06 告白
団長が城へと戻り彼の息子が代理として参加すると発表されてからも、特に大きな混乱などはなかった。
発表前に大きな鳥型の魔物が現れて、割と強いみたいだけどそれをジュリアスがあっさりと倒してしまったせいもあるかもしれない。
夕食前に集まった皆へ副団長ハミルトンさんは、無表情なままで淡々と団長は王に呼ばれて帰ったけど息子さんが代理で来てますという事情を話し、団長の隠し子発覚で多少騒ついた程度だった。
「団長って……やっぱり、女が居たんだな……しかも、成人済みの息子まで居たのか」
「あの人は汚れてしまった英雄なんだから、家族の為に表向きは独身を通すしかなかったんじゃないか……」
ボソボソと内緒話が耳に入り団長の部下にあたる騎士たちの噂話を聞いて、私は驚いた。汚れてしまった英雄……?
団長のことを語る時は常に「あの人なら大丈夫」と言われるばかりで、そんなの……初耳だけど。
当事者であるジュリアスはハミルトンさんに紹介されてから、にこやかに部下たちのの輪に入って、そつなく挨拶をしているようだ。
流石年の功というのか、初対面を装いつつも自己紹介と挨拶をしていて対応は感じ良くてすごく好感度高そう。
「え……汚れてしまった、英雄? どういうこと」
「誰かから、何か聞きましたか」
なんとなくの独り言に頭の上から返事があって驚き過ぎた私は、心臓が口から飛び出るかと思った。
「わ! ハミルトンさん……びっくりしました。いえ……さっき、そういう噂している人が居て」
私が言葉の先を濁すと、副団長……というか、団長代理になった彼は、はあっと大きなため息をついた。
「実は……団長は城中で神殿に仕える司祭を切り殺したことがあります。ですが、その時点で団長は二回世界を救っています。ですから、陛下は特別に恩赦を与え、その罪は不問になったんです……」
「え? あのジュリアスが? 嘘でしょう。信じられない……」
ジュリアスは沈着冷静で、私は彼が怒ったところを見たことがない。エセルバードを叱りつけている時は流石に厳しい態度を見せることはあるけど、それ以外は理知的で温厚だ。
彼が城の中で強い怒りをもって人を切り殺してしまうなんて、とても想像つかない。
「それに被害者の司祭が、市井でも人気のある慈悲深い司祭として有名だったんです。十年ほど前に団長は彼を殺してしまったことで堕ちた英雄や汚れてしまった英雄と呼ばれるようになりました……ですが、私はどうしても団長がそんなことをするとは、今でも思えないんですよ……」
私もそれには完全に同意する。だって、それだとあのエセルバードが今生きてるの、絶対おかしいと思うもん。
「私も、そう思います! ……けど、団長は彼を殺してしまった理由を、何か言っていたんですか……?」
気になるのは、それをした動機だ。もしかしたら、殺されそうになったからやむを得ずの正当防衛なのかもしれないし……。
「いいえ……団長は司祭との間にあった詳しい事情については黙秘を貫き、ただ『自分が怒りに任せて切り殺してしまった』としか、取り調べに対しては言わなかったそうです」
若い頃から彼の右腕を務めているというハミルトンさんはその頃からずっと、私と同じ思いだと思う。
あの団長……ジュリアスがそんなことをするなんて、考えられない。けど、本人はそう言っているし、なんなら世界を救っているからとその罪も恩赦を受けてしまった。
きっと、何かそれをしたとしたなら、彼には何か特別な事情があるはずだって……そう思ってしまう。
「あ……ハミルトンさん……私、ハミルトンさんが怪我したら、キスした方が良いですか」
そういえば、この人だけはジュリアスが若返ったことを知っている。怪我をしたらそれで治せてしまうことを、知っているのだ。一応確認しようとしたら、無表情で首を横に振られた。
「いえ。私は妻一筋ですので。瀕死の重傷の際は、お願いするかも知れませんが」
「わかりました。命の危険が迫る時は、私もそういう恥ずかしさなどは捨てます」
ハミルトンさんは真面目に答えたので、私も真面目に返した。
「ありがとうございます。では、そういうことで」
◇◆◇
そんなこんなで順調な旅も一週間が経ち、若返ったジュリアスは完全に騎士団に溶け込んでしまった。
あの団長が居なくても、この息子が居れば大丈夫だろうと、のんびりムードを完全に取り戻してしまっている。うん……いや別に本人なんだから、何の問題もないけどね。
ジュリアスは現在責任ある団長職ではないので、私と共に居ることが多くなった。今までのように距離を取った関係性ではなく、気軽に話せる同世代みたいに。
