第10話 銀髪弓使いは鎧から
――大きい声……出しすぎた。
初めてモンスターを倒した高揚感は今もなお続いている。しかしそれはそれとしてセリニは恥ずかしい気持ちとなっていた。
――誰も近くに……いないよね?
他のプレイヤーが少ない。それを理由にしてこの場にいるセリニであるがオンラインゲームである以上、近くに誰かいる可能性はあると感じた為に周囲を見る。
「……いないかな」
周囲に人影はない。それを確認したセリニだがそれでも腑に落ちない色の声を出す。それは別の事に関してであった。
「パネル……出現しない」
先にセリニはモンスターを倒している。モンスターを倒すと経験値を入手する。そしてレベルが上がる。
RPGの基本要素であり、それはVRMMORPGになっても不変である。
「レベルは上がったと思ったけど」
レベルが1である為に一体のモンスターを倒せば2になると思っていたセリニは疑問を口にする。
「レベルが上がったら知らせが届くはず」
ゲームの仕様を口にしてセリニが疑問を感じる最中も時は流れるが変化はない。
「もしかしてレベルが上がってない?」
今のレベルの確認する。その為にパネルを出現させようとするが――空気を揺さぶる音が耳に届いて中断する。
またゴブリンだろうか? そんな予感が過ぎるセリニであったが……
――何か違う。
聞こえる音の雰囲気が異なる。直感がそう告げる。
――ゴブリンじゃない?
――別の……モンスター?
故にセリニは音が鳴った方向に身体を向ける。
行方を眩ませた黒いローブを纏うゴブリンによって奇襲される可能性を考慮して背に巨石を置く形にした。
そして音が一段と大きくなると草を搔き分けながらそれは――表舞台に姿を見せる。
「……狼」
現れたのは既に見た事があるモンスターであった。
――どんな動きをするかな。
とはいえ直接戦うのは初めてである為にセリニは新鮮な気持ちであった。
だが狼の後ろから更にモンスターが現れる。
「ゴブリン」
狼同様にそれは既に見た事があるモンスターが現れる。しかし装備や武器が異なる。
「鎧と斧」
得物と身に着ける物が服ではなく、軽鎧でありセリニは警戒心を強める。
――敵の鎧……確か。
あるゲーム情報が浮かび上がりそうになるセリニ――しかし情報よりも先に狼が一直線に動き始めた。
――好都合……
元々HPが低そうな狼から片付けるつもりであったセリニは咄嗟に弓矢を構える。しかし撃つ事はしない。
――隙を見てから。
狼の速度は普通のゴブリンと比べると速く、遠くからの攻撃を回避する。その光景を別のプレイヤーと戦っていた狼を見て知っていた為に近くにくるまで待機する事を選んだ。
不動の姿勢を崩さないセリニに対して狼は突撃の勢いをそのままに跳びかかる。
――確実に。
観察に徹していたセリニはその動きに即座に気づくと好機と捉えると矢を射る。
――二発目。
矢の軌跡を見る事をせずにセリニは第二の矢の手元に出現させる。
――すぐに……。
その意図は狼を即座に倒さなければ背後から遅れて接近してくるゴブリンと合流されて一対二の状況に追い込まれてしまう。そんな危惧があったからであり、弓矢を再び狼に向けたセリニの目の前で――狼は倒されていた。
「倒れた……」
自身のレベルの低さを自覚している事から二撃は必要だと考えていた為に驚いた。
一撃で倒せた理由は三つあった。
一つ目はレベルが1でこそあるが大部分のポイントを攻撃力に振っていた事。
二つ目は地上歩行のバトルキャラが空中にいる時に攻撃を受けると最終的なダメージの数値が1.1倍になる事。
そして三つはゴブリンに追従する狼は通常の狼と比べるとHPが低めに設定されていた為である。
しかしそれらが上手く嚙み合い。狼を一つの矢で倒せた事にセリニは全く気づいていない。
「次は……」
とはいえ今の流れが自身にとっていい方向に向かっている事を察したセリニは驚きをしまい込むと矢を番えた弓を――ゴブリンに向けたと同時に放った。
それは疾風を纏いながら進み直撃する。だが軽い衝撃音と共に矢は弾かれる。そしてゴブリンの速度は変わらない。
「そう――なる」
光景を見たセリニはまた驚くが冷静であり、動揺はしていない。揺らぐ事ないその目は自身の矢が直撃した部分――ゴブリンが身に着けている軽鎧に向けている。
――モンスターの鎧に物理攻撃を当たっても効果は薄い。
プレイヤーの防具のカテゴリーの一つである鎧と異なりモンスターが装備している鎧には防御力を上げる効果はない。
