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14 結界

「ただ、これで懸念材料が増えてしまいました。魔物に留めを刺す聖剣は、現在殿下が持っています」


 ジュリアスは自分に抱きついていた私が満足して身体を離すと、真面目な表情で顎に手を当てつつそう言った。


「え? 聖剣? すごい……やっぱり、あるんだ。すごい」


 私だって召喚された聖女だし、当然なんだけど……本当に、異世界ファンタジーの世界!


 今のところ私から見ると、のどかな旅行でしかないから、そういう救世の旅っぽい雰囲気があんまりない。けど、最終目的として、とても強い魔物を打ち倒さなければならないことに変わりはない。


 留めを刺すための聖剣……箔付けのために連れて行くことになった高貴なお荷物エセルバードは多分、ジュリアスや騎士団の皆さんにほぼほぼお膳立てして貰ってから、最後の一刺しだけって感じになるのかな。


「……? けど、エセルバードだって、この世界が滅ぶと死んじゃいますし……そのくらいは……ちゃんと倒しそうですけど……」


 私はそう思った。だって、魔物暴走(スタンピード)が起こって大変なことになるのは、この世界に生きる全員が一緒なはずだ。


「どう言って良いのか。殿下は、機嫌を悪くすると……例えば負けそうになると、ゲーム盤をひっくり返します」


 品が良くあんなわからず屋にもちゃんと優しいジュリアスは皆まで言わなかったけど、私はあのエセルバードがちゃぶ台を「気に入らない!」と叫びつつ、ひっくり返す光景が容易に思い浮かんでしまった。


 ヒステリックな男って、絶対嫌だわ。最悪。


「けど、世界が滅ぶというのに、まさかそんな……そこまで馬鹿なことは、しないと思いたいです」


 自暴自棄になって世界を滅ぼす訳なんてないとジュリアスの心配していることに、信じられない思いを抱えつつ私はそう言った。


「僕もそう願いたいところですけどね……殿下の行動は、僕の想像出来る範囲をいつも超えます。本当に予想がつきませんから」


 ジュリアスが予想出来るのは、彼の倫理観の範囲内のみ。エセルバードはそれを軽く越えちゃう常識知らず。


 私だって、あんな風にして彼が自分から過去の悪事を自白すると思わなかった。罪を被ってくれたジュリアスは、それを事前に止めようとしてたよね。


 あの人、本当に一体何を考えているんだろう……。


「その聖剣がないと、絶対に倒せない?」


「……ええ。これまでは僕が留めを刺していたのですが、今回僕は四回目ということもありますし万全の体制では来ました。大丈夫だと思いますが……殿下から聖剣を取り返すには、何か理由が要りますし」


 これまでずっと、エセルバードってジュリアスの悩みの種だったんだろうなと思う。延々とあのお子ちゃまの面倒を見て、しんどかったと思う。


 これからは、私がジュリアスを幸せにしてあげたい。


「あの、私……祝福の能力を、明かしても良いです。そうすれば、ジュリアスだって若返っただけだということになりますし!」


「それはあまり、僕は賛成出来ません」


 私の提案を聞いて、ジュリアスは表情を曇らせた。


「え? どうして?」


「……殿下はやはり嘘だったと怒り出すと思いますし、聖女様の能力がわかればそれもまた興奮材料になると思います」


 あ。そういえば私たちはエセルバードの的を射た指摘を、全部間違いだと言い張ったところだった。


 すぐにやっぱりさっき否定したことは、本当なんだよー。ごめんね。てへぺろ! って言うのも、無理があり過ぎる? うーん……確かに想像したら、怒り狂って手が付けられなくなりそう。


