第五部 時間とは何か
私は終始不安で、鶏のように病室の前を右往左往していた。すると、ラテラフさんが出て来、私は素早くそちらを向いた。
「いくら調べてもただ寝ているようにしか見えません…精神的なものかと」
ラテラフさんは心底申し訳なさそうにしていたので、責める気にもなれなかった。ソウマ、色々抱え込んでいたのか?私に話してくれた事実から推測するに、変な夢のせいで寝れていなかったとも思えるが、何だか違う気がする。私は開いたドアから寝ているソウマを見やる。決して心地良さそうな様子では無かった。隣ではエントがソウマをずっと見ている。私はとりあえずラテラフさんに中へ入れてもらった。私はベットに両手を置き横からソウマを見た。私はソウマの頭を撫でた。ソウマは一瞬顔を綻ばせた様な気がしたが、直ぐに戻ってしまった。私は自分に出来るのはこんな事しか無いのかと思いながら頭を撫で続けた。身長とは関係無く、頭を撫でられて喜んでいるのがなんだか子供っぽいなと今そんな場合じゃないのに思ってしまった。エントは私の側に寄って来た。
「ソウマを任せていいか?向こう側も心配だし、今ソウマの心に響く事が出来るのはフウワだけだと思う。スインには怒られるかもしれないけど、フウワも俺が居ない方が遠慮が無いんじゃ無いかなって」
エントにしてはちゃんと人の気持ちを考えた方だと思う。でも、私はエントが去っていく前にそう言えなかった。言葉が喉につかえてしまった。私が今ちゃんとしないといけないのに、こんな調子でいいなだろうか。ソウマが淡く青色に光始めた。目を凝らさないと気付かない様な光だが、私の見間違いでは無い様だ。私は狼狽えてどうするか決めるため必死に頭を回したが、いい方法は思いつかなかった。私の焦りが最高潮に達しかけた時、ドアが開けられ、私は考えるのを中断した。…見た事ない人だ。白衣を着ているから医者なのだろうが…見た目は小さな子供だ。私が通していいのか悪いのか迷っている内に、その人は普通に病室に入ってソウマの側に行っていた。私と丁度向かい合わせになったその人は、私を見るとムッとした顔になった。
「いま、なんでこどもがいしゃなんだとおもっただろう!しつれいな!わたしはれっきとしたいしゃだ!いるだ!このすがたはとくしゅのうりょくのせいなだけで、わたしのじつねんれいはとうにおとなだ!」
そう言われても、未だ信用しきれない。余りにも見た目と声が子供過ぎるのだ。
「だーかーらー!おとなだっていってるでしょうが!わたしのとくしゅのうりょくは『ひーるはーと』!ひとのこころをいやせるかわりに、ずっとこのすがたってだけだ!さらに、ないめんもちょっとこどもっぽくなっている!」
これはもう信じ無いといけないのかもしれない。この歳の子供がこんなに巧妙な嘘をつけるとも思えないし、さっきからさりげなく人の心読んできてるし。イルはソウマを見ると目を閉じ、妖気が高まった。私はやっぱり信じるべきだったと思い始めた。ソウマはいきなり起き上がろうとし、イルと思いっ切りぶつかって怒られていたが、私は一気に身体中の力が抜けてしまい、ソウマの所へ行く余裕が無かった。ソウマは気づけば私の側に居て、心底申し訳無さそうな表情で私と顔を合わせて来た。
「…ごめん。約束、破りかけてた。急に自分にあるもう二つの意思のうち悪意を持った意思が僕を乗っ取ろうとして来てさ。結果的には抑え込めたけど、またいつ来るかも分からない。…いつまで、僕ら一緒に居られるんだろうね。こんな束縛を持つぐらいなら、生まれて来なきゃ良かったなんて勝手な事考え…」
私が自分で気づく頃には涙が首元まで来ていた。ソウマは困惑していた。私が泣いちゃったら、余計ソウマが責任感じちゃうだろと思っていても、涙は全く止まってくれなかった。ソウマは立ち上がって私を…抱き締めて…くれてる?恥ずかしさで涙は引っ込み、私はソウマを初めて見上げて混乱していた。今度は私の顔に涙が落ちた。ソウマもまた、泣いていた。
「フウワさんを守るために別れようと何度も考えてたのに、それを実行できずにウジウジしている自分が情け無くて。フウワさん、多分だけど、過去のソウマも同じ様な想いを持っていたんだ。それも、君にそっくりな人に。だから、この気持ちはソウマのものなのか、クンのものなのか、ずっと分からなかった。でも、今確信した。ソウマの影響もあったのかしれないけれど…」
ソウマは涙を拭って息を大きく吸い込んだ。
「僕は心から君が大好きだ。時間は誰かに限定されるものでも、延ばされるものでもなくて、自分で創っていくものなんだって、今更気付いた。だから、僕はソウマを一生、抑え込んで見せる。この約束は、今度こそ守ってみせる。…何度も約束して信頼なんて出来ないよね…」
「ソウマ。本当に、お前は凄いな。どんな事があってもこうやって起き上がって来る。私はお前をいつでも信じてるよ」