だが鎧の部分に物理攻撃を当ててしまうとダメージが大幅に減る。そして怯む事が無くなる。
攻撃を受けた筈のゴブリンの動きが変わらないのはその為であった。
――攻撃は避けるとして……。
モンスターの鎧に関して思い出しながらセリニは間近に迫ったゴブリンをどう対処するか考える。
――どうしよ。
単純に攻撃を避けるだけなら簡単である。しかし今の状態の自分では鎧を装備したゴブリンを倒すのに時間が掛かるとセリニは判断する。
――少し時間が……。
攻撃を避けながら思考するのも正にゲームみたいで面白いと考えるセリニだが一撃を受けたら倒れる自身の耐久性を考えると無謀だと所感を抱く。
――逃げるのもなんか……。
逃走する事も頭に浮かんだ。だが逃走先で別のモンスターに出くわす。そんな事が起きそうな気がしたセリニはこの場で倒すと決める。
――どう……戦えば。
しかしまともに戦うのは難しい。そう考えながらゴブリンに視線を向ける。
――あの武器が……あれに当たったら。
――どうなるんだろ?
同時に今の自身がいる場所を思い返したセリニはゴブリンの武器を見て試したい事が浮かびあがる。
思考を巡らしている紫を纏う少女の身体のその場で止まる。隙だらけなその姿に対してゴブリンは刃先を向けると横方向に斧を大振りに振り抜いた。
追従する様に衝撃音が鳴る。
だがゴブリンの前に紫を纏う少女はいない――目の前には大岩が聳える。
衝突した斧は大岩の身を粉微塵も削る事もない。逆に弾き返されてゴブリンの手元から離れる結果となった。
――あんな感じになるんだ。
その様子をセリニは見ていた、立っている場所は大岩の上であり、そこから見下ろす形であった。
――上手くできてよかった。
その場で跳躍して高所に着地する事は既に何度もしていたセリニであったが戦いの最中に――そして攻撃を避けながら行う事も初めてな為に問題なく動けた事に心から安心していた。
――これで時間も……稼げるよね?
大岩の上に場所を移動したのはゴブリンの攻撃範囲から逃れて厄介な鎧の対策を練る為であった。
周囲の物音に警戒心を向けながらセリニは観察を開始する。
――傷?
目の先に立つゴブリンを見ると鎧に罅が発生していた。セリニはその場所は矢が当たった場所と一致している事に気づく。
――ダメージを与え続けると……
モンスターが身に纏う鎧には耐久があり、攻撃を何度か当てると壊れる。
それが頭に浮かんだセリニは溜息を吐いた。
――深く……考えすぎたかな。
一本の矢で鎧に罅が入るならば相手の攻撃を避けながら矢を放つだけで倒せる。既にゴブリンの速度を把握していたセリニはそう判断した。
故に大岩の上に移動した意味がないと考え始めた最中――
「どうしたんだろ?」
セリニは目に映ずるゴブリンが斧を取りに向かっていると考えていた。
だがゴブリンは両手を何度も上げながら自身に身体を向けている。
――怒っている?
怒りの表情を向けている。慌ただしい動きと合わせてそう判別したセリニは……
――可愛い。
ゴブリンの見た目は一目でゴブリンと分かるものであった。リアルな造形であるが周囲の世界に合わせてかファンシーな見た目でもある為にその動作も含めて愛らしさをセリニは感じ始めていた。
「仲間にできるかな」
モンスターを育てるゲームもそれなりに遊んでいた経験からそんな類の事を口ずさむ最中――ゴブリンは物を取り出す様な動きを見せる。
微笑ましいと思っていたが同時にその動きをしっかりと観察していたセリニはその動きによる変化に気づいた。
「小さな石?」
ゴブリンが取り出したのは少女の言葉が形となった物。その物が取り出された意味が何なのか――戦いがあるゲームを遊んだ事があるセリニにとって一目瞭然であった。
「そう来るよね」
ゴブリンは手にした小石を自身を見下ろす紫を纏う少女に投擲する。
――弓で跳ね返せば。
投石される経験は始めてだが、既に短剣を投げられた経験をしたセリニは落ち着いている。その速度も先の短剣と比べると遅いものであり、即時に対処方法を決めた矢先――小石は微かに輝き始める。
「!」
その瞬間を目にしたセリニは総身に嫌な予感が駆け巡る。
しかし動きを変えるつもりはない。小石が間近に迫った刹那に弓で跳ね返した。
その動作は無駄なく素早く――そして何かが起きた時にその場から離脱できる体勢であった。
――何もない?
