02 好みの顔は罪深い。
異世界に召喚される直前。
夕暮れが迫る時刻の大学の講堂の中で、そろそろ帰宅しようかと私は鞄を持っていた。
誰かに呼ばれた気がしてなんとなく背後を振り返り、次の瞬間には神殿の中で興味深げにこちらを見守る数名に囲まれていた。
異世界から召喚された私がこの世界の言葉をわかるようになる魔法をすぐに掛けてもらえたり、この世界で魔物暴走を引き起こす強大な魔物を十年周期で封印せねばいけない必要性についての説明を受けたり、魔物の封印が出来たらちゃんと元の世界に戻して貰えると聞き、私もなるほどなるほどと納得してふた月ほどの行程が予定された世界を救う旅に出ることに同意したところで、はたと気がついた。
この神官さんたち……異世界から召喚された聖女の扱い方が尋常ではなく手馴れていて、迷いなく事務的でまるで流れ作業なんだけど?
知らない世界にやって来て戸惑っているはずの聖女への対応は三桁を越してしまうくらいに繰り返された作業なので、効率の良いやり方の再確認が進み、辿り着くところまで辿り着いた感のある完成された良い説明だった。
なので、異世界にいきなり召喚されお決まりの「魔物を倒さないと、元の世界には返せません」と言われたものの、すぐに結論として「逆に魔物を倒して封印したなら、すぐに元の世界に返します」だった。
そこからどうすれば魔物を倒せるのか、私は聖女として何をすれば良いのかという詳しい話へ流れるようにして突入し、私は特に不満や恐怖なども感じることなかった。
急に異世界に召喚されてもさっさと自分の役目を把握することが出来て、なんなら帰れる条件も同時に知れた。神殿の皆さんは、本当に良いお仕事をしたと思う。
そんな聖女側な私の立ち位置はと言うと、世界を滅ぼすと伝えられるかの魔物には私が傍に居ないと、どんなに鋭い刃物を向けても攻撃が通らないらしい。
なんでそんな謎仕様になっているかは本当に謎だけど、そもそも異世界からの聖女召喚についてもつっこもうと思ったら言いたいことがたくさんある謎だらけなので、そこはもう考えなくて良いと思う。
聖女の私への説明がわかりやすいものとなっているということは、勇者側として戦闘する皆さんとて同じことだった。
今回は特に十代の頃から三回も先頭に立ち魔物を討伐しているとても強い四回目のベテラン騎士団長が居るので、運が良かったですね何の不安を覚える必要はないので、彼に任せて安心してくださいと繰り返し言われた。
確かに今までに三回も倒しているのなら、魔物の弱点や戦い方のコツなどもわきまえているだろうし、そんな騎士団長と一緒に行けるなら私は本当に運が良いんだと思う。
ただ、神殿の皆さんも私に与えられているはずの『聖女の祝福』が何なのかわからなくて、皆で首を捻っていた。
手をかざすだけで怪我をたちどころに治せたり、両手を組めば強力な結界が張れるような聖女らしい能力が一番出現頻度が多く、その他特殊な例としては口笛を吹けば野生の動物を操れたりする『祝福』だってあったらしい。
けど、私には今までの全ての『祝福』の発動方法を試しても、どれもこれも発動出来なかった。
職業柄おっとりとした神官さんたちは聖女の『祝福』自体は別に魔物退治に必須である訳でもなかったし、それが何かは判明はしていないけれど、あると旅でも便利ですし何かの弾みでわかると良いですね程度の軽い対応だった。
私本人も今までになかったという特別な『祝福』が何なのか楽しみだし、今はわからなくてもいつかわかれば良いなあ程度でのんびりした気持ちだった。他の皆だって、そんなものだったと思う。
聖女の祝福はその時々で変わるからそれは期待してもいけないとないものとして扱うようだし、聖女は居るだけで良いように考えられていて魔物討伐には直接関係していない。
そう。救世の旅の代表の勇者として、今回の旅に参加することになった第二王子を除いては、当人すら誰も気にしてなかった。
旅の出立時に真っ先に紹介された彼、エセルバード・ヘーリオスは王子様然とした金髪碧眼の見目の良い男性ではあった。
「おいおい。今回の女はまるでお荷物だな。いや、置物か。一応は、聖女ではあるからな」
紹介されて早々いきなり浴びせられた暴言にぽかんとしてしまった私を馬鹿にしたようにして鼻で笑い、エセルバードは自分用の馬車へとさっさと入って行った。
え。うわ最悪。絶対ときめかないよ。あんなの。
勇者とされる王子様があれだなんて、夢も希望もないんだけど……こんな奴がヒーローだったら、異世界ものに憧れる女の子は居なくなると思う。
異世界から勝手に喚んでおいて、その言い草はなんなのよ! と、産まれた時から民主主義国家日本で生まれ育った私には、王国における王族の尊さなどを知る訳もなく鼻息荒く馬車の扉を叩いて抗議してやろうかと頭を過った。
というか、私は居なくては魔物が倒せない聖女なんだから、あいつより重要度高いよね……?
「申し訳ありません。聖女様。殿下には私が後で言って聞かせますので、どうかお許しください」
馬鹿王子の代わりに謝罪した彼をパッと見た私の顔はその時、見るからに怒っていたのかもしれない。
けれど「この人が神官の言っていたとても強い騎士団長様ね」とすんなり納得してしまえるくらいに、重厚な威厳を纏った中年男性がそこに居た。
鍛えられた身体も立派で美形なおじ様だけど、出来ればあと二十年早く会いたかったと残念に思う。
あんな王子より、騎士団長の方が絶対に礼儀正しくて格好良いのに!
周囲を見回しても一人だけやたらと長いマントを羽織っているし、絶対この人が噂の騎士団長だと思う。
……まあ、この人がそう言うなら、私も彼の顔を立てて怒りを収めてあげようかしら。
女の子の行動の基準なんてそんなもの。好みの顔は罪深い。
「あのっ……もしかして、騎士団長様ですか? 私は朝倉由真です。この旅は四回目のベテランの貴方が居るから、絶対大丈夫って聞いています。これからどうぞ、よろしくお願いします」
私が名乗りつつ挨拶に頭を下げれば、彼は苦笑して胸に手を当てて地面に膝をつきつつ頭を下げた。
「光栄です。私は討伐隊を務めます第一騎士団を任された、ジュリアス・アルジェントと申します。聖女様。どうぞ、今回の旅のお付き合いをよろしくお願いします」
この時の私はせっかく名前を名乗ったのに、わざわざここで聖女様と呼ぶからには、何か理由があるのかもしれないとは、一瞬だけそう思った。
けれど、産まれて初めて跪いた騎士に手の甲にキスする振りをされてしまって、(これが!! 本物の騎士様なのね!!)と、心が浮かれて空高く舞い上がってしまい、そんなことはすぐにどうでも良くなってしまったのだった。