第三部 ムルルの悲しみ
ムルルははっとして起き上がり、辺りを見回した。そして、俺と目が合うなりブワッと泣き始めた。
「いっつも、こうなんだよ。編み笠を被った途端意識が飛んで、気づいたら目の前で人が死んでたり瀕死だったり…!僕がやったんでしょ?こんなこと、したくないのに、なんで、こうなっちゃうの?僕は正義でいられないの?僕は…僕は…どうしてしまったんだろう…」
一気に捲し立てたムルルは、それから声を殺して泣いていた。なぜ声を上げて泣かないのか、俺にはわからなかった。でも、ムルルが急に編み笠を掴もうとしているのを見て、思わず編み笠をさらに遠くに投げて妨害してしまった。ムルルの目の光が点滅しているみたいだった。またあの状態に戻ったら、ムルルはもっと悲しむだろう。編み笠がトリガーになっているのかもしれない。俺は編み笠に雷を落とした。しかし、弾き返された。でも、2発目は直撃した。編み笠が燃えて無くなると、ムルルの目の光はくっきりとし、安心したのか眠り始めた。しかし、それで終わらせてくれなかった。ムルルは急に起きたかと思うとありえない程の力で俺を地面に押さえつけ、ナイフを振り上げた。しかし、ナイフが下ろされることは無く、手は震えていた。二つの意思がせめぎ合っているのがわかった。俺はムルルの手を引き剥がして脱出した。その手にはあまり力が入っていなかった。俺はムルルを両脇を掴んで持ち上げた。ムルルの手からナイフが落ちる。想像していたより、全然軽かった。そうか、口調のせいで大きく見えるけど、ツーハより小さいんだ。ムルルはずっと泣いている。ムルルの後ろに誰かが立った。…ハクムさん、ムルルの兄でありボス。どうやってここに来たんだ?しかし、ハクムさんは悲しそうにムルルを見ていた。ムルルはハクムさんを見てさらに泣いた。ハクムさんはムルルを抱きしめた。
「…どうし、て。僕は、もう、兄ちゃんの、そば、に、いられ、な、い…」
ムルルはハクムを押し倒した。ハクムはすぐに立ち上がり、ムルルの手から銃を奪い取った。ダメだ。これは編み笠だけの問題じゃない。ハクムさんが来てしまったら、もしもの時ムルルがどう思うか。ムルルは絶対苦しむに決まってるだろ。ハクムさんだけは、殺させるわけにはいかない…!もしかしたら、これが最後の砦なのかもしれない。仲間や家族を失ってしまえば、ムルルは本当に非情な殺人鬼になってしまうだろう。止めてくれる人も、止めなければならない理由も失うのだから。親父の話の中で、ムルルみたいな人が出て来たのをはっきりと覚えている。そいつは家族を殺してしまってからもう歯止めが効かなくなり、最後は同業者に殺されたと。それだけは絶対に嫌だ。俺の勝手な考えで動いているけれど、みんなは大丈夫なんだろうか?そう思って辺りと見回すと、ソウマとエントが傷だらけなのが見えて頭に血が昇りかけた。どうやら後ろのスインとアインを庇ったらしい。なんで見えてなかったんだ。俺は、ムルルしか見ていなかった。でも、スインとアインが声を掛けると立ち上がったので少し冷静になれた。ムルルは落ち着いたり攻撃したりを繰り返し、だんだん消耗していた。ハクムさんはただ抱きしめたり攻撃を避けたりするだけだった。しかし、ムルルはもう限界のようだ。攻撃しながら倒れていった。ハクムさんは攻撃を避けることよりムルルを庇うことを優先したせいで肩に傷を負っていたが、本人は気にしていなかった。ムルルは力尽きて眠っていた。ハクムさんはずっと抱きしめていた。
「ムルル。お前は一つ、勘違いをしている。確かにお前は人殺しをした。それが非人道的行為であることは間違いない。だがな、本当に人の道を外れているのは、自分が関わった戦いで人が死んでもなんとも思わなくなった奴や、仕方ないこととか、必要な被害だったとか言ってるような奴だ。お前はまだそんなことを考えていない。完全に堕ちたわけじゃない。今のお前は危険だが、治る方法があるかもしれない。俺は全力で探す。だから、待っていてくれ。あいつのようには、なって欲しくないんだ」
ムルルは少し動いたかと思うと、目を開けてハクムさんを見た。苦しそうだった。ハクムさんは、どうするつもりなんだろう。でも、適当なことを言ってムルルを安心させようと思っているわけではないということは、その目を見れば十分過ぎる程にわかった。ムルルは少し微笑んだように見えた。しかし、急にナイフを出した。俺たちは焦って駆け寄った。ハクムさんは動かなかった。動けなかったと言う方が正しいのかもしれない。俺たちがそばに来た頃には、すでにナイフは振り下ろされており、地面を血が濡らしていた。そこにあった光景を見て、誰もが焦ってしまった。慌ててフウワが電話をしていた。…なんで、こうなったんだ?そこに広がる光景は何度見ても慣れず、俺は何もできずただ呆然とそこに立っているしかなかった。




