第12話 銀髪弓使いは近距離から
黒を纏うゴブリンを倒しきって勝利の余韻を感じていたセリニは今後の為に先の戦いに関して整理する事にした。
「HPの残量が分からないとこうなるんだね」
そんな事をセリニは改める様に口にする、それはツインファンタジーワールドを戦いを経験した者にとっては当然なことであった。
プレイヤー自身のHPやMPは確認できるが敵対する者のHPの残量を目で確認する術はない。
それがツインファンタジーワールドを開発して発売したゲーム会社の特色であった。初期段階では従来のゲームの様にモンスターの上にHPバーやアイコンを表示する試みをしているが世界観からかけ離れたように見えて違和感を感じる声が多数上がっている為である。
HPの残量を図る術はモンスターの行動の変化であり、容姿が大幅に変化するパターンの場合はHPが全快する。
そう電子説明書に記されている。
――手探りでしないと駄目だね。
予め知っていたがセリニはあんまり気にしていなかった。しかし強敵を戦闘して倒した経験によってHPの残量を把握できないその意味を深く実感する事になった。
「色々と楽しみ」
それを含めたこれから起こるであろう様々な事に思いを馳せてる最中に目の前にパネルが出現。セリニは内容を確認する。
「レベルが5になった!」
それはモンスターを倒した事によって起こる当然の事であった。しかしこのゲームを初めて最初のレベルアップであると同時に想定以上にレベルが上がっていた為にセリニは喜びの声を上げる。
「黒いゴブリンの経験値が多かったのかな」
普通の経験値の五体のモンスターを倒しただけでレベルが4も上がるのは何かあると思ったセリニであるが……
「ゴールドとドロップアイテムも!」
倒したモンスターからお金やアイテムが手に入った事に気づいてそちらに目が移る。
「狼の毛、これだけだね」
手に入ったのは狼型モンスタールプスが落としたと思われるアイテムだけであったが初めての戦闘である為にセリニはとても嬉しかった。
「だけど……黒のゴブリンを倒した後に表示されたのはどうして?」
そんな素朴な疑問がセリニの頭に過る。
「もしかして黒いゴブリンがリーダーで倒さないと経験値が手に入らない……」
自身の想像を口にするセリニ――彼女の想像は間違っていない。
黒衣のゴブリンを倒した事で蓄積されていた経験値やゴールド。そしてドロップアイテムを入手する事が出来た。
しかしそれは正式の仕様ではない。
「爆発する倒れ方だったから普通のモンスターじゃない?」
HPが無くなった後の挙動からその様な予想をするセリニであったがそれも正解であった。
黒衣のゴブリン。正式名暗影のゴブリンは通常は出現しないモンスターであり、一定のタイミングで出現して遭遇。倒す事でクエストが開始される。フィールドをランダムに巡回するクエストモンスターの一体であった。
そして同時にクエストを進める事で確実に戦う事が出来るクエストボスでもあった。
だがセリニが出会った暗影のゴブリンは出現時にクエストモンスターとクエストボスのデータが混ざったモンスターとして出現――要するにバグが起きた状態でフィールドに放たれてしまった。
それが原因で巡回するモンスターでありながら、途中で姿を隠して取り巻きを呼び出して戦わせた後に奇襲して戦闘を再開する。その様なクエストボスとしての挙動が混ざってしまう事態となっていて戦闘の難易度を上げてしまった。
それだけでも問題であるが更にシステムがクエストボスとして誤認した事でそのモンスターを倒さなければフィールドモンスターを倒したとしても経験値やドロップアイテム等の戦利品が手に入る事が決してない。
更にはその戦いに敗北してしまうとそれまでに得た筈の経験値等が手に入る事なく町に戻されるバグが芋蔓式で発生している。
できる対策は倒す。もしくは離れれば挙動がクエストモンスターになる為に逃走である。しかしフィールドでクエストモンスターと出会える確率はかなり低い為に出会ったプレイヤーが逃げる事が殆どない為に被害者が現れる事となってしまい。その結果一躍有名になり『フィールドクエストボスモンスターバグ』と呼ばれる様になってしまった。
被害報告を受けた事で運営も不具合を把握、被害者の補填は既に始まっていてメンテナンスが始まる日も決定している。
その事は本来ならゲームを開始する前に表示されているが、初起動時は余計な情報が表示されない仕様である為にセリニは知らない。
ツインファンタジーワールドのサイトを見ればプレイする前に知る事も可能だがサイトを見た事がない少女はバグに巻き込まれた事を一切自覚する事もなく――
