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09 幼馴染み

「逃げたいっていうか……その」


 ジュリアスの薄い緑の目は、黒い瞳孔や光彩がくっきりと際立って見える。だから、それが見えているということは、私は彼に真っ直ぐ見つめられているということで……。


「聖女様のお気持ちはわかりました。ですが、僕が思うところ、世界が変わっても……人は変われません」


「……え?」


「聖女様の言うように、上手くいかない親子関係も仮初めの友人関係もこの世界にだってあります。ただ、何もかもが目新しく綺麗な世界に見えているかもしれませんが、そういう暗い部分だって、もちろんあるんです……失礼ですが、聖女様は自らが傷つくことを極度に恐れているようです。もし、貴女が変わらないのであれば……この世界に来ても同じような人と親しくなり、また同じように対応されるでしょう……そんなものですよ」


「ジュリアス……」


 ジュリアスはこちらの世界を選んでも私がそのままだったら、同じようにまた絶望することになるだろうと言う。


 確かに、そうなのかもしれない……私が元の世界をそう思ってたってだけで、本音を言い合って友人関係を楽しんでいる子だってきっと居るはずだもん。


 私は誰かを信頼する勇気もなければ、自分から一歩踏み出すこともしなくて……そうなれなかったってだけで。


「ああ……良くない。叱っているようになりましたね。僕の実年齢のせいでしょうね。ついさっきまで、僕たちは色っぽい話をしていたはずなのに……すみません」


 ジュリアスは私に苦笑いをしたけど、とてもそれに笑い返すような心境にはなれなかった。


「いいえ……私が子どもなんです。ジュリアスの言う通りです。私は……貴方に相応しくないから……」


 ジュリアスは、三回も世界を救った英雄だ。不祥事があったとは言えど、ジュリアスの部下は心から彼を信頼をしているとすぐに理解出来てしまう。


 そんなすごい人は異世界から来た聖女ってだけで自分で何も出来ない私なんかを、好きにはならないんだろう。


 座ったまま項垂れて落ち込んだ様子を見た私を見て、ジュリアスは跪き手を握った。右手を大きな両手で包み込むと、私の顔を覗き込んで目を合わせた。


「いいえ。そうではありません。住む世界を変えるということは、もう二度と戻れないということです……ただ嫌なことから、逃げているだけではいけない。僕を好きだと言ってくれて、嬉しいと思いました。ただ……数年後。十数年後になれば、この選択を後悔しないかと心配になります」


 この時、私は生意気だけど、ジュリアスは何でも持っているように見える人なのに、優し過ぎて損ばかりしているんじゃないかと心配になった。


 だって、聖女の私が自分を好きになったから、この世界に残るって言いましたって王様に言えば、ジュリアスは不名誉な通り名なんて忘れて貰って、皆に感謝されてまた英雄だと言って貰えるチャンスなのに。


 どうして彼がすぐにそうしないのかと言えば、私の気持ちしか考えていない。自分の立場を考えれば、頷くべきだと思うのに。


「ジュリアス……優しい」


「優しい……? 聖女様に優しいと言われるのは、複雑ではありますね」


 言葉の通りジュリアスは整った顔に複雑な表情を浮かべたので、私は首を傾げた。


「……どうしてですか。優しいって、褒め言葉だと思ってました」


 そうだよ。薄情って言われるよりか、断然良くない?


「褒め言葉……優しいだけの男は、女性に好かれないですからね」


「私にはもう好かれているので、別に良くないです?」


 二回ほど彼を好きだって言いましたし、結婚したいまで言ったのに。


「そうですか……聖女様は、まだ私のほんの一部分しか知りません。僕の何か違う一面を知れば、嫌いになるかもしれませんよ?」


 何がおかしいのか含み笑いのジュリアスはどこか試すように聞いたので、なんだそんなことかと私は肩を竦めた。


「それこそ……変な話です。付き合う時って、普通はまだあまり知らない状態から始めますよね? 元の世界では一目惚れして手紙を渡して、付き合ってくださいとかもあります。それを言うなら、私はジュリアスと出会って二週間? 三週間? 経ってからちゃんと話して結婚したいと言いましたし、常識的な方なんです」


