12 風化
「……思い込みで、何かを言わない方がよろしいのでは? もうすぐご自分に訪れる近い未来については殿下ご自身が、一番知っているのではないですか」
ジュリアスはエセルバードを見る目を細めて、冷たくそう言い放った。
彼とは対照的に熱くなっている様子のエセルバードはジュリアスが若返った団長だということを、以前から疑っていたのかも知れない。
そうよ……よくよく考えて見ればそれを変に思わない方が、おかしかったのかも。
いきなり居なくなった団長に、代理としてやって来た息子……それに、私の祝福の力。団長が居なくなっても騎士団の結束が変わりないのは、副団長で現在団長代理のハミルトンさんが細かく説明したからだ。
昔から右腕だったハミルトンさんが、互いに信頼している団長のことで嘘をつくはずがないと……それに、息子として現れた若いジュリアスの強さは、群を抜いていた。
団長の息子なら強いだろう=では、これからの旅も問題ない=別にその他に考える必要ない。そんな結論になってしまっても、それは仕方ないと言える。
「黙れ! ……お前が、ジュリアス本人なんだろう。俺は騙されないぞ。何故、聖女の祝福の能力が知れたのなら俺に言わないんだ? 取られるのが怖いのか?」
「お見苦しい。これほどにまで否定されていても、話を聞き入れないのですか」
何を言っても引きそうにないエセルバードを前に、ジュリアスは諦めの気持ちを込めてか大きく息をついた。隣に居る私も何かしなきゃと思ってはいるんだけど、口を挟む隙間も何処にも見当たらないの!
「何が息子だ。お前は絶対にジュリアス本人だ! それとて、うるさいジュリアスそのままの言葉ではないか」
いつも叱られているから、説教の言葉をわかっているんだ……なんだか、もの悲しい。
「いいえ。違いますと言っているのが、これだけ言っても理解できないのですか」
「うるさい! 黙れ黙れ! お前のやりたい事は、もうわかっているぞ! 俺がその世にも珍しい能力を持つ聖女を奪うと思ったんだろう。人が若返る祝福など、これまでに聞いたことがない! ……誰もが欲しがるさ。お前や俺以外にも世界中の人間がな!」
もしかしたらだけど……能力を知ったジュリアスがこうなることを予見して、先んじてこんな風に聖女の祝福を利用しようとするエセルバードから、私を守ってくれたのかもしれない。
自分が怪我をしたから、唇を許せって言って来る人は……もしかしたら、居るかも知れないけど、騎士団の皆さんは皆優しい。
私が嫌だと言えば、きっと無理強いはしないはずだ。
「失礼ですが、エセルバード殿下。聖女様が断られれば、そのご要望は受け入れられません。何もかも規則で定められているはずです……異世界から喚んだ聖女の今後は、彼女の選択によると。残って貰うことは、誰も強制出来ぬのだと」
「はっ……何が無理強い出来ぬだ。お前のように色仕掛けをすれば良いではないか。その聖女様はお前恋しさに、この世界に残る……だとすれば、お前には得しかないな?」
嫌みっぽく言ったエセルバードに、ジュリアスは絶対零度の氷の視線を向けた。この馬鹿な生き物をどう調理してやろうかという、冷徹な料理人にも見える。
「もう……いい加減にして! ジュリアスはそんなことしていないわ!」
私は不毛に続く二人の言い合いに我慢出来なくて、無理矢理口を挟んだ。だって、こんなの堂々巡りで……一生、終わらなくない?
「何が色仕掛けをしてないだ。お前だって、この男と一緒に居たいと思ったのではないか?」
「それって、全部私の自発的なやつです! 私の世界にはこんなに素敵な人……血眼になって探したら居るかも知れないけど、絶滅危惧種並みに出会うの難しいの! 絶対逃したくないって思って当然です!」
「その男は汚れた英雄だぞ!」
「だから、何なのよ! 別にジュリアスの評判と、結婚する訳でもないでしょ!」
私は鼻息荒く言葉の通じない三歳児と喧嘩していた。その時に、エセルバードは整った顔をひどく歪ませたので、少し怖くなった。
……え。この人、本当にヤバくない?
彼の青い目の中に、底知れぬ狂気が見えて私は反射的にジュリアスの後ろに下がった。
「なんだよ……お前……そうか、何故その男の肩を持つのか、わかった。知っているんだろう。ジュリアスが俺を庇ったことを、知っているんだろう?」
「……殿下」
今まで黙っていたジュリアスは彼の錯乱した様子を見かねてか、エセルバードへ呼びかけた。
けどそんなことは関係ないとばかりに、エセルバードは大きな声で叫んだ。
「うるさいうるさい。たかが、町娘を一人孕ませたからと……俺は王族だぞ! それを、あの司祭がしゃしゃり出て来たんだ。ジュリアス……お前は王から俺を庇うように指示されてどんな気持ちだった? 母上を父上に取られ、その息子のために殺人の罪まで着せられることになった……俺は可哀想だと思ったよ!」
……え?
