05 内緒にしましょう
「聖女様……大丈夫ですか」
パッと目を覚ました時に、キリッとした表情が印象的な美男……が顔を覗き込むようにしてすぐ傍に居た。
「えっ、わっ、ゆっ、ゆめじゃなかった……だんちょう、すごい……わかがえってる」
勝手に焦って走り何もない地面でこけて受け止めてくれようとした団長の唇を奪い、そのまま気絶してしまうというとんでもないやらかしをした私は、意識を失う前の自分の行いを思い出して呆然とした。なんてことしたの。
慌てて口早な片言になってしまった私の言葉を聞いて、困ったように微笑んだので、やっぱりこれは……あのイケオジ団長が若返った姿なのだ。
若返る前だって際立って容姿が良い人だったけど、こうして若返ってしまうと破壊力がとても凄い。
物憂げな雰囲気がある美男で、どう形容して良いか迷うくらい格好良い。きらめく金髪の前髪だけ少し長いのも、なんだか私得過ぎて。
「聖女様。身体などには、特に異常はありませんか?」
「ありません……本当にごめんなさい。団長。私とキスしてまさか、こんな風に若返ってしまうなんて……」
私は手を合わせて謝り、彼は顎に手を当てて頷いた。
「……おそらく、キスをすると若返りをする能力が聖女様に与えられた『祝福』のようですね。しかし、これは誰にも言わない方が良いように思います」
「え? けど、それでは団長は……」
団長の言葉を不思議に思った私のテントの幕が上げられて、馬鹿王子エセルバードが現れた!
しっ……信じられない。普通なら今は、絶対こいつとエンカウントしないはずなのに。
うら若き乙女のテントの幕を断りもなく上げるなんて……着替え中だったらどうするつもりなのよ!
「あれ? ジュリアスは、ここには居ないのか? こいつは誰だ……なんだ。ジュリアスにやけに良く似ているが……」
ずかずかと無遠慮に私のテントに入り眉間に皺を寄せつつ若返った団長をしげしげと見たエセルバードに、私は「どう説明したら良いんだろう」と冷や汗をかきつつ考えていた。
「父は急用で城へと。僕は彼の代理として参りました。ジュリアスの息子です」
団長がここで堂々と嘘をついたので、私はぽかんとしてしまった。え。だって、私の『聖女の祝福』の能力がこれでようやく判明したのだから、それをエセルバードに伝えれば良いだけなのに……。
「なんだと……俺は聞いてないぞ! あいつは今まで一度も結婚もしていないし、子どもの話だって聞いたことはない。だが……親子と言えるほどに似ているな。そっくりだ」
そりゃそうだよ! それって若返った本人なんだもん!
私は心の中でスリッパで頭を叩いてエセルバードにツッコミを入れたくなる衝動と戦っている中で、団長は素知らぬ顔をしてしれっと頷いた。
「母は僕を一人で産み育てました……僕の存在を父が知ったのは、最近のことです」
形の良い唇からよどみなくすらすらと出てくる嘘に、私の前では素敵で温厚な姿しか見せていない団長の持つ老獪さを感じた。
「ふんっ……人には偉そうな説教をしていた癖に、あいつもただの男だったということか。もう良いっ……いや、待て。そこのお前が、本当にジュリアスの代わりになるのか」
馬鹿王子も団長が居ないと、この旅が無事には済まないことは理解しているらしい。息子に代わりが出来るのかと確認するように聞いたので、団長は大きく頷いた。
「……僕は父と同等程度の能力は持っています。でなければ、あの人は殿下を残して城へは帰りません」
「それもそうか……それならば、別に良い」
いきなり現れたエセルバードは勝手なことを言い残し、来た時と同じように唐突に去っていった。
団長はエセルバードがテントの外に出て彼の荒い足音が聞こえなくなるのを確認してから、何も言えなかった私へと意味ありげに微笑んだ。
「女性のテントへ了承もなしに入ってくるとは……元の姿に戻れば長時間の説教ですね」
「……だ、団長? あの……」
「ああ。聖女様。僕のことは、どうかジュリアスとお呼びください。この国では子が父の名前を受け継ぐことも、良くありますので」
あ。私の世界でも、父親と同じだから息子はなんとかジュニアみたいなお名前もあるものね。この異世界でも、そういう文化はあるらしい。
「ジュリアス……さん?」
おそるおそるで私が名前を呼べば、彼は苦笑して首を横に振った。
「どうか、お気軽にジュリアスとお呼びください。聖女様は尊きご身分ですし、ちょうど僕はこれまで団長と呼ばれていましたから、そのまま名前で呼んで差別化が出来ればと思います」
あ……そっか。若い姿の時に団長って呼んでしまうと良くないから?
「では、ジュリアス……その、何故さっきエセルバード……殿下に私の『祝福』について、何も言わなかったんですか?」
いつも心の中で馬鹿王子を呼び捨てにしていたせいか、ついついそのまま呼びそうになったんだけど、すんでのところで敬称を付けることを思い出した。危ない。
「聖女様。これを今、誰にも明かさない理由ですが……貴女は誰かが怪我をするたびに唇を許せますか?」
「え……そ! それは!! 無理です!」
いくら気の良い騎士団の皆さんでも、怪我を治す度にキスを? それは絶対嫌。私は慌ててぶんぶんと首を横に振ったので、ジュリアスは苦笑して頷いた。
「僕は若返ると同時に、脇腹の怪我も治っています。本日大きな傷を負ったことは、周知の事実です。それが急に完治していれば、こちらが何も言わずとも聖女様の祝福の仕業ではないかと勘繰られることは間違い無いでしょう」
「たっ……確かにそうです。王子を庇って怪我をされたとなれば、あの人も知っているでしょうし」
「ええ。実際のところ……この世界での聖女の祝福とは、道中に役立てるものとしてこちらでも認識されています。もし、今キスをして若返ったり怪我を治せたりする力の有無を知っていれば、自分が負った怪我を治して欲しいと、どうしても期待してしまいますから……これは、内緒にしておきましょう」
唇に人差し指を当てたジュリアスは、自分の役目よりも私への負担を考えて、祝福が何であるかを黙っていることに決めたらしい。
騎士団を率いる彼だって団長でなくなれば、不便になってしまうだろうに。
けど、なんて紳士なの……素敵過ぎる。外見だけでなくて、内側もより素晴らしいなんてチート過ぎない?
「ありがとうございます。私……実はエセルバードにちゃんとした『祝福』があるのよって、さっきだってやり返してやりたかったけど……あの時に言わなくてよかったです……あの馬鹿王子とキスするの、絶対嫌です……あ」
私は慌てて片手を口に当てた。エセルバードのこと、馬鹿王子って呼んでいること、バレちゃった。
ジュリアスは苦笑しつつ、気にしないでと言わんばかりに手を振った。
「今の言葉は、僕は聞かなかったことにします。あれでも、一応仕える王国の王族ですので」
「すみません。ありがとうございます……」
それはそうだ。私にとっては馬鹿王子でも、ジュリアスにとっては大事な王子様だもんね。別名、厄介で高貴なお荷物だけど。
「聖女様。それでは申し訳ないが、ここに副団長のハミルトンを呼んで来てもらえますか。既に聖女召喚の時を終え、魔物復活までに時間があまりない。僕らと彼のみ知る突発的な事態は起こりましたが、このまま旅は続行せざるを得ません。騎士団を率いる団長職は、彼に任せることになりますので」
真剣な眼差しで紡がれる言葉に、私はぽーっと見惚れていたんだけど、ジュリアスが「あれ?」と言わんばかりに首を傾げたから、彼から副団長を呼んで来いと言われていたことをここでようやく認識した。
私、悪くないよ。
真剣に喋っているだけなのにも関わらずジュリアスが、思わず見惚れてしまうくらい格好良いのが悪いんだよ!
「わっ……わかりました!」
普通の大学生にはイケメン騎士様は、刺激が強いんだからね!