15 魔物
旅を進めて目に見えて魔物が強くなって来たので、騎士団の皆さんもそろそろ顔が引き締まって来た。
特に強い騎士であるジュリアスは一番危険の多い最前線で戦うことが多く、怪我をすることが多くなった。
そもそもジュリアスは強いので、怪我をすること自体は少ないんだけど……部下とか誰かを庇ったりした場合は、別だった。
「……すみません。聖女様」
私のことを聖女様と呼び続けるジュリアスだけど、私の方が完全にジュリアスのことを恋人のように接するようになり、周囲の皆さんは恋人同士になったこという風に扱われている。
今も彼のために甲斐甲斐しく塗り薬と包帯を持って来たけど、これはテントの中で私とキスしたら治っちゃうんだけどね。
これも。仕方ない。私の祝福はまだ、公式には明らかにはなっていないから。
というか、さすがに恥ずかしいし、人前ではキスなんてしたくないけどね。
「謝らないで。危険なのに魔物と戦ってくれて、ありがとう」
ジュリアス。この世界を守るために、自分の幸せを差し置いてこれまで頑張ってくれてありがとう……本当に。
だって、この世界が滅んでたら、私も来ることがなくてこのジュリアスと会えなかったかもしれないんでしょ? それだけは、絶対に避けたかった。絶対に。
「聖女様。そろそろ……魔物の巣へ近付いています。明日には、たどり着けるかと。どうか、心の準備をしてください」
本当に今思うとあっという間だったけど、異世界から来た私が傍に居るだけで攻撃が通るという魔物がそろそろ近くに居るらしい。
「なんだか、緊張する……絶対怖いよね? 目を瞑ってて良い?」
これまでの魔物との戦いはひやっとすることもあったけど、ジュリアスはじめ騎士団の皆さんが強いこともあり絶体絶命のピンチとかはなかった。
「それだと、逆に怖いかも知れません。聞こえないならまだ良いのかと思いますが、視界も音も遮断してしまうと結界の中と言えど危ないと思います。戦いはそれほど長くは続かないと思いますので、我慢してちゃんと見ていてください」
実年齢が高いせいかジュリアスは少し、説教っぽいというか先生っぽい口調になる時がある。私にとってみたら、彼のこういうところもとても良いと思う。
「わかった……あの結界張る道具を倒したら、私死んじゃう?」
「死にます。身を守るすべのない聖女様は、テスカトリポカの前では、ひとたまりもありません」
あ。そんなに? というか、魔物の名前初めて聞いたけど?
「テスカトリポカって……どんな魔物なの?」
なんだか言いにくい不思議な名前だけど、異世界っぽくもある。ジュリアスは難しい表情で、真面目に答えた。
「巨大な大蛇です……尻尾に捕まれば、人は死ぬしかありません」
「……結界の中で大人しくしてます……」
私は怯んでそう言えば、ジュリアスは苦笑して微笑んだ。
「そうしてください。僕も聖女様が心配で気が気ではなくなりますから……慣れているので、大丈夫ですよ」
ジュリアスって、そんな巨大な大蛇にこれまで三戦三勝なの? 格好良くて惚れ直すしかない。
◇◆◇
えっ……思ってたより、大蛇だったー!!
攻撃が完全無効化する最高の結界に護られている私は、五階建てのビルよりも高さのありそうな蛇を見上げていた。これも少し顔を上げただけっぽいので、もっともっと長さがあるってことでしょう?
ええ……全長何メートルあるの? サイズ感が完全におかしくない?
私が驚いている間にも、開始された戦闘は進む。
騎士団の皆さんは、各自テスカトリポカへの攻撃を開始している。なんでも極限まで弱らないと聖剣で刺せないとのことで、強力な攻撃を避けつつ体力ゲージを削る地道な作業になるらしい。
ジュリアスが最前に出て居る今、エセルバードが何をしているかと言うと、私と同じように結界の中に居た。
この人は王族なので万が一があってはいけないけど、これで勇者としての箔付け貰う気なんだと冷ややかな眼差しになってしまうのは仕方ない。
けど、ジュリアスがやったことがこの馬鹿王子の手柄になってしまうのかと思うと、どうして心の中がももやもやする。
「おい! そこから動くなよ」
「っ……言われなくても!」
久しぶりにエセルバードから声を掛けられて、私は正直戸惑った。なんなの……ここのところ、居るのか居ないのか空気みたいに接してた癖に。
なんだか好感度最低のエセルバードにも、時間を空けられたら若干気になってしまう。だとすると、好感度が多めだとこの作戦で好きになってしまうかもしれない……。
「……殿下、お戻りください!」
私が人の興味ってこういうものだよねと遠い目になっていると、エセルバードのお付きの人が慌てていた。
……あれ? エセルバード、トドメを刺しに行く最後に行くだけで良いっていう話じゃなかった?
「えっ……嘘でしょう!」
エセルバードは何も出来ないだろうと思っていた大方の予想を裏切るように、巨大な大蛇テスカトリポカに対し善戦していた。
……というか、持っている剣が良いせいかもしれない。あの剣に触れたものは、スパリと切れて尋常な切れ味ではなさそうだった。
「殿下、お下がりください!」
皆の心配したことを全部実現させていくスタイルなのか、エセルバードがまた、ジュリアスに庇われて傷を負わせた。
「ああー!! もう!! エセルバード、なんてことしてくれたのよ!」
「うるさいな! 役立たずのくせに……ああ。お前、祝福の力でなんとかしてみろよ!」
まるで不安を煽るように言われて、私は思わず結界から出て行きそうになった。
「エセルバード殿下……いいや、役立たずはお前だ! 良い加減にしろ!! 王族だからと、言って良いことと悪いことがある!」
その時、激しい戦闘中だというのに、皆ぽかんとしたと思う。
だって、今までジュリアスはエセルバードが何をしでかしても、怒ったからと怒り返す訳でもなく落ち着いた大人の対応だった。
……けど、ジュリアスは叱るというより、怒鳴った。
「ジュリアス……お前……」
「殿下。聖女様は僕にとって大事な人なんです。僕自身が言われることには我慢出来ますが、その人を貶めるような物言いは止めてください。さもないと……」
「だから、なんだよ! ここで俺を脅すとは……お前、良い気になるなよ。俺は王族だ。貴族ではあるが、単なる騎士団長のお前とは全然違うんだよ!」
エセルバード。これって、世界の存亡に関わる危機を防ぐための戦いだっていうのに……何考えてるの!
今も騎士団の皆さんが必死で戦っているというのに、その前でエセルバードはジュリアスに噛みついていた。
「では……職を辞し王国を出れば、僕は貴方の家臣ではなくなります。そうすれば、良いですか?」
「お前。一体、何を企んでいる?」
「聖女様は僕の一番大事な人です。彼女への侮辱は僕への侮辱と取り、貴方に戦いを挑みましょう……すべて、終わってからになりますが」
騎士団の皆さんの動きを見てこんな奴と言い合いしている場合ではないと、ジュリアスは素早くその場を離れた。
私はようやくエセルバードが大人しくなって、ほっと安心していた。
エセルバードは今まで我慢に我慢を重ねていたと思われるジュリアスが、あんなに風に怒鳴ったことがよほどショックだったのか黙り込んだまま目に見えてガタガタ身体を震わせていた。
「ちょっと……そこ危険だから、こっちに来た方が」
「うるさい! うるさいうるさい!」
エセルバードはそう叫ぶと、気が触れたように走ってジュリアスの背中へと斬りかかった。
……え。嘘でしょう。