「聖剣だけ盗み出して、エセルバードをここに置いてくっていうのは……?」


 これは私が、この旅の中で「いっそ、こう出来ればどんなに良いか」と思っていたことだ。ジュリアスは苦笑しつつ、首を横に振った。


「それは、駄目です。あちらには王家付きの魔術師も居るので」


 救世の旅を総責任者として任されているのは、このジュリアスだ。彼はこれで四回目のベテランなので、きっと皆が彼が動くのなら成功が間違いないと誰もが思って居るはず。


 大きな責任だけ背負わされて、エセルバードに手柄は譲るつもりだったんだ。


 なんなの。もう……自己犠牲が過ぎて、絶対に幸せにしたくなる。


「ジュリアス。私、絶対に貴方のこと、幸せにするからね!」


「……それはいつか僕が言うはずだった台詞なんですが……いえ。ですが、嬉しいです。ありがとうございます」


 ジュリアスは複雑そうな顔をしながらも、嬉しそうに笑ってくれたので、それはそれで良しとする。


 うん。



◇◆◇



 それからというもの……馬鹿王子エセルバードは落ち着きを取り戻し、やけに素直だった。


 私は次の日の朝、何を言われてしまうのかと身構えたけど、エセルバードは少し睨んだ程度で特に何も言ってこなかった。


 ……あれ? いつもだったらわかりやすい嫌味とか、色々と言ってくるはずなのに……?


 何を言い返してやろうかと身構えた自分が恥ずかしくなるくらいの、見事なスルーを喰らってしまった。


 というか、そもそもエセルバードが言いたかったのは「なんで聖女なのに、祝福の力がないんだよ!」ということだったと思うし、もう私になんらかの祝福があることはバレてしまっているから、何も言えないのかもしれない。


 顔色の悪いエセルバードは、大人しいっていうか、元気もなさそうだった。


 幼い頃から見ていたせいかあんなことをされたのにジュリアスは心配そうにしていたけど、彼の話なんて聞く訳もなく……表向きは何の問題もなく、旅は続いていた。


 やがて、私たちの目的の魔物の巣まで、もうすぐというところにまで辿り着いていた。


 私は野営地でハミルトンさんから、魔物退治の間聖女としての私がどうすれば良いかという簡単なレクチャーを受けていた。


「聖女様は、この『完全無効結界』から絶対に出ないでくださいね」


 そう言って彼が取り出したのは、小さなランプのような置物だった。発動させれば、丸い円形の光を放つ。


「わー……すごい。これって、結界なんですね」


 物語なんかで、よく出てくるものではある。結界の中は上手く言えないけど、空気の濃度が濃いような気がした。


「そうです。最高級の結界装置ではありますが、動けませんし、何かすることも不可能です。結界内に居る聖女様がこれを倒したりすれば、無効になりますから気を付けて動いてくださいね」


 地面にがっちりと固定されている訳でもないので、なんだか倒しそうで怖い。


「そうやって禁止されると、人って逆にやりたくなるんですよ。ハミルトンさん……知ってました?」


「知ってますけど、絶対にやらないでください。聖女様は身を守る方法を知りませんから、この結界がなくなればひとたまりもありませんよ」


 私はちょっとした冗談を言ったはずだったけど、無表情のハミルトンさんにすっぱりと斬られた。


「そんなにも、強いんですか?」


「団長なので簡単に見えるかもしれませんけど、あれは世界の中でも最強の魔物の一匹ですよ。何度も言いますけど、もし倒し損ねたら魔物暴走(スタンピード)が起きます」


 世界が滅びちゃうんですよね。この世界に来てから何度も何度も耳にたこができるくらいには、聞いております。


「……その割には、皆余裕ありますけど……」


 そう言って私は、いつも通り夕飯の準備をしている騎士団の皆さんを見た。


 魔物は確かに道を進むにつれ、どんどん強くなっていっているようだ。そこまで差し迫った状況でもないけど、皆平和でのどかで……救世の旅とは思えない。


「騎士団に余裕があるのは、団長が居るからですよ」


「……団長の息子さん……ですよ?」


 私たち二人は、本人だと知っているけど……皆は知らないはず。


「皆……知ってますよ。聖女様のなんらかの祝福で、若返ってしまったことは知ってますよ。息子が来た話は、そういうことにしようとは思っては居ます……皆」


「えっ……そうなんですか!」


 けど、エセルバードだって気がついていたくらいだし、騎士団の皆さんが気がついていない訳……なかった?


「本人ですから、咄嗟に出てくる言葉が団長なんですよ。別に悪気があって黙っている訳ではありません。何か事情があるのだろうと、皆知っているんですよ」


「ジュリアスって、エセルバードという災厄を引き受ける代わりに……他が恵まれているのかもしれないですね」


 私がしみじみと言ったら、ハミルトンさんも頷いた。


「間違いありません。団長はあの王子の世話係になった代わりに、神からすべてを与えられています」


 私たち二人は「そうだよね」と、何度かうなずき合った。

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