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07 枯れた花

 ジュリアスに馬車の中で言った告白は、私の嘘偽りない本音だった。


 元の世界に居る家族は、別に仲が悪い訳じゃない。ただ、無関心同士だ。幼い頃は違ったかもしれないけど、親に愛された記憶は薄い。


 というか、深夜に帰宅する共働きの両親と学生の私とは、全然時間が合わなくて会話する機会もあまりない。目に見えてグレてないだけ、褒めて欲しいと思っている。


 現在大学生の私に差し迫るリアルは、目に見えぬ誰かに常に急かされて競争させられているような現代社会だ。


 厳しい受験戦争を終えて、大学に入っても、次は厳しい就職活動。親切な先人の知恵を借りたところで、希望した大企業の内定を勝ち取るのは自分しか居ない。


 どんなに情報を仕入れてホワイト企業だと噂されていても、入社して配属された部署ガチャが外れれば、それでゲームオーバー。


 出来れば第二新卒までで、ガチャで当たりを引かなきゃいけない。なんて、残酷で血も涙もない運ゲーなの。


 とにかく、これからの未来を絶望しようと思ったらすぐに出来てしまうくらい、わかりやすい結末が辛すぎる。


 今は要らない情報が溢れすぎていて、生きていくのがとてもしんどい。


 異世界に召喚されて、楽な救世の旅を終えたら、時間も違わずに元居た世界に返してくれるらしい。


 けど、私はこの世界に来た時からずっと考えていた。


 元の世界になんて、帰らなくて良い。このまま、この世界に居たいんだって。



◇◆◇



「……ジュリアスにこの世界に残りたいし好きだと告白したら、避けられるようになりました。どうしたら良いでしょう」


「そうですか……私にはそれをどう言って良いのか、わかりませんが……」


 深刻な顔をした私に呼び出され、もしかしたらとんでもないことがあったのかと思って居たらしいハミルトンさんは、何十も違う私の恋愛相談を受け目が完全に泳いでしまっている。


「えー! なんでですかー! 私、元の世界に戻るより、それが良いと思ったんですけど!」


 好きになったから迫り過ぎて避けられるという、最悪な事態に悶え苦しむしかない。


 それまではなるべく私と一緒に居たジュリアスは告白した次の日から、騎士団の人たちと一緒に馬に乗るようになったし、食事の時も姿を見せなくなってしまった。


 どう考えても、わかりやすく避けられている。


「まあ、二人の気持ちあっての恋愛ですからね。どちらかが嫌がると、成立しません」


 無表情のハミルトンさんは、ごもっともなことを言った。それは確かに、そうなんだけど!


「少しの間……泣いて来て良いですか……」


「ここは安全なので大丈夫だと思いますが、何かあったら大声で呼んでください」


 そう言ってハミルトンさんは、今日の野営地の近くにある小さな森を指し示した。


 無表情で事務的だけど、彼だって忙しいし団長代理しなきゃいけなくて大変なんだと思う……きっと、薄情ではなくて。


 私はハミルトンさんにお礼を言って、森の中で小さな切り株に座り込んだ。


 このシチュエーション、落ち込む。泣きそう。好きな人に好きだと言って、避けられた。これって、もう諦めるしかない状況じゃない?


 その時に、ふと目に付いた。いくつかより集まって咲いているうちの一輪の枯れた花に、私は目を留めた。


 発動条件が少し問題あるせいで、無用の長物になってしまった私の『祝福』だけど、人を若返るなら、枯れた花だって出来るのかな?


