第四部 忍び寄る悪魔
翌日。僕はなんとなく起きてリビングのテレビをつけた。それにしても、昨日はフウワさんに膝枕をしてもらっていたなんて…。無意識だったとはいえ、今思い出しても頬が熱くなる。さて、今日は晴れるのか…。天気を見たかった僕は、政治のニュースをぼんやりと見ていたが、次のコーナーで驚くこととなった。
『次のニュースです。先日、狐の国の中でも首都と狼の国に挟まれた地域を中心に、連続殺人事件が発生しています。この事件で、少なくとも10人が死亡、20人が重症を負いました。犯人は不明です。この後、専門家にお話を伺いたいと思います』
僕は、被害者たちのリストが出てくると、それを目で追った。一般人から王族と思われる人まで、範囲は幅広い。犯人の意図が全く読めないような感じだ。重症者を見て行く途中、僕はある人の名前を見つけ、その名前に釘付けになった。
「キセキさん…」
あのキセキさんがやられるなんて、犯人は相当強い。犯人の特徴を見ても、編み笠を深く被っているくらいで、他には何もないそうだ。専門家の見解も、肝心の天気予報も全く耳に入って来ず、僕は立ち上がってギルド様に電話した。長く感じた着信音が途切れ、出たのはギルド様ではなかった。
「スラキです。どなたですか?」
固定電話の電話番号だから、他の人に繋がったのだろう。
「フォニックスのソウマです。実は、今朝のニュースでキセキさ…」
「そうなんだよ!おかしいと思いません?あんなにひたむきに頑張ってきたキセキがこんな目にあうなんて!もし犯人が出てきたら、絶対許せません!一体誰が、何のために…」
「キセキさんは、無事なんですか?」
「無事ではあるけれど、かなりの重症で、これから戦士を続けられるか微妙だそうです。みんなあなたみたいに丈夫じゃないんですから。キセキ、本当に楽しそうだったのに…。忙しいので、切りますね」
多分、堪えきれなくなったのだろう。キセキさんが心配になった僕は、まだ治りかけだけど動けなくはないので宮殿に向かった。すると、ぼんやりと立っているギルド様を見かけ、声をかけようか迷っていると、向こうがこちらに気づいた。
「おや、ソウマさんですか…怪我はもう大丈夫なのですか?」
声にはあまり元気がなかった。
「はい。それより、キセキさんが気になって…」
「キセキは重症ですが、命に別状はありませんし、私と一緒に行きませんか?」
ただ思い立って来ただけで、面会する気なんてなかったので、断ろうとしたものの、ギルド様がすっかりその気になってしまっているので、断ることができなかった。
「手土産は要りませんよ。すでに大量にありますし、そんなものを見ている余裕はあまりないでしょうしね」
ギルド様は瞬間移動で一気に病室まで来た。病室と言っても、それこそ僕たちの部屋を2つくっつけたくらいの広さがあり、なんだか豪華で戸惑った。しかし、感じるキセキさんの妖気は弱々しかった。心配になって近づくと、顔は無傷だが、布団で隠れている体は大怪我のようだ。目線だけ動かしてこちらを見ていた。
「ソウマさんが来ましたが、話さなくてもいいですよ、キセキ様。私が代わりに話しますから。キセキが倒れているのを発見したのは、ムルル君だということです。びっくりしたでしょうね。キセキが受けた傷は奇妙なことに、刃物の跡、人間界にあるという銃の跡、さらには弓矢の跡。全く犯人がどういった人物なのかわからないのです。メディアは遅いですね。キセキがやられたのは2週間前だというのに。…今びっくりしたでしょう。あなたが丈夫すぎるからそう思うだけですよ。あなたたちには、なるべく伝えたくなかったのです。犯人探しとか言ってこの事件に首を突っ込み、やられてしまっては元も子もありませんからね。なので、このことは、事件についてはいいですが、キセキが被害を受けたことは、内緒にしていただいてもよろしいでしょうか?頼みますよ、ソウマさん。後、早く帰った方がいいかと。どこに行っていたのか怪しまれますよ」
確かにそうだ。僕は大人しく帰ることにした。証拠に今山へ行ってオスコさんに会い、少し手伝ってから帰路に着いた。キセキさんのこともそうだし、最近色々と考え事が多い。フウワさんの告白も、ダメだったはずなのに受けちゃうし。僕、フウワさんのこと好きだったんだな。ずっと自分の気持ちに蓋をしてきたのかもしれない。考えてみれば、その時が来るまで、少しくらいは時間があるだろう。それなら、いっそのこと思いっきり楽しんでおいた方がいいのではないか、という自分勝手過ぎる考えが浮かぶ。みんな、ごめんね、自分勝手で。そう思いながらドアを開けると、フウワさんが玄関にいて僕を睨んできた。
「どこに行っていたんだ?…まあ、こんな奴といても、退屈だよな」
怒っているのか、悲しんでいるのかわからないけれど、僕はフウワさんを宥めた。
「僕は、フウワさんと一緒にいる時間、好きだよ」
僕は、いつまでこんな日常を続けられるのだろう。




