16 指輪
「ええええええっ……! 嘘でしょう……嘘でしょう! やめてやめて!!」
その瞬間、ぱあっと白い光が散って呆然としてしまった。今、目にしていた光景が、私はとても理解出来なかった。
ジュリアスの背中へと斬りかかったエセルバードの剣が、まさかのポッキリと折れてしまった!? カランと落ちた刃は、ふわっと光って消えた。
えっ……聖剣っぽい……聖剣っぽいけど、そんなこと言っている場合じゃないことは確か!!
剣が折れると同時に私があげたジュリアスの指輪が光ったみたいなので、指輪に護られたから聖剣はぽっきりと折れてしまったみたい。攻撃してきた敵の武器無効化ってすごい……すごいけど、この後一体どうするの?
嘘ー! 嫌だ。信じたくない! 聖剣ないと、魔物に留め刺せないんじゃないの!?
待って……待って。けど、私の主な目的であるジュリアスの無事は守れた。
けど、あの魔物倒せないと世界が滅ぶから=結果的に守れてない。ここ!! だって、この世界の人が全員死んじゃう!!
嘘っ……止めて。やだ。冗談でしょう……?
エセルバードも残された折れた剣の柄を持って、愕然としていた。
斬られかけたジュリアスは激しさを増す戦いの中で、そんな彼に何かを言う時間も惜しいと思ってか、目の前の敵へと攻撃を続けているようだ。
うん。多分だけど、あの指輪の護りが効いてしまって……しまってという言い方もおかしいけど、聖剣が折れてしまったみたい。
私だってそんな馬鹿なことを仕出かしたエセルバードに何か掛ける言葉もないし、多分周囲の人だってそうだと思う。
お付きの人なんて、戸惑った様子で助けようともしていない。エセルバードのお世話はれっきとした彼らの仕事なのに、こんな状況で無関係を装おうとしてか腰が引けちゃってるよ。
もうっ……もう! 本当にもう! 誰が聖剣で主に世界を救ってくれる、ジュリアスに斬りかかると思うのよ! 馬鹿なんじゃないの!
ううん。エセルバードは元々そういう自分勝手な人だった……そう、私たち……これが起こるかもしれないという可能性だって、事前にわかっていた。
けど、彼にそうさせるしかないことになっていた。
国王という雲の上の存在から、彼の活躍させて欲しいとお願いされてしまうと、逆らえる訳がないかった。
多分、私の居た元の世界でも、こういう悲劇は良く起こっていそう。
わかりやすく言うと、創業者一族で逆らえない代表取締役社長国王の息子、エセルバードの面倒を見る管理職騎士団長ジュリアス。
しかも、次のプロジェクトで名前を売るために嘘でも良いから活躍させてやってくれと言われ、断れない管理職。
なんて酷い話なの。そもそも不祥事だって、もみ消して貰っているのに。
ジュリアスの言うとおりだった。世界が変わっても、悲劇の原因は大体変わらない。
だって、本来ならこの旅は世界救済が目的で、それが失敗するかもしれない可能性は先んじて何もかも排除されるべきだった。
これまで三桁の回数も上手くいき、そして三回も救済を無事に終わらせてくれたジュリアスへの王の信頼は、揺るぎなくとても厚かったものと思われる。
だからって、あまりにも余裕を見せ過ぎでしょ! このままだと、世界が滅ぶんだよ!?
出来が悪くてだからこそ余計に可愛い息子だからって、これは甘やかして良い場面じゃなかったと思うの!
「……ちょっと! エセルバード!! その剣の柄、渡して!! 早く!! 渡して! その剣を、元に戻すから!!」
私は結界の中から、出来るだけエセルバードへ手を伸ばして叫んだ。
とはいえ、とんでもなく強そうな魔物はすぐそこで暴れている。
私が死んでもジ・エンドではあるけど、今なら私の祝福であの剣を元に戻すことなら出来そう!
「はっ? ……お前、やっぱりそういう能力持っているんだな!」
この場面でその台詞出てくる? ……もう本当に救いようがなくて、逆に落ち着いちゃう。
「良いから! 貸して……貸して! もう早くして!」
私の必死な叫びは、エセルバードの心に届いたのかどうなのか。
彼は自分のせいでとんでもないことになったという自覚はあるらしく、おずおずと立ち上がり私の元へと歩いて来た。
けど、そこにテスカトリポカの長い尾が狙っていた訳でもない感じで、本当に綺麗にエセルバードの持っていた剣の柄にクリーンヒット!
