03 選びとった道
「おいっ! 役立たず聖女。どうせお前は何も出来ないんだから、荷馬車の中ででも怯えて震えていたらどうなんだ」
馬鹿王子エセルバードに声を掛けられたその時、道中で大量の魔物と戦い、怪我をしてしまった若い騎士に私は包帯を巻いていた。
そろそろ復活の兆しを見せる強大な魔物に影響されて活性化してしまったのか、普段なら安全なはずの街道近くまで魔物が降りて来ていたらしい。
今回の旅に役立つような聖女の祝福の力がそもそもわからない私を悪意ある言い方でせせら笑うような王子には正直ムッとしてしまうものの、この馬鹿王子を相手をして良いことが何もないので完全無視だ。
あれは、三歳児。
ちょっと大人っぽく見える、可愛い三歳児。甥っ子が三歳児なので、そう思えば腹も立たない。難しい言葉をたくさん話せて、とてもえらいでちゅね~。
……っていうか、もしかしてエセルバードって、私のこと好きなのかも。
精神的に未熟な男性って、好きな子を大事にするより虐めがちだし……だとしても、何も嬉しくはないし寒イボが出てくるから、これを突き詰めて考えるの止めとこう。
「エセルバード様……異世界より我らの勝手で喚びだした聖女さまに、なんという口の利き方ですか。いい加減になさいませ!」
張りのある大きな抗議の声がして、私は来てくれた! と、嬉しくなって背後を振り向いた。
そこに居たのはもちろん、とても頼りになる騎士団長ジュリアス・アルジェント様。あー、今日も本当に素敵だわ。
アルジェント団長はそれなりに年齢は経ているものの神殿で聞いていた前情報通り、彼だけ強さが突出していた。
だから、あの団長さえ居れば最終的に強い魔物を倒すとは言え、危険もほぼなく安全ですよと言っていた神官さんたちの言葉は合っていたのだ。
「なんだ……ジュリアスか。お前は本当に口うるさいな。あーっ……うるさいうるさい。俺はもう、先に行く」
馬鹿王子エセルバードとは言え、一応彼あっての救世の旅だということは理解しているのか騎士団長に怒られたら悪態はつくけど従っている。
耳を押えて嫌な表情になり、足早に退散するようにして先を急いで走って行った。
本当に容姿だけは良い王子だけど、こうして会えば罵倒される私的には悪感情しかない。勇者の王子と聖女というカップリングって、物語ではあるあるだと思うんだけど顔だけ王子とは絶対恋に落ちたくない。
あの人さえ居なかったら、私だって世界を救う旅をもっと楽しんでいたのかもしれない。
というか、率直に言ってあの人邪魔じゃない?
「……怪我をしたのか。大丈夫か? 聖女様。申し訳ありません。部下の治療をして頂きありがとうございます」
「いいえ。私にはこれしか出来ないから、させてください」
これって、別に謙遜した訳でも嫌味でもなく、私が思っていることをそのまま言った。
この世界での当たり前の常識を知らない私は、何がどういう役割でどうすれば良いかもわからないから、手際の良さが重視される野営料理に参加することだって出来ないのだ。
けど、エセルバードがさっき言って来た心ない言葉を聞いていた団長は、そうは受け取らなかったのかもしれない。
団長は整った顔をゆがめて、悲しそうな表情で頭をかいた。
「聖女様が気分を害するのも、それは無理も無いと思います。あの子は母親が早くに亡くなってね。だから、周囲の皆で甘やかしてしまった。つまり……そうです。幼い頃から剣術指導を任されていた私の責任でもあるんです。どうか……許してやってください」
騎士団長は怪我をした部下に一声掛けてから、包帯を巻き終わっていた私へ手を差し出した。差し出されたそれを反射的にギュッと握れば、温かくて頼りになる大きな手。
こんな素敵で強い人に指導されていたのに、戦闘に参加していたエセルバードがあんなに弱いのはなんでなの……絶対、剣術の練習をサボってたでしょ。
私に言わせると周囲にどれだけ甘やかされようが、馬鹿王子が自分で選び取った道だと思う。
しかも、こんなに余裕あって憧れるしかない素敵な団長が傍に居るのに、彼の影響も受けずにあんな子どもっぽい性格になるなんて絶対おかしいと思う。団長みたいになりたいと思えば、近くに良いお手本があるんだし、全部彼の真似をしたら良いと思う。
それだけで数百倍はマシな人になると思うけど……我が儘俺様全開なエセルバードには、良くなろうという気持ち自体見えない。
自分の頭の中に思い浮かんだ言いたいことを、何の我慢もすることもなくストレートに言ってるって感じ。
これって、育ち方がどうとかの問題でなくて、エセルバード個人がこれまでやって来た選択の結果だと思うんだよね。
「いいえ。それは、団長のせいではないと思います。それに、こんなに素敵な団長が傍に居るのに、その影響も受けずにあんな風になるなんて、エセルバード王子の方がおかしいと思います!」
「いえ。とんでもありません……私など……」
「……そうですよ! 団長。僕だって、そう思います」
微妙な空気の中で苦笑しながら私に否定しようとしていた団長の言葉を遮り、さっき私が手当を手伝っていた若い騎士も同意してそう言った。
「ほら……部下の方だってそう言っているんですよ。おかしいのは性格が悪い王子だと思います。団長は何も悪くないです!」
その時、少しだけ気になったのは座り込んだままの部下の人が泣きそうで悔しさを滲ませる顔をしていたことだ。彼は怪我をしているんだから、それは当たり前のことかもしれないけど……。
「……はは。ありがとう。聖女様も、ありがとうございます。そのように聖女様に言っていただけるのであれば、私の騎士としての人生も報われるというものです。さあ……聖女様。そろそろ日も暮れますので、テントの中へとお戻りください」
私は怪我をしていた騎士さんを見ると、彼も自分は大丈夫だと言わんばかりに頷いて微笑んだので、ほっと息を着くと団長に促されて私用に用意して貰っていたテントへと戻ることにした。