第三部 再会と謝罪
俺はなんとなく後ろに妖気を感じた。嫌という程感じ続けたこの妖気。もはや間違いようがなかった。サクが足の怪我でそこから動けなくなると、そいつは物陰からスッと姿を現した。…ケイルだ。なんだか顔を合わせると気まずくて仕方がなく、俺は立ち去ろうとした。しかし、その手が俺の手を持ち、引き留めた。俺が振り返ると、ケイルは歯を見せて微笑んだ。今更、なんでそんな顔を俺に向ける。もう俺たちの関係はあの日終わったはずなのに、どうしてだよ。
「久しぶりだな、シン」
いつもなら、皮肉の一つや二つ簡単に出てくるというのに、今は言葉が出てこなかった。初めての感覚だ。一体、俺は何を望んでいるのだろう。また、あの頃に戻りたいのか?いや、それなら気まずくなんてならない。なんだ、この後ろめたさと後悔と、そして誰かへの怒りを含んだ感情は。だめだ、今は戦闘中だというのに、全く動けない。頭から離れない。ケイルは俺の手を離し、俺と向き合った。目を逸らしても、ケイルは俺を見たままだ。別に何かを求めているわけでもなさそうだ。ただ、温かな目で俺を見つめているだけだ。だが、何を考えているのか、全く掴めない。こんなことなら、いっそのこと俺のことを叱ってくれた方が良かった。叱って…か。そうか。俺はずっと…謝りたかったんだ。俺の頬を涙がつたっていく。俺はケイルを見た。
「ケイル、ごめん」
謝罪の言葉は、案外素直に出た。でも、後が続かなかった。声が震えていた。なんでだ。涙はダムが決壊したように溢れ出てくる。ケイルは何も言わなかった。でも、ポンっと、俺の頭に手を置いた。まるで、イタズラを認めて素直に謝った子供を褒めるような、そんな手つきだった。ケイルの中の俺は、まだあの頃と変わっていないのかもしれない。俺は変わりたかった。でも、今はこのままがいいと思えてくる。ひたすら静かに泣いていた俺を、ケイルはあの頃のように持ち上げた。ずっと重くなったはずの俺を、どうしてこんなに軽々と…。そして、どうするのかと思いきや、俺を横抱きにした。…は?こんなこと、一度もなかった。驚いている俺を見て、ケイルは軽く笑った。
「びっくりしたか?お前、相当疲れてるだろ。妖気も若干弱い。休んでおけよ。あとは俺がやるから」
俺はケイルを見返した。一体、どんな顔で見返しているのだろうか。鏡が欲しくなった。
「そんな顔をするな。言っとくけど、俺の中で世界一可愛いのはお前だぜ?シン。昔と変わったところもあるけど、変わらないものがある。それはな、目だ。人に忌み嫌われる目だとしても、その綺麗な目は俺が人生で見てきた中で1番だ。帽子で隠してるけど、俺からしてみれば隠すのが損なくらいだ。別に変な意味で言ってるんじゃない。ただ、お前の目は今も前も変わりなくまっすぐだ。お前が嘘をついていても、その目は隠そうともしない。正直なんだよ。今だってそうだ。目は隠れていても、お前が何を考えてるかくらいわかる。家族じゃなくても、大切な人は傷つかないでいて欲しいんだ。だから、もしお前に危機が迫ったら、どこからでも助けに来てやる。絶対にな」
ケイルは俺を比較的安全そうな本棚の影に俺を下ろした。すぐにでも立ち上がりたかったのに、足、いや全身に力が入らず、俺は壁に寄りかかって座っていた。気が緩んだのか。ここからは見えないが、ケイルがサクを倒したのが音で分かった。俺を眠気が襲う。俺は帽子を落とした。拾いに行くほどの気力はなかった。視界が暗くなっていく。フォニックスがウンモと戦っている音が、近くのはずなのに遠くで聞いているようだった。俺は一瞬、記憶が飛んだ。はっとして辺りを見回すと、帽子がない。しまった。油断していた。右に妖気を感じてそちらを向くと、ケイルがニヤニヤした顔でこちらを見ていた。
「やっぱ可愛いな。シンの寝顔は」
俺は照れ臭さのあまり勢いよく立ち上がった。
「なんだよ!人の寝顔を見るな!趣味が悪い!」
それよりも、俺は帽子を探さなければならない。ケイルみたいにあっけらかんと目を見せることはできない。…臆病なんだな、俺。俺は近くにあった姿見で自分の目を見ている。焦っている俺の気持ちとは裏腹に、なんだかとても嬉しそうだ。俺は超音波で探す。しかし、帽子らしき形のものは感じられない。俺は帽子を探そうとして辺りを見回すと、ソウマが目に入った。正直言ってボロボロだ。何度、ウンモの攻撃を受けたのだろう。俺もサクの槍が何度もかすったが、そんなのがどうでもよくなるくらいだ。それでも、目の光は消えていない。初めは馬鹿らしい偽善者だと思っていた。でも、似てたんだな。誰かのために体を張れる、それって本当は難しいことなのかもしれない。俺が夢を語る権利はあるのかわからないが、そんな戦士に、ケイルやソウマのように、心からなりたいと、本気で思うことができた。ウンモはまだ戦っている。俺も、フォニックスと戦いたい。