何、この偶然。あまりにも、出来過ぎてない?
私も周囲の人も、エセルバードも、何も言えずに近くの溝へと落ちていった剣の柄を見ていた。
「おっ……俺はちゃんとっ……」
わかってる。こっちに持って来てくれそうだった気配はあったよね。
「もうっ……言い訳は良い! 良い? エセルバード。絶対にそこから動かないで。ジュリアスの邪魔はしないで! 私が取りに行くから、もう何もしないで!」
ここは結界を破って行くしかないと私は覚悟を決めて、攻撃完全無効の結界を張ってくれている道具を倒した。
鼻に届くのは、むっとした血の匂いや砂埃。結界の外に出れば、空気はすぐに変わった。
エセルバードはここまでの流れがあまりにショックだったのか、怯えたようにして動かない。
けど、ここに居るとエセルバードが怪我をしてしまう可能性があった。
「あの! すみません。王子を避難させてください! 私は聖剣を取りに行って来ます!」
この王子様が怪我したら、怒られるのは責任者ジュリアス。本当にとばっちり過ぎる。
……前から思って居たんだけど、管理職の人って大体可哀想過ぎない?
お付きの人も私に言われてようやく動き出し、エセルバードへと駆け寄った。仕事だけど本当に大変だ。お疲れ様です。心配せずとも、尻拭いはこちらの方で頑張ってさせて頂きます。
女は度胸って、亡くなったおばあちゃんは言っていた気がする。
さっき聖剣が落ちた溝は、そんなに深くはなさそう。テスカトリポカの動きは見るからにかなり鈍って来ていて、かなり弱っては来ているんだと思う。怖いけど、やるしかない!
こちらの状況を知ってか知らずか、騎士団の皆さんはこちらと離れた場所に移動し、攻撃している彼らが向かえばテスカトリポカの恐ろしい顔は向こうへ向く。
私はどうにかして刺激しないように、なるべく足音を立てずに早歩き。何故かって? こっちの高価な靴は、素材のせいか音が鳴ってしまうから!
さっき聖剣が落ちていった溝へと私は手を突っ込み、そろそろとかき回した。とても嫌だけど仕方ない。聖剣がないと世界が滅ぶ。
私は剣の柄っぽい物を掴み、ほっと息をついた。
それはまがうことなく、剣の柄。かなり古いけど、美しい文様も描かれた芸術的な物だった。
目を閉じて唇をそっと近づけると、光が瞬き美しい剣へと元通りになった……元通りになったっていうか、剣が放つ光が尋常でなくて眩しいんだけど?
「……由真! すみません! その聖剣を貸してください!」
いきなり近くでジュリアスの声がして、私は彼に剣を渡そうとした。
そして、いきなり唇を奪われて呆然としていると、眩しい光の中でジュリアスが笑ったのが見えた。
「ありがとう。絶対に倒します」
彼はそう言うと離れて行って、私はぺたんとその場に座り込んだ。
えっと……ああ……もしかして、力を使い過ぎてたから、私のキスで充電みたいな感じなのかな?
それほどの間を置かず、蛇の威嚇音が何重にもなった声が届いて辺りの空気が軽くなった。
やった……終わったー!!
あの恐ろしい魔物テスカトリポカより、馬鹿王子エセルバードの方がこの救済の旅のラスボスだった気がしなくもないけど、ほんっとうに良かった!
これで救済の旅終わったってことは、あいつともう会わなくて良いって事だよね!?
「由真。ありがとうございます。助かりました」
「ジュリアスー! ほんっとうに良かった。あいつが背中を襲おうとした時、もう終わったと思った。驚いたけど、本当に無事で良かった」
私は近くまで戻って来てくれていた、ジュリアスに抱きついた。流石強いと太鼓判付きの騎士団長。あんなに巨大蛇と戦っても、全然身体に傷がない。
「ええ。これも由真のおかげです……この前にくれた指輪が護ってくれたんですね。驚きました」
「うん。聖剣折るくらいの強力な護りだったんだね……びっくりしたけど、無事で良かったぁ」
心底ほっとした声で呟くと、ジュリアスが苦笑した。
「そうなんです。由真。これは僕も以前から言わねばならないと思っていたんですが、由真の祝福は……時を戻すというものではなさそうですよ」
「……え?」
真面目な顔をしたジュリアスの確信を持ったその物言いに、私は不思議になった。
だって、その祝福の能力を持つ私だってそうだと思って居たのに……どういうこと?
もし良かったら評価・ブクマ、よろしくお願いします。
 




