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04 聖女の祝福

 聖女として特別待遇で、他よりも居心地良く用意されたテントの中に篭もっているのも暇だった。


 夕食前にその辺りを散歩でもしようかとしていたら、世界の危機を前にしているという切羽詰まった緊張感のないご一行の、のんびりとした様子が見えて思わず微笑んでしまった。


 世界を救うための旅とは言え恒例のように三桁の回数も続けば、それを仕事にする人々からすれば効率の良い方法がマニュアル化されて定型作業(ルーチンワーク)になってしまうものなのかもしれない。


 王都より魔物が封じられた道筋は定期的に整備され森の中の獣道なんて通ることもないし、平坦な道が続くので私用の高そうな馬車だってあまり揺れない。


 おかげで現代では乗るはずもなかった慣れない馬車なのに、有難いことに車酔いもそれほどでもない。


 魔物は魔物暴走の危険を感じ取り活性化しているらしいから、例の魔物に近付く毎に強くはなるらしい。


 けど、とても強い団長と彼が率いる騎士たちのおかげで、危なげのない旅に不安を感じることはない。


 しかも、これで救世の旅通算四回目になる騎士団長が一緒だし、彼が居れば大丈夫だという絶対的な安心感があるからか、皆和気藹々としてほのぼのと旅を楽しんでいるようにも見える。


 でもよく良く考えれば……魔物を無事に封印しないと、魔物暴走(スタンピード)起きるんだよね?


 私。本来なら無関係で別世界から来ているけど、こんなに暢気で大丈夫かなって、なんだか不安になっちゃうよ?


「……聖女様。こちらにおられましたか」


「あっ……はい。副団長。ごめんなさい。少し風に当たろうと思っただけなんですけど」


 私を探してくれていた様子の背の高い彼を見上げて、頭を下げて謝った。


 短い銀髪に切れ長の灰色の瞳色味が少なく、どこか冷たそうに見える副団長はハミルトン・アートルムさん。この人は団長が若い頃からの腹心らしいんだけど、無表情が基本なので何を考えているかいまいちわかりにくい。今だってそうだ。


「いいえ。お気になさらず……テントの中は通気性も悪くあまり快適な場所とは言えませんから、聖女様のお気持ちはわかりますよ」


 副団長の素っ気ない口調ながらも、優しい言葉に私はほっとした。


 団長の人柄が良いせいか、彼の部下の人たちも気持ちに余裕が見られるし、騎士団の彼らは総じて親切だ。


 別に何かを苦労したいって訳でもないんだけど、こんなに楽勝な救世の旅で……本当に良いのかな?


 ……あ。けど、そんな中でも、一人だけ嫌な奴が居たわ。


「副団長。あのっ……私、お聞きしたいことがあります」


「私でよろしければ、なんなりとお聞きください」


 副団長はやけに恭しく頷いた。おどけた様子にも見えて、やけに無表情なだけで、割と話せる人なのかもしれない。


「あの王子って、なんでこの旅に付いて来ているんですか? 魔物を封印するのなら、聖女の私と騎士団の皆さんだけで事足りてますよね?」


 私はこの疑問が旅をする中で、一番に謎で不思議だった。


 聖女の私が居ないと、倒さなければならない魔物に攻撃が通らない。これは行くしかない。騎士団の皆さんが居ないと、私では魔物を倒せない。是非同行をよろしくお願いします。


 文句だけは一人前の馬鹿王子……城で吉報を待ってたら、それで良くない?


「……これは、ここだけの話にして欲しいんですが……」


 私の心からの不満を聞いて声を潜めて言いづらそうに言った副団長……団長は王子については言葉を濁すばかりだったけど、副団長は私に理由を言ってくれそう!


