営に質問した者もいた。
しかしその回答は「MPより先にHPを先に消費するのは仕様」であった。
それを知った。またはHPを消費する事を把握した一人を除いた全てのプレイヤーはスキルこそ強力だがHPを先に消費してまでは使えない。契約の枠を使えない。装飾品の枠が勿体ないと考えてクエストを取り消した。
そしてその結果。現段階では――暗影への序開を習得しているプレイヤーはセリニだけとなっている。
「普通先にMPだと思う……」
そして他のプレイヤーが抱いた疑問をセリニも抱く事になった。
「別にいいけど」
されどもセリニはそれ以上に疑問が肥大化する事はなかった。
「そもそもわたしの……HPは元から少ない」
そもそもセリニのステータスの割り振りは最初から相手の攻撃を受けない事が前提としている。
その割り振りにしていた最初の理由は遠距離戦を前提していたものであったがそれを転換して近距離戦をメインにした現在も攻撃を避け続ければ問題ない。
そう判断していて、これから先も続けるつもりであった。
詰まる所――彼女にとってHPは不要なステータスとなっており、HPを消費するスキルはデメリットが無きに等しいものであった。
「攻撃スキルを沢山使いたいからこれからもMPに振ろう」
そしてここから先は攻撃のリソースを蓄えていく方針で進む事をセリニは決めている。
その一方で――
「当たっても何とかなる様にしないと」
もしも攻撃が直撃した時の対策もするべきだと考えている。
「あのスキルをいつでも使える様にとりあえずMPを沢山確保かな」
ゲージ関係なしに暗影への序開を多用できる構成にする。今後の路線が決まった事でひと段落して落ち着いたセリニは……
「――独りで喋りすぎたかな」
正気に戻ると同時に周囲に視線を注いだ。
「誰もいない」
周囲は相も変わらずに草木で囲まれている。
――特に変わらない。
――けど……少しだけ騒がしい?
草木以外に姿を見せるものは何もない――しかし時折見えない何かの力に触れるかの様に恰もゆらゆらと動いており、静寂な空間とは程遠い。
「他の人とモンスターが戦っているのかな?」
他に影響を及ぼす存在を想像したセリニはその様な事を口にすると同時にある悩みの種が開花する。
「攻撃用のスキル……声に出さないと使用できないのかな?」
それはセリニがスキルに対して抱き始めた不満であった。
――RPGな世界だから技名を口にするのは当然なのかもだけど……。
技名は声として出す。それが今迄プレイしてきた音声が付いている殆どのゲームでは当たり前な事であった。
――けど……口にしてみると……とても恥ずかしい。
なのだが自身で実際にスキル名を口にすると途方もない恥ずかしさをセリニは感じていた。
――言わないと倒せないから……言えたけど。
――そのせいか恥ずかしさを誤魔化したから……とんでもない……声を出した気が……。
初めて黒之浸透を使用した事を凄まじい勢いでフラッシュバックするかの様に思い出すと同時に顔から火の出る程の暑さと恥ずかしさを感じたセリニは頬に手を当てると同時に身体全体を左右に振った。
「なんか……モンスターと戦うより疲れた」
少し落ち着いたセリニは感情が歪に抜けた声を吐き出した。
――こんな状況じゃあ……筑波さんと遊べるのかさえ怪しいよ……。
思考がマイナス方面に振り切ってしまったセリニは自虐的な言葉が心の中に現れる。
――それに……スキルの名前……言うとどうしてか恥ずかしい。
と、頭の中で考えるセリニであったが言う事に抵抗感があるだけで実際にはかっこいい名前は好きであった。
――けど……頑張んないと。
暗影への序開の事は性能を含めて好みであり、外す事は考えていなかった。
「二つ名みたいな名前だけど」
取り分け理由もなかったが例え話として傍から唐突な事を口にする。しかしそれはセリニにとってはゲームの中で既に縁があった。
そして同時に川の中にいる時にすれ違った女性の言葉を思い返した。
「プレイヤーが二つ名で呼ばれる……」
意図せずに他のプレイヤーの独り言を聞いてしまったセリニはプレイヤーが二つ名で呼ばれている。それを知る事となった。
「今更だけど……」
初めて聞いた時は場が慌ただしく動いており、二つ名の事を考えている暇はセリニに一切なかった。故に聞いた当初は驚きこそしたが疑問はない。しかし落ち着いて考えるとある疑問が現れた。
「誰が名付けたんだろう?」
二つ名で呼ばれる。その様な事になっているのは誰かが最初に呼んだからである。
無論自称である可能性もセリニは考えた。
――二つ名で呼ばれる。
――そう言ってた様な……
しかし言葉を零していた女性の言葉から自称ではない。セリニはそう判断した。
「他の人?」
最初に浮かんだのは他のプレイヤーであった。
――二つ名が付けられるのはどんな状況?
しかしその場面が浮かばないセリニは首を傾げる。
――ならゲームが勝手に?
次に浮かんだのはツインファンタジーワールド側であった。普通のゲームでもプレイしている時にトロフィーや称号を手に入れた経験がある為にセリニは思いついたのだが――
「――それは嫌」
人からならともかくゲーム側の判断で二つ名を与えられて、他のプレイヤーから呼ばれる。
自身がその状況になったらと想像したセリニは嫌気を感じた。
「解らない」
そもそもふっと思った素朴な疑問である以上、深入りする意味がないと思ったセリニは考えを止めようとした。
――二つ名……異名……。
だが一度考えた事を離す事は難しい。セリニの頭の中で強い存在感を表している。
――強くなって、活躍すれば……わたしも呼ばれるように……。
二つ名に対する憧れはあまりないセリニだが二つ名で呼ばれる事はそれはそれで悪くないと抱いて、薄すらと笑みを浮かべると妄想の世界に入りそうになった。
「!」
しかしここはモンスターがいるフィールド――それが頭に過ると同時に現実に引き戻される。
――わたしはなんて妄想を!
それと同時にセリニは自身に不相応な事を考えてしまったと激しい後悔と含羞の気持ちが身体の内から放射される。
「ないないないない! 絶対にない!」
それを否定する様にセリニは頭を振り続ながら、激しい声色を吐き出した。