馬車に揺られて、楽な行程は進む。今は予定通りの進行で、魔物が完全復活を遂げるまでには無理なく間に合いそうだ。
「……ジュリアスは、私のことを聖女様と呼びますよね?」
「ええ……そうですね」
世間話の合間にふと気になって聞いてみれば、彼は馬車の向かいの席で困った顔をしていた。
「それって、どうしてですか?」
「……聖女様は元の世界に帰られます。僕はこれが、四回目になります。あまり親しくし過ぎると、後で別れが辛いので」
「……もしかして、これまでの聖女と恋に落ちたことが?」
「ないです」
ドキドキしつつ聞けばジュリアスが即答したので、ほっと安心した。いえ。彼だって良い年齢なのだから、なんかしらの恋愛経験はあるだろうけど……詳しく聞きたい訳でもない。
「ですが、親しくなった人がこの世界のどこかに居ると思うのと、別世界でもう二度と会えないのとでは……だいぶ、気持ちが違いますから……」
これまでにそれなりに親しくしていた聖女を三人も見送ったせいか寂しそうな様子を見せるジュリアスに、やっぱり彼は自分勝手な理由で人を殺したりするような人には思えない。
絶対に、あれには何か事情があるんだろ思う。
「あの……私はジュリアスと恋に落ちて結婚出来るなら、この世界に残ります。だから、その覚悟が出来たら名前で……由真って呼んでください」
ジュリアスは私がこんなことを言い出すと思っていなかったのか、初めて見る呆けた表情で固まって居た。私は自分なりには勇気を出して言ったので、顔が熱くなってしまった。
これって彼に告白したのも同然なんだけど、私が彼のことを「良いな」って思ってるのって本当にダダ漏れだと思うし、向こうだって絶対わかってるし特に問題ないと思うんだよね!
「ご冗談を。私はそろそろ五十ですよ。聖女様」
「私とキスすれば若返るので、問題ないです。それ以外に何か問題ありますか?」
ついさっきまで窓の方を向いていた彼は私に向き直り、顎に手を当てて足を組んで息をついた。
「……元の世界に、帰りたくない事情でも?」
「私は積極的に、元の世界に帰りたいとは思いません。この世界のように、危険な魔物は居ないけど……なんだか情報に溢れているせいか、刺激的なことや辛いことが多過ぎて……心がついて行かないことがあるんです。この世界に来て、気持ちが穏やかでどれだけの無駄に囲まれていたか目が覚めました。私はこういう生活をしたかったのかもって」
手放せなかったスマホは電池が切れて、すぐに使えなくなった。あれほどまでに更新が気になっていた複数のSNSから解放されて、今は驚くくらい気持ちが楽になった。
こういう中世ヨーロッパのような世界の方が向いているのかなって思うし……あと、魔法が存在するから多分向こうの世界より便利なことも多い。
なにより、やっぱり間近で見ているジュリアスが素敵。
「聖女様は……この世界に、永住しても良いと?」
「良いです。私と結婚してくれます?」
「そうですね。先ほど聞いた聖女様のご事情を踏まえて、前向きに考えておきます」
まさかの付き合う前のプロポーズにも動じず、ジュリアスは肩を竦めて頷いた。
「現在、どっち寄りです? 私のこと良いなって、少しでも思います?」
あー……乙女ゲームみたいに、ジュリアスの好感度見えたらなあぁ!! 上がったり下がったりも、リアルタイムで見られたら良いのに。
「……聖女様は、なんだか恋に積極的なんですね。今まで、そんな風には見えませんでした」
あまりにも突然強引に迫りすぎたせいか苦笑したジュリアスに、私は何度か頷いた。
「だって、私はこれまでの人生で告白すべきところで何も言えなくて後悔したこと、何度かあるんです! どっちにしてもいずれ後悔するなら、自分の言いたいことを言うべきかなって思いました」
「……今までは、何も言えなかった……と?」
「そうです。だから、ここでジュリアスに振られても、私は言いたいけど言わなかったという後悔はしなくて良くなるんです。それに振られても異世界から帰るだけなので、もう顔を合わせることもないですし……」
そういった意味で、私のジュリアスへの告白はデメリットが少ない。とは言っても彼は、私の恋心を馬鹿にするような人には見えないけど……どこだかの、エセルバードとは違って。
「確かに後悔は……しない方が良いですね……」
ジュリアスはそれから物憂げになんだか考え込み、私はそんな彼を観察するので精一杯になってしまった。