最強竜は村のマスコット
泣き出した3人の妹とすがりつく母親達を振り切り、ソルタは村を出た。
何時もの家出ではないと知ったフィーナなど、風の精霊を呼び出してソルタの手足を折ろうとしたくらいだ。
かなり上位の精霊で、太い鉄の棒でも捻じ曲げる力があるが、残念ながら兄には効かない。
ただし妹達とは沢山の約束をさせられた。
下の二人はお願いは『戻ってきたらわたしたちが大きくなるまで、もう居なくならないで』という可愛いもの。
ソルタは即座に気軽に了承した、毎日すくすく大きくなっているので何とでも言いくるめる事ができるからだ。
長女フィーナの要求は主に二つ。
都会に行くなら後で自分も呼んでと、ソルタの部屋を寄越せだ。
妹3人での同部屋はもう嫌だ、自分の部屋が欲しいと言い出し、最後の兄妹喧嘩をしてソルタは自分の部屋を失った。
元々ソルタの部屋は父親の書斎だったが、遂に妹に奪われた。
一転して笑顔で「いってらっしゃーい」と手をふる妹は殴りたくなったものだ。
黒い一角馬のプニルに乗ったまま、ソルタは村の北へ向かう。
長老に別れの挨拶をするためだ。
北にある山の麓に、竜の長老が白く輝く巨体で寝そべっていた。
「やっと来たか。奴の息子にしては行動が遅い、いや奴も周り道をするタイプだったかな。例えば魔王城に踏み込む前にも……」
父と並ぶ村の守り神、白銀超古竜の長老だ。
神話級の存在で戦いなどとは無縁のはずだったが、アンデッドの魔王は超古竜を従える魔法をも使えた。
父ガンタルドは魔王への魔力供給源となっていた竜を『裏ボス』と呼んでいた。
正気に戻すのに、戦い続けて三日三晩かかったらしい。
「みんなが離してくれなくてね。村の子供達は、誰かが泣くとつられて大合唱だもの」
既に太陽は中天を回っていて、旅立つにはかなり遅い。
「別れは前日に済ますものだと、賢者マクスも言っておったぞ。奴と話したのは400年前だったか、500年前だったか。女と別れるには旅立つ直前に切り出せとも言っておったか、どちらが正解かと言うと……」
二千年は生きてる年寄り竜は話が長い。
大人たちは畏まって聞くしかないが、村の子供達は違う。
腹と尻尾は鱗で、背中と翼は羽毛、顔と首は毛皮に覆われた超古竜は、生きた遊具のごとく慕われている。
それにソルタが旅立つと、長老の周りが一番安全になる。
長い話の後でソルタは頼んだ。
「長老、村と子供達を守ってね」
「うむ、任されよ。何が来ようと、そなたが戻るまで百年でも持ちこたえてみせよう。それにしても良い物々を身に着けておるな、わしの蒐集物に欲しいくらじゃ。ついでにそこそこの者を引き連れておるな。気付いておるか?」
ソルタは頷く。
魔王城にあった戦利品は、親父が吟味して余程に貴重な物以外は鍋や釜や農具に変わった。
お陰で村の生産効率は五割増だ。
残った余程に貴重なアイテムをソルタは身につけていた。
「あげないよ、母ちゃん達がどうしても持っていけって。それに村のみんなも色々くれたんだ」
貴重品の一つ、右手の指に嵌めた黒いストーンリングを長老に見せる。
盟契の黒指輪、刻まれた紋章が示す悪魔を支配下におく逸品で、魔族の母が強引にソルタの指に嵌めたもの。
別れが避けられぬと悟った魔族の母は、何やら物騒なことを言っていた。
「一番強いのと思ったけど、一番便利だと思うのを封じ込めておいたからね。何かあったら、こいつを身代わりにして逃げるのよ? 敵の1万人くらいなら足止め出来るから」
他にもソルタの真上、高度三千メートルあたりには、エルフの母が呼んだ最上位風精霊が飛んでいるし、影の中にはヴァンパイアの母の使い魔が一匹潜っている。
「仕方ないかな。こいつらを振り切ったら、母ちゃん達が自分で探しに来そうで怖いもん。もう昔みたいに動ける歳じゃないのにさ」
17歳でソルタを産んだ母はもう三十歳を過ぎて、他の母も似たようなもの。
大昔は身軽だったのかも知れないが、今や息子からすればどすどすと重そうに歩く姿しか知らない。
そんな母親たちが森に入れば、でかい尻や胸を枝葉に引っ掛けて悲惨なことになるとソルタは確信している。
「そろそろ行くよ。じゃあまたね!」
「うむ、いや、もうちょっと年寄りと話を……行ったか……」
プニルに走れと合図したソルタは、しばらく並走してから身軽に飛び乗る。
ぐっと沈み込んだ一角馬が、西へと疾走する。
体力も速力も普通の馬とは比較にならず、足元や蹄も圧倒的に頑丈で岩や木の根を踏んでも怪我にならない。
とは言え、森の中は苦手だ。
大森林に突入したとこで、今度はソルタが先に立った。
ナタで邪魔になる木の枝を落としながら進む、もちろん邪魔するような魔物は出ない。
この辺りは超古竜の長老の威光が届いている。
同格の化け物か、余り賢くない個体か、許しを得たものしか居ない。
村から10キロほど離れた地点