第五部 変化に戸惑う者
私は、フォニックスたちと戦いながら昔のことを思い出していた。
『ねえ、あなた、ここで何してるの?』
そう優しく声をかけてくれたあの人の姿は、今でははっきりと思い出せない。覚えているのは、鈴の音のように美しい声。でも、その時の私はそっけなく返してしまった。
『別に何も』
でも、あの人は怒る所か笑みを深めた。
『嘘だよね。だって、あなた昨日からずっとここにいるんだもの』
『…』
最早何も言えなかった。この時の私はまだ小さな子供であり、1人でずっとここにいておかしくない筈がなかった。しかもここはゴミ捨て場。普通人がずっといる所ではない。
『…捨てられた』
『私、あなたを捨てたその人と知り合いなの。あっ、自己紹介がまだだったわね。私はレクフォン。レンって呼んでくれていいわ。実は、あなたを回収しにこっちに来てたの。確かにあいつからしてみれば不用物なのかもしれないけどさ、利用できるものは利用しなきゃ。私の所に来なよ。そしたら、1番の部下にしてあげる』
『1…番…』
今まで最下位で生きて来た私にとって、その言葉は大きな意味を持った。私はレクフォン様が差し伸べた手を取った。
『レクフォン様。こんな私ですが、本気であなたを護ります。1番の…部下として』
『私も部下はあなたが初めてなの。今から私たちは、時の館の主人様が目指す、“楽園”の作成を助けるために暗躍する。一緒に頑張ろ?ア…いや、今日からあなたは…レナ。改めてよろしくね!レナ』
私は何より自分を必要としてくれていることが嬉しく、先のことなど全く考えていなかった。その選択が正しかったのかなんて、分からないけど。でも、今の私には一つだけ言えることがある。レクフォン様は一般認識では悪人だ。だけど、私の中ではあのままあそこで死ぬ筈だった私を拾って、切り捨てることもせずにずっと隣に置いてくれている、主。それだけはブレない。レクフォン様は少しずつ変わっていってしまった。出会った頃に見せてくれた笑顔も確かに影があったけれど、そこには光があった。しかし、今は狂気じみた笑みばかりで。部下も何人か切り捨ててしまった。この頃、どこか悲しそうな顔をほんの一瞬だけすることが増えた。まるで今の自分を見返して悲しんでいるかのように。時の館の主人様には会ったこともないし、声も聞いたことがないけれど、今はあまり尊敬してしまった。言われなくても分かってしまった。レクフォン様を変えてしまったのは、その時の館の主人様だと。倒せば正気に戻るだろう。しかし、主を攻撃するなどできるわけがない。それなら、今いるフォニックスに頼めばいいのではないか、という考えもあった。忠誠心が邪魔をして、おいそれと通すことができない。この矛盾を終わらせてくれるような人が来てくれるのを心の中でずっと願っていた。ありもしないことだとは分かっていたけれど。フォニックスにどれ程の力があるのかは分からない。でも、私を倒せないならレクフォン様は絶対に止められない。私なんかよりレクフォン様の方が、よっぽど強いから。その時、私の頭の中に声が響いた。
『レナ。私よ、レクフォンよ。練習してようやく敵に聞こえないように通信できるようになったの!どう?便利でしょ?レナ、負けてるんだってね。本当に、あなたは何をしているの?』
―えっ?
『とぼけないで。さっさと目の前の敵を倒して、帰って来て欲しいんだけど。こっちも忙しいんだけど』
今、通信してるのは本当にレクフォン様なのか疑いたくなるような台詞だ。
『ちょっと使えるから隣に置いていたけれど、もう限界なの?あなたには失望したわ。こうなったら、無理矢理にでも勝ってもらうわ』
レクフォン様?嘘だ、あのレクフォン様がそんなこと言うわけがない。私まで切り捨てようとしているということは、もう手遅れになりつつあるのかもしれない。考えたくもない話だけれど。そう考えている間に、自分の意志とは裏腹に急激に妖気が上がっている。レクフォン様のために鍛えたこの体、と言っても見た目は少女なので伝わりにくいが、それを持ってしても耐えられないくらいの。息が苦しくて、体中が痛いのに、なぜか目の前の敵を倒さねばならないと、体が勝手に動いて彼らの方に向かっていく。レクフォン様は私を捨て駒にするつもりだ。私はレクフォン様を変えてしまった時の館の主人を恨みながら、当たり散らすように攻撃し続けた。フォニックスの攻撃が来ても、カウンター所かより強い技で打ち消し、それでそのまま攻撃した。光狐の溜め技が溜まり切り、発射して来た。これで終わりにしたかったが、そう上手くいくわけがなかった。今まで出したことのないようなガードを出してそれを無傷で防ぎ切り、必死に光狐を守っていた闇狐を内心感動していたのに叩き落としてしまった。誰か、終わらせて…。レクフォン様も、私も解放してくれるようなお人好しなんているのかどうか怪しいが、そう願うことしかできなかった。