「楽しめたからいいけど――それに」
暗影のゴブリンとの充実した戦いに高揚感を抱き、さして気にする様子を見せる事なくセリニは弓に目を向けている。
「相手が近い時も弓矢が強い事に気づかせてくれたからね」
ほんの少し前までは別の武器を変更するべきか迷い。
目の前が濃い霧で覆われているかの様な気持ちであった――しかし暗影のゴブリンとの戦いによって近距離戦での弓矢の楽しさに気づけた事によって迷いの霧が晴れて清々しい気持ちとなった。
――けど……近距離で弓……。
普通に考えて接近して戦うのであれば選ぶべき武器は剣や斧等である。
セリニ自身も少し前まではそう考えていた。
――そんな変な使い方するのきっとわたしくらい。
故にセリニは自分だけの戦い方ではと不安を抱いている。それだけなら好きにやるだけ――それだけでは終わる事は可能である。
しかしここはオンラインゲームであった。
――もしかして目立つかな。
――そして色々と……言われて。
一人だけそういった戦い方をすれば注目されるのは必然――ネガティブな方向に向かうとどんどん引きずり込まれていく故にセリニは気持ちが沈み始めたが――
「大丈夫だよね――どうせわたしが目立つわけない」
「何も起きない――普通にツインファンタジーワールドを楽しむだけ」
マイナス方面に向かいながらも何も問題がないと自分自身の願いを言い聞かせたセリニは気持ちが元に戻った事を感取する。そして弓矢に関して気持ちが揺れることはこれからあるかもしれないが決して覆さないと心に誓う。
「弓矢で近距離――わたしはもう決めた」
歴然とした色で誰に対してでもなく己に向けてセリニは宣告した。
されどもその時の彼女は考えてもいなかった。その選択が自身の名をツインファンタジーワールドに広める一歩となってしまった事に――
そして目立たない、その考えでさえ既に――
「一人で倒しきるなんて面白い」
風に吹かれて消えてしまう小さな声で呟いた少女によって叶わなくなってしまった。
――もしも倒されそうになったら、ぼくが援護するつもりだったけど。
――不要で……無粋だったみたい。
結果的に静観する事になった紫を纏う少女が戦う場にいた理由を心の中で呟いた少女。
――けど残念。
――ここがpvpできる場所なら、すぐに戦りあえたのに。
この場では不可能な事を底意から残念だと感じながら上空を見る少女。
彼女が立っている場所は巨岩の近くで紫を纏う少女から見えない位置であった。
されども巨岩の周りに人影はない――だがそこにプレイヤーは存在する。
――ここまできたなら接触するのもありか。
――エクストさんも喜びそう。
紫を纏う少女とは対面した事がないが話しかけるか考える少女。
――解除してから。
他者から視認できない今の姿では接触できない事を自覚していた少女はそうするべきかと思考する。
――話しても驚かさせるだけ。
――ぼくが原因でギルドの印象が悪くなるのだけは勘弁。
しかし話しかけてもその先をどうするか考えつかない少女は悩み始める。
――有名で話し上手なエクストさんに任せるべき。
自身以外に接触させるべき人物がいると判断した少女は巨岩より視界の先の森林に向けて歩を進める。
歩み始めた本人はそう認識しているが足音もなく、姿も見せない為に世界に澱みは与えられない――そよ風を揺り籠に停止したままであった。
そしてその存在は森林の一歩手前で歩を止める。
――念の為に一気に。
これ以上先に進むと今の状態が解除される事を知っていた。今は紫を纏う少女に見られる事を避ける為に移動方法を変える事にした。
傍から見たら恥じるべき行いであり、その事に罪悪感を感じていた少女は巨岩の方向に顔を向ける。
「コロシアムかグランドクエストで戦う時が来たら、ぼくはきみと正々堂々と戦う事を誓うよ」
後にする贖罪を小声で口にすると同時に跳躍――それと同時に少女の姿が現れるが連なる木々の影に呑まれた事でその姿を見る事は誰にもできなくなった。
「?」
草木が揺れる音を感知したセリニだが周囲に物影はない。後に続く物音も無かった為にモンスターではないと判断すると自身が選んだ得物に再び視線を向ける。
「弓なら目立つ事は無いよね」
自身が使う武器がポピュラーな事を理由として先に口にした内容を繰言する少女。
されどもそれは現段階で既に潰えてしまった考えであった事に――セリニは一切気づいていなかった。
ここまで読んでいただきまして誠にありがとうございます。
物語はまだまだ続きますのでお楽しみに!




