第四部 特殊能力は難しい
目の前にいるウンモは、どこか悲しそうにハンマーを振り上げては降ろす。戦意はとうに失せているようなのに、まだ戦い続けている。私はどうにも気になって、ウンモに近づいた。姉さんが驚いたような顔をする。ウンモはハンマーを振り上げた。でも、それが降ろされることはなかった。なぜなら、私がウンモの手を掴んだからだ。まだ小さいその手。でも、力はある。おそらく、特殊能力によるものだろう。私が優しく頭を撫でると、ウンモは泣き出した。
「どうして、ウンモちゃんは戦うの?」
もはや、目の前の少女を相手とみなすのは不可能だった。ウンモは話し始めた。私はそれを聞き逃さないよう、静かに聴いた。
「わたしのとくしゅのうりょく、わんりょくなの。でも、うまくがまんできないの。色々こわすから、みんなにげてく。ずっとひとりぼっち。でもね、ハンマーさんはちがった。わたしが持ってもこわれないし、にげない。わたしは、ハンマーさんをつれておとうさんたちのためにたたかった。でも、これでまけちゃった。わたし知ってる。このあと、けいさつにつかまって、ろうに入れられるって。だから、ハンマーさんとおわかれ。またひとりぼっち。うっかりこわして、おこられちゃうかも。お姉さんもわたしこわい?一回、人のほねをおっちゃったことがあるの?みんなにおこられた。もうおこられたくない。とくしゅのうりょくなんていらない!」
ウンモちゃんは床を殴った。すると、床が少しくぼんだ。なんだか、わかる気がする。私も、この特殊能力が嫌で嫌で仕方なかった。人の嘘を見抜いてしまうから、面倒くさい奴だと思われて、嘘を知るのが怖かったから、人ともあまり関わらなかった。でも、制御できるようになってからは、この力を人のために使える喜びを知ったし、何よりフォニックスという居場所ができた。それを、この子に伝えたい。私はなるべく優しい声で言った。
「私も一緒だよ。いらないって思ったこと、いっぱいあった。だけど、制御できるようになれば、嫌われないどころか、むしろ仲間ができる。とっても難しいことだよ。でも、その分たくさんのものが返ってくる。特殊能力は人それぞれだから、制御の仕方も人それぞれ。誰の真似もできないから、自分で確かめていくしかない。それでも、頑張れる?」
話していくたびにウンモちゃんの目が年相応に輝いていく。そして、大きく頷き、
「うん!」
と言った。すっかりボロボロになったハンマーに小さく礼を言うと、ライトさんの方にてこてこ歩いて行った。きっと、自分がどうなるのか、改めて聞きに行ったようだ。でも、ライトさんは笑っていた。多分、ウンモちゃんを警察に突き出すつもりはさらさらないらしい。急に怒鳴り声が聞こえ、慌てて振り返ると、ハンマーと同じくらいボロボロのソウマさんがエントに怒られていた。
「また約束破って自爆しただろ!まったく、これで何度目だ!」
「あはは…」
「笑ってごまかそうとするんじゃねえ!」
私はどちらの味方にもなる気になれずただ見ていると、スッと肩に手が置かれてビクンと肩を震わせると、
「ひどいなあ。透過のせいで、存在が認知されんくなり始めとるんかな?」
姉さんが少し傷ついたようにそう言った。なんていうか、特殊能力は難しいけど、面白い。その時、シン君が困ったように下を見ながら歩いていた。
「どうしたの?」
「帽子がどこかに行った。あれがないと、外を歩けんのだが…」
ウンモちゃんが歩いてきて、シンに向かってぺしゃんこになった帽子を見せた。
「あの、その、ごめんなさい。つぶしちゃった…」
ウンモちゃんは本気で申し訳なく思っているようで、耳がパタンと閉じた。シン君は別に怒らず、かと言って何かいうわけでもなく、ウンモちゃんから帽子をとった。ウンモちゃんは様子を伺っていたが、シン君はただ帽子を眺めていた。そして、ポイと投げ捨てて目を閉じたままこちらに歩いてきた。どうやら帽子は諦めるけど、目は隠したいらしい。
「義父さん。ごめん。ボコボコになっちまった」
「まあいい。別にここは空き家で、勝手にいるだけだからな。それに、本当に悪いのはこいつだからな」
ライトさんの義父さんは縄で縛られているサクを指差した。
「帰るわ、俺たち」
「くれぐれも気をつけるんだぞ。こいつらを倒したということは、完全に敵とみなされた。敵襲にも備えておけ」
「帰るぞ。早く」
シンは瞬間移動で帰ろうとしていた。ケイルはサクを連れて警察署の方へ歩き出した。
「またな、シン」
シン君は目を逸さなかったが、すぐに瞬間移動させた。気がつくと、家のリビングにいて、ウンモちゃんもちゃっかり付いてきていた。いや、おそらくシン君が一緒に連れてきた。シン君は潰れた帽子を眺めているだけで、何も話さなかった。
「おかえりなさい。ライトさん。思ったより遅かった気がしますが、何かあったのですか?」
「まあ、色々」
ていうか、ソウマさん、手当てしなくていいのだろうか。私は縮こまっているウンモちゃんを見ていた。




