第三部 遅くて速い
くっそ。全然速く走れない。いくら速く動かそうとしても、歩いているより遅い。スレクは俺を殴って地面に叩きつけた。ゆっくりと起き上がろうとすると、違和感を感じた思ったより素早く起き上がれたのだ。しかし、また走り出すと遅くなってしまう。一体、どういう原理だ?でも、さっきの違和感がヒントになりそうだ。うーん…わかりそうなのに、頭が回らない。俺はスインに考えてもらうことにした。
「そやなあ。じゃあ、速さ変えて試してみよか」
スインはヒュッと素早く水の弾丸を発射した。しかし、ある地点から1秒に1mmくらいの速さになり、スレクに消されてしまった。これはいつも通りの感じだ。次に、スインはそれこそ遅くなった後のさっきのやつみたいな速さで撃った。遅すぎて全く進んでいない。俺はふとあの3人が心配になった。あいつ、相当速かったけど。その時、アインのスマホが鳴った。アインは一応開いて見ていた。すると、氷の壁をやめてこっちに来た。
「ライトさん!これ見て!」
エントからだった。『ソウマを病院に運んでます』と短く書いてあっただけだったが、十二分に状況はわかった。俺がつい声に出して読んでしまうと、シンとフウワは驚いたようにこちらを見て、隙ができてしまいスレクに攻撃されてしまった。俺はとにかく助けに行こうと今にも走り出そうとしていたが、不意に遅かったはずのスインの技が急にとんでもなく速くなり、スレクに命中した。俺は訳が分からずスインの方を向いた。すると、スインは微笑んだ。
「つまり、速いほど遅くなって、遅いほど速くなるってことや。ライト君、あえてゆっくり歩いてみな」
俺は動きが急に遅くなったところでゆっくり歩くよう意識してみた。すると、いつも走っている時と同じくらいの速さで景色が動いていく。みんなもそれを理解したようで、いつもと変わらないような動きになり始めた。しかし、この特殊能力を破ったからと言ってもスレクは強かった。攻撃力はもちろんのこと、割と防御も兼ね備えており、普通に戦っても手強い相手だった。スレクは再びフラッシュをしようとしたが、フウワのテールハンドが命中して阻止された。危なかった。シンに『3度も同じ手に引っかかるとはな』と言われそうだ。これから戦っていくわけだから、光狐のフラッシュと闇狐の瞬間移動には慣れておかなければならない。今回もそのせいでピンチになったし。スレクとの戦いは長引いていくかと思ったが、シンが影撃ちでスレクを動けなくした。すると、それに反応したみんなが技を出していった。もちろん、ゆっくりと。スレクは徐々に弱り始めた。エントがいれば、強力な一撃で勝負をつけられただろうに。まあ、もしもを考えたところで何も変わらない。俺は技を連続で繰り出し続けた。スインがずっと溜めている。おそらく、強力な遠距離攻撃をしようとしているのだろう。すでに結構な妖力を使っているはずだが、もしかしたら全ての妖気をこの技に詰め込もうとしているのかもしれない。スインはグッと狙いを定めた。まだシンの影撃ちは残っている。
「ジェットストリーム!」
スインは自分も後ろに飛ばされてしまうのではないかというくらいの勢いで水を飛ばしたが、ゆるやかに流れていった。スレクはそれにうまくはまり、奥の木に叩きつけられた。シンが用心深くスレクが倒れたのを確認した。そして、急に歩き出した。
「帰るぞ。そして、さっさと見舞いに行く」
なんだかんだで心配で仕方ないのだろう。シンは帽子をつけずに生活しているが、外に出る時はなんかあったブカブカの帽子をかぶっている。もちろん、戦闘地は除く。シンもあまりの不便さに苛立っていたが、帽子は結局外していない。シンは乱暴に俺たちを誘導すると瞬間移動した。すると、リビングでイネイが不安そうにこちらを見ていた。
「大丈夫、なんですよね?心配で、ツーハさんと一緒に帰りを待っていたんですが…」
「今はなんとも言えないな。エントの連絡を待とう」
落ち着かない。すぐどっかに運ばれたし、まだなんとも言われてねえし。ずっとソワソワしていると、奥からラテラフさんが出て来た。俺はばっと立ち上がった。
「大丈夫ですよ。命に別状はありません。急所も外されてましたから。ただ、傷は深いので回復には少々時間がかかるかもしれません。まったく、いくら指摘しても絶対怪我をするんですから。でも、今まで会ったことのある人の中で1番丈夫なのは彼ですね。普通だったら、もっと時間がかかるというのに。やれやれ。エントさん、今日はもう帰った方がいいかもしれませんよ。皆さん、あなたの報告を待っているはずですから」
「はい!」
俺は病院なので走るのは良くないと思い、早歩きで病院を出た。そして、フォニックスの本拠地に向かって走った。でも、疲れのせいかこの距離が長く感じる。ヒスラが後は任せろと言っていたから、多分2人は捕まっているだろう。明日のこどもの日パーティー、どうするんだろう。