生き別れの妹
騎士達が、ざわめき始めた。
ソルタが見るところ、騎士は二世代に別れていた。
老騎士を筆頭に、親父よりも上の世代であるベテランと、ソルタよりも少し上の若い騎士達だ。
ベテラン騎士が身につけた鎧は、つや消しをかけられていて目立たないようになっている。
対して24騎中8騎ほどの若い騎士の鎧は、磨かれて地位を誇示するように輝いている。
実戦経験の差かな、とソルタは思う。
父ガンタルドが、魔王戦争に登場したのは16年ほど前のこと。
魔王の本格侵攻から4年で1000万人を喪った人類は、文明圏東部で最大の拠点であるエオステラ王国の首都を包囲されていた。
魔王の側近にすら歯が立たず、陥落間近の王都防衛戦に、16歳の親父と母親達が参戦したそうだ。
その時に現役だった騎士なら父のことを知っている、ソルタの考えは正しかった。
ベテラン勢が少しだけ好意的になった視線を向けて口を開く。
「奴には似てないな」
「うむ奴には似とらん。だがレアーレイ様の面影はあるぞ、わしは治療して貰ったことがあるのだ」
初老の騎士が自慢げに語り、別の騎士が直ぐに食ってかかった。
「それならわしもあるわい! 確かに聖女様になら似ておる、奴には似てないがな」
「見た目よりも中身じゃい。あの強さを受け継いだけなら良いが、下半身も父親似だとたまらんぞ」
……親父の評判は良くないのかもしれない、ソルタは気付く。
まあ原因には心当たりがある。
口を半分あけてぽかんと見上げている、さっきまでうるさかった少女だ。
馬車の天窓から上半身だけ乗り出してる少女の側へ、警戒させないようにわざとゆっくりと膝を付く。
両手は見えるところ、武器は持ってないのを周りから分かるようにして、更にゆっくりと顔を少女の顔に寄せて、口が付くくらいの距離で頭の臭いを嗅いだ。
「やっぱりか、これは妹の匂いだ。つーかお前、ちゃんと風呂に入ってるか? 3日は洗ってないだろ、ちょっと臭うぞ」
「…………ぎゃあああああああっ! なん、なんに、何をするのよ!! うそよ、あんたがお兄様なんて嘘よ!」
瞬間で涙目になった新しい妹が叫ぶ、泣くほど嬉しいとは兄も感激である。
「なんでだよ、お兄ちゃんは今ので確信したぞ」
「臭いで分かるはずないでしょ!?」
「分からないわけないだろ。馬や犬や魔獣だって、匂いで血縁を見分けるぞ」
「なんで獣と同じなのよ! それに、だって、私のお兄様は、もっとカッコよくて優しくて強くて包容力があって理想のお兄様のはずだもん! あんたなんか違うわっ!」
酷い妹だ、全否定である。
だがソルタとほぼ同世代に見える女の子にとって、兄が増えるというのは大事件だろう。
妹は増えるものなので、ソルタは全く気にしないが。
ぐぬぬと睨みつけてくる妹の目を見返しても、緊張など全くしない、むしろ怒った顔は他の妹達に似ていて愛らしくもある。
空気が緩み始めたが、ソルタの右手前方に居た若い騎士が声をあげた。
輝く鎧に兜はなしで総髪、自信に溢れてきりっとして顔が良いとソルタにも分かる。
そしてこちらに強い敵意を向けている。
「お待ち下さい、結論を出すのは早かろうかと」
若い騎士の左手には、金属の檻に囲まれた水晶球があった。
水晶球はゆっくりと回り、僅かに光を放っている。
誰がどう見ても魔法の道具で、それをソルタへとかざしていた。
その様子を見た老騎士が若い騎士に尋ねる。
「ふむ。ソンスリオ卿よ、何か根拠があるのか」
「ございます! 我が家伝来の秘宝、この全能知の宝玉によると、その者の魔力は平民以下です。英雄とは申しませぬが、せめて強者の力も持たぬものが、かの勇者の子孫などとは」
そこまで言うと、ソンスリオは全能知の宝玉を懐に収め、すらりと剣を抜いて切っ先をソルタに向けた。
「この森には、人の記憶を読んで騙す魔物が住むと言いますぞ。姫様から離れよ、化け物め! この騎士、ソンスリオ・スンホーンが討ち果たしてくれるわ!」
ソルタは知っている、少なくともこの辺りにそんな便利な魔物は居ない。
記憶を読み出す、強制的に喋らせる魔法はあるが、使えるものは例外なく強大な魔力を備えている。
例えば、魔族のママだ。
常人なら狂うほどの魅了や支配の魔法を使える。
毎日挨拶代わりにソルタにかけようとするが、実の母と同じだと思っているのに、今更そんな魔法が効くはずもない。
最近では効かないどころか、届く前に無効化出来るようになった。
「お待ちなさい。この、おに……まあいいわ、お兄様に魔力がない? 何を言っているの? 少なくともお母様とは同等よ、それ以上は私もわかんないけど。つまり、ここに居る全員を殺すつもりなら、もう私達は死んでるわ」
「そ、そんなはずは!」
ソンスリオが全能知の宝玉を再びソルタに向ける。
だがそんな事をしても無駄だ。
ソルタはほぼ全自動で魔力探知を妨害している、むしろ解除する方が難しく面倒だ。
だが……妹には効かない。
魔法は互いの関係に強く左右される。
信頼し合う仲間や恋人同士なら、回復系や補助系は効率が上がり、攻撃や妨害系や精神系も効果がどんどん薄れる。
血縁は更に特別で、兄弟ともなれば、互いに魔法で傷つけることは不可能だ。
フィーナの精霊攻撃だって、兄に当たったところで素通りするだけ。
でなければ、幼い頃によく分からずに兄弟を殺傷してしまう、言わば当然の進化だ。
「いやいや、やはり我が家の秘宝によれば、こやつの魔力は平民! 姫様、わたくしを信じて、さあこちらへ!」
妹はソンスリオとやらが伸ばした手をちらっと見たが、そのまま老騎士に視線を移す。
意を得たりと、老騎士が妹に訪ねた。
「姫様、母上様からは兄上様の存在を聞いたことがございますか?」
こくりと、妹が頷いて続けた。
「実は、一度だけ聞いたことがあるの。けどこんな時代だし、生きてるかも分からないし。それに、もっとカッコいいのが良かったの……」
兄が凹むことを平気で言うが、妹とはこういう生き物だ。
ソルタは慣れている。
だがミリシャと呼ばれた侍女がフォローしてくれた。
「姫様、これはかなり当たりの部類です。これで駄目だと言ったら、侍女一同から説教ですよ。ねえソルタ様?」
ミリシャの見上げる流し目に、思わずソルタは半歩下がってしまった。
このミリシャと言う子が強くないのは直感していたが、何故だが肉食の魔物に目を付けられたような怖さがあった。