 私はプツリと枯れた花を取って、ほんの好奇心のつもりでそれに唇を押し当てた。


「っ……わっ」


 小さな光が瞬いて、枯れていたはずなのに瑞々しい花へと戻った。やっぱり私の『祝福』は、そういう能力で合っていたみたい。


 なんとなく実験するつもりで二回目のキスをしても、それは想像通りの蕾には戻らなかった。


「あれ? どうして? これは……若返るだけって訳じゃ、ないのかな?」


「そのようです」


「わっ……! ど、どうして?」


 聞き覚えのある声に振り向けば、私を避けていたはずのジュリアスがすぐ後ろに居た。


「ハミルトンに聞きました。聖女様。申し訳ありませんが、ご自分の御身の尊さを理解していらっしゃいますか?」


 子どもを叱るような口調に、私は思わず息をのんだ。


 そうだった……聖女が居ないと、倒すべき魔物に攻撃が通らなくなるんだよね。楽過ぎるし世界が滅びるかもっていう緊迫感は一切ないけど、これは救世の旅で……危機感がなさすぎると言われても無理はない。


「ごめんなさい。すぐに戻ります」


 私は慌てて立ち上がろうと思ったんだけど、ジュリアスは逆に私の隣に座って「なんで?」と固まってしまった。


「……僕は聖女様を、避けていた訳ではないですよ」


 さっきのハミルトンさんは、私の言ったことをそのままこの人に伝えたみたい。恋愛相談には向かない人であることは、よくよく理解した。


「……目に見えて、私を避けていたと思いますけど?」


 拗ねたように私が言えば、ジュリアスは首を横に振った。


「いえ。聖女様に祝福を与えて貰った後から、力が強くなったようで……少し試してみたくて、その辺の魔物を倒していました。ですが、弱くてあまり手応えがなくて……わかりにくいですね」


「……え?」


「単に今までの僕が衰えていただけで、若返った効果だけかもしれないので……わかりませんがね。ああ、聖女様。お願いがあるんですが」


 そう言ってすぐ近くでジュリアスは余裕を見せて微笑んだので、私は微妙な気持ちになった。なんだか、彼のことで気持ちの乱高下が激しい。


 けど、それって私だけだ。彼は人生経験豊富で多分、このこともなんとも思って居ない。


「なんですか? この救世の旅を無事に終わらせるためなら、私はなんでも協力しますよ?」


 なんたって、無事に終わらないと世界が滅びてしまう。


「ああ。ちょうど良かったです。僕にまた聖女様の『祝福』を与えてもらえないかと思っていたんで」


 言い終わってすぐに素早く唇に温かな唇が軽く触れたので、私は驚いた顔のままで固まって居た。


 真顔のジュリアスはそんな私が動き出すのをじっと待っていたのか、とても顔が近い。告白を断わろうとしている人の近さでは……ないように思うんですけど。


「……どうして?」


「すみません。何度も何度も戦闘を続けていると、身体の消耗が激しく最初はなかった衰えを感じていたんです。気がつけば肌も徐々に艶がなくなり、元の姿に戻ろうとしていたのだとわかりました……ですが、こうして『祝福』を受けて理解しました。ほら。若返ったでしょう?」


 そう言ってジュリアスが大きな手を開いて見せて来たけど、不意打ちのキス前にそんなところは見ていなかった。


「……と、言うと……」


 さっきの驚きで思考停止に近い状態がまだ続いている私は、ジュリアスの言わんとしていることが未だに理解出来ていない。


「ええ。申し訳ありませんが、僕は旅の間、聖女様にこうして何度か『祝福』を与えて貰わねばなりません……よろしいですか?」


 待って……待って。これって私がどちらかを選択出来るように見せかけて、イエスしか言えない質問だよ!


 だって、団長は城へと既に帰って、息子のジュリアスが代理でここに来ていますよっていう話になってしまっているもの。ここで団長が居たらまた大混乱で、色々と不具合が出てしまう。


 それに元の姿に戻ると、私の能力がなんであるかを言うしかなく……っていうか、彼のことが好きな私にノーを言う必要性もまるでなく……。


「わっ……わかりました」


 こくこくと頷いて肯定したら、ジュリアスは安心したのかほっと息をついた。


「すみません……これはどうしても必要のあることなので、嫌だと思いますがどうか我慢してくださいね」


 そう言ってジュリアスは真面目な顔をしてとてもすまなそうにしたけど、薄い緑の目がなんとなく面白そうだったことを私は見逃していない。



もし良かったら評価・ブクマ、よろしくお願いします。

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