だがその警戒は露と消える。薙いだ弓に衝突した小石は形と輝きを維持しながら逆再生の如く――飛んだ軌跡を再び刻み始める。
「……今の」
小石と弓が当たった瞬間に気になる事が脳裏を過ぎるセリニだが――それは後回しにする。
「……矢で」
小石の対処を終えて、安心しながらセリニは観察を止めて戦闘を再開しようと動く。
その間に小石はゴブリンに突き進み、並列して輝きが強まっていた。そして当たりそうになった寸前に輝きは急激に高まると外部に溢れた刹那――小石が粉々に弾け飛ぶと同時に小規模の爆発が発生。
近くにいたゴブリンは砕け散る音と共に巻き込まれた。
「――え」
唐突に発生した出来事を受け止めたセリニは目を丸くする。
しかし発生した原因は明白である為に冷静に思案をする事が可能であった。
「爆発する……石?」
ゴブリンは石を投げただけであり、特殊な攻撃をしたとは思えないセリニはその様にしか言い表す事ができなかった。
「気をつけないと」
今後も物を投げつけてくる敵と対峙する時に似た事態が起こるかもしれない。そう考えたセリニは頭の片隅に今の出来事を留めておく事にした。
――それにしても……石をいい感じに跳ね返せたね。
飛んでくる攻撃を受け止めたのは二度目であったが短剣の時とは別の感覚であったとセリニは感じる。
――忘れない様にしないと。
今起きた様に跳ね返す事で自身にメリットがある為に心に留める事を決めるセリニはある事に気づいて笑みを浮かべる。
「覚える事がいっぱいで大変」
それ数分戦闘しただけで様々な要素を知る現状に対しての返答であった。
その色は喜びで満たされている。
「楽しいからいいけど」
心から思った事をセリニが口にした瞬間――爆煙の中から物音が聴こえる。
「爆発だけでHPは削れ切れない」
ゴブリンが爆発に呑まれた瞬間を目撃していたが、倒せていないと警戒心は常に抱いていた。
そしてセリニが注視したその時――投擲された斧が爆煙を裂きながら現れる。
――わたしには当たらない。
しかし斧は空に向かって突き進んだ。その先にセリニはいない。
「煙の中にいるモンスターは正確に攻撃できない?」
全てのモンスターに当てはまるか解らないが新しい知識を得るセリニの目前に爆煙から解放されたゴブリンが姿を見せる。その手には斧を携えている。
――場所は変わらない……よね?
――それなのに新たな斧……。
――時間経過で手持ち武器は復活する?
色々な推測が浮かんだセリニだが最も目に見えた変化に気がついた。
「鎧が消えてる」
先まで軽鎧を身に纏っていたゴブリンであったが今は普通のゴブリンと同じ服装となっていて見る影もない。
――もしかして……さっきの爆発で。
再度その姿を確認したセリニは先に起きた現象からあるゲーム要素が引き金となったと確信する。
その傍ら――ゴブリンは再び動き始めようとする。
――させない!
ゴブリンに目を向け続けていた為に即時に気づいたセリニは鎧が消えた隙を見逃さないと既に番えていた矢を発射した。
直撃を受けたゴブリンだが倒れない。だがそれは想定済みであり――すでに放たれた二発目の矢が直撃するとその身体は粒子となる。
「倒……せた」
三発目が必要と考えていた既に矢を番えていたセリニは武器を向けた状態であった。
「これで三体倒せた!」
その事に気づいたセリニは三度目の勝利の喜びを嚙み締めた。