私はエセルバードの言葉が衝撃的過ぎて、一度にはすべて理解することが出来なかった。
司祭を殺したのは……エセルバードだったの? だから、それを王に頼まれてジュリアスが被った。
……好きな人の息子だったからってこと?
「……殿下の仰ることは、僕には理解出来ません。父からもそのようなことは何も聞いていません」
ジュリアスはここに来ても、自分があの騎士団長だと認めないらしい。私はただ、呆然としていた。
エセルバードの、自分勝手な最低さ加減に。
「何を言っている。ジュリアス。お前自身のことだ! 哀れな英雄だなぁ? 尽くしたものにすべて裏切られて……世界を何度も救って英雄と呼ばれようが、たかが一度の過ちを理由に手のひらを返す。ははは。お前ほど、人民の為に尽くした男も居ないだろうに。真実を明かすことも出来ない! 可哀想だ」
エセルバードは気が触れたように笑って、ジュリアスは私の手を引いた。
「……行きましょう。殿下の声を聞いて、誰かがお付きの者を呼んでいるはずです」
叫びだしたエセルバードの声は、確かに大きかった。
「あのっ……大丈夫なんですか?」
ジュリアスは軽く早歩きしている程度なんだけど、手を繋がれたままの私はそれに着いて行くために小走りをしなければならない。
「ええ……エセルバード様はああして一度怒りを露わにしてしまうと、なかなかそれを抑えられないのです。それは、彼自身の持って産まれた性質で、それを抑えるようになるための訓練には多くの努力が必要だったはずでしたが……」
もしかしたら、亡き王妃……エセルバードの母親から、ジュリアスは遺された息子のことを頼まれていたのかもしれない。
ジュリアスは任されていたはずのエセルバードを、上手く導けなかった自分を責めているんだ。
「ねえ……ジュリアス。貴方は、司祭を殺してなかったの?」
彼はその時に立ち止まり、真剣な表情で私の方を振り向いて首を横に振った。
「それはここでは口にしては、いけません。詳しく話しますので、聖女様のテントへと向かいましょう」
◇◆◇
何かを迷っている様子のジュリアスは私のテントに着いても、なかなか口を開こうとはしなかった。
私はそんな彼を、急かすようなことはするべきではないと感じていた。
私のテントの外は、ざわざわと騒がしかった。エセルバードの様子がおかしいのは、誰だってわかるはずだし、落ち着くのに苦労しているのかもしれない。
「……聖女様。僕は彼の罪を、自分が引き受けることに決めました。それが、あの時に一番良い選択肢だと考えたからです」
言葉を選んだ様子のジュリアスは、いつの間にか伏せていた顔を上げて私を見ていた。
「エセルバードが殺してしまったんですね……けど、どうしてそんなことに?」
どうしてエセルバードがしてしまった殺人なのに、ジュリアスが犯人になることになったの……?
いくら一国の王の命令だとしても、息子の殺人をそんな方法で隠蔽するなんて普通なら考えられない。
「僕はもう結婚する気がその時に既になかったんです。だから……爵位なども弟に譲りました。エセルバード殿下の子は、もうすぐ産まれようとしていました」
庶民を孕ませたって、言ってたものね。最低でしかないけど。
「あの……エセルバードは、何歳のお話ですか?」
「十四の時のことです。まだ、殿下も子どもと言える年齢でした」
そんな幼い年齢でとんでもないことをしたエセルバードにも驚いたけど、ジュリアスが彼を庇おうと思った事情がなんとなくわかった。
ああ……だから、すべての罪をかぶったんだ。
「そして、思ったのです。いつか大きくなった時に、父親が司祭を殺してしまった罪を犯した王子だとわかれば……この子が傷つくだろうと」
「ジュリアス……」
「事件のあった時に、僕は既に救世の旅を二回やり遂げていました。汚名を着ることに躊躇いと大きな葛藤はありました。僕へ向けられた多くの期待を裏切り、失望されるだろうと思いました」
ジュリアスが泣いていると気がついたのは、その時だ。
気がつけば薄い緑色の瞳から、涙がこぼれ落ちていた。
「ですが……それは、我慢出来ると思いました。人の記憶は時が経てば、風化してしまうものです。王族の落胤は良くあることです。現にその時の殿下の子は、とある傍系の貴族の家の養子に入りました……僕はあの時の選択を、今も後悔はしていません」
 