 旅に出る前の準備期間などを含めれば、彼と出会って恋心を育むのに十分な時間だと思う。


「……その頃の僕は聖女様から見れば、完全に対象外のおじさんでしたけどね」


 自嘲するようにジュリアスは言ったので、私はそれがなんだか不思議だった。私の知っている彼らしくないって、思ったから。


「それを言うなら、私をそもそも対象外にしていたのはジュリアスだと思います。最初から完全に子ども扱いもしてたし」


 私は初めからジュリアスには好感しか持っていなかったし、出来ればもっと早く会いたかったは元々思って居た。そんな彼が若返るのであれば、私を恋愛対象にしてくれても良いと思うもの。


「すみません……確かにあの時は聖女様と恋仲になろうとは、思わなかったですね」


「今は、どうですか?」


 ジュリアスは不意に黙り込んだので、私はその時すごく緊張した。短い沈黙だと言うのに何を言われるか本当に怖い。


「……考えています」


 え? これって、恋愛対象をしてありってこと……だよね?


「嬉しいです……嬉しい」


「まだ……僕は頷いた訳ではないですけど?」


 思わず嬉しくて涙ぐんだ私に苦笑した彼は、指で目尻を拭ってくれた。



◇◆◇



 その後で私はジュリアスを扉まで送って、彼の背中が階段を降りるところまで見届けた。


 これまでにどんなに近付いても縮まらなかった心の距離が、なんとなく縮まった気がする……それは、何でだかというと、さっきの私は彼に本音でぶつかったからだと思う。


 あんなこと、普通なら絶対に言わない……っていうか、言えない。


 元の世界では、本音を隠して生きるなんて皆がやっていることで、別に私だけじゃない。醜い部分をさらけ出し合うなんて、絶対にやりたくないよ。


 あの人くらい好きな人じゃないと……そんなの、絶対にしたくない。


「……おい」


「えっ……エセルバード……様……」


 隣の部屋の扉からエセルバードがこちらを見ていて、私はぎょっとした。


 うわ。やばい。いつも心の中で三歳児のエセルバードみたいな感じにしてたから、危うく本人の前で呼び捨てしてしまうところだった。


「お前。あいつと付き合っているのか……この世界に、残るのか?」


 じろじろと私を値踏みするような視線がなんか、嫌だ。


「えっ……それは」


 どっ……どうしよう。エセルバードに、なんて言えば……。


「別に詳しく言わずとも、顔が赤くなっていてとろけた表情だ……密室で二人、何をしていたか丸わかりだ」


 その時に私がばっと両手で顔を覆ったので、面白くない顔をしたエセルバードはふんっと鼻を鳴らした。


「あれの父親も、俺の母上のことが好きだったはずなのに……なんで、あんな大きな息子が居るんだ……おかしいだろう。自暴自棄になって、その辺の町娘に手を付けでもしたのか?」


「……え?」


 ……ジュリアスが、エセルバードの母親のことを、好きだった……?


 あ。ハミルトンさんもこの前に、ジュリアスと亡くなった王妃は幼馴染みだって言っていた気がする。


 だから、彼女の息子のエセルバードのことを頼まれれば、ジュリアスは断れないのだと。


「ああ。お前は知らないだろうが……ジュリアスは元々母の婚約者だったんだ。だが、父から是非王妃にと乞われてな……母は父と結婚した。それ以来、奴は色恋沙汰は聞いたことがない。皆、母が好きだったのだろうと言っていたがな。あれだけ大きな子どもが居たのだから、とっくに振り切っていたということだろう」


 珍しく頭を使っている様子のエセルバードの話も、私にとっては衝撃的な内容過ぎて何も入って来なかった。


「私……もう、寝ます。おやすみなさい」


「そっ……そうか」


 唐突に挨拶をした私に驚いたエセルバードはその後も何かもごもご言っていたようだけど、私は聞こえなかったふりをしてすぐさま扉を閉めた。


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