 私は無言で同意を示すように彼へ何度も頷いた。


「あのわからずやな殿下は第二王子で、これまでに色々と問題を起こしておりましてね。なので、厄介払いのようにして他国に婿に出されることになりました。ですので、今回の救世の旅に参加させて、陛下は箔付けをしたかったんだと思います……せめてもの、最後の親心と言いましょうか」


「はっ……箔付けのためですか?」


 確かに……よくよく考えると、あんな文句しか言わない駄目な王子を他国に婿入りさせるのなら、救世の勇者くらいなとてつもないステータスあった方が良いのかもしれない!


 世界を救ったんだから、少々のことは目を瞑ってやろうとか思う人だって居るかも知れないし……居ないかもしれないけど。


「そうです。陛下も兄にあたる王太子殿下も、あのエセルバード様の扱いには苦慮されておりまして……ちょうどうちの団長と母君にあたる亡き王妃様が幼馴染みだったということで、団長もエセルバード殿下のことを頼まれれば断れないんですよ。血は繋がっていませんが、親戚のような気持ちなんでしょうね」


 私たち二人が話ながら戻れば野営での夕飯の準備は調い、皆あかあかと燃える焚き火を囲んで和気あいあいと食べていた。なんなら、早い人はもう食べ終わって片付けをしているようだ。


「そうなんですか……団長って頼りになるからいろんな人から頼られて、本当に大変ですね。あ。団長って、今どこに居ます?」


 この旅が始まってまだ数日だけど、私は優しくて話し上手な団長の若い頃の武勇伝を聞きつつ、夕食を取るのが恒例になっていた。


 昨日の話の続きが聞きたいし、何処だろうと私が周囲を見回せば、副団長はなんでもないことのように言った。


「団長なら……先ほどの戦闘でエセルバード様を庇って、脇腹を魔物に噛まれましてね。川に傷を洗いに行くと言っていました」


「え……王子って、寝ている間にここに置いて行ったら駄目ですか?」


 エセルバードの支度待ちの朝があるくらいだから、やろうと思ったら出来るはず。


「私もそうしたいのはやまやまなんですけど、何分あれでも一応我が国の王族ですので……」


 無表情が基本な副団長がその時にとても残念な表情になったので、私は彼は本当はそうしたいと思って居るんだなとよくよく理解した。


 エセルバードめ……団長の足を引っ張って庇って貰うくらいなら、自分が馬車で足を抱えて震えていれば良いのに。


 私は団長の手当てしたいと考え、副団長に断ってから夕食を取る前に彼を探すことにした。


 小さな川へ傷口を洗い流していたらしい団長は、すぐに見つかった。彼は座り込んで無理な体勢になり、怪我を負っている脇腹を確認しているようだ。


 しまった。もっと早くに来れば良かった。異世界の傷薬は現代では信じられないくらい効き目があって、少々の切り傷だったら一晩で治ってしまう。


 けど、脇腹の薬を塗ったり包帯を巻くことは、彼一人ではしづらいはずだ。


 ああ……聖女の私にも手をかざしただけで傷を治すことの出来る『祝福』があったらなあ……エセルバードが言っていたことは、一理あったりもするのだ。


 与えられた『祝福』が旅立つ前に何かわからない聖女なんて、前代未聞らしいし……私が口笛吹いても、あの鳥は言うことを聞いてくれません。


 三桁の数居る中で全員与えられているらしい聖女の祝福は、私一人だけ忘れられて貰えてないっていう話ではないよね?


「あ。団長ー! 怪我大丈夫ですか? 私、傷薬と包帯持って来ましたー!」


「これは、聖女様……ありがとうございます。別に走らなくて大丈夫ですよ」


 私は優しく微笑んだ団長に早く薬を塗ってあげなくては! という強い使命感に囚われて、彼の元まで急ぎ走った。


 座り込んだままで私を待っていた団長や、両手に持っていた包帯と傷薬の入った小さな壺は何も悪くない。


 何もない平坦な地面で、派手に転んでしまった私が何もかも全部悪いだけで……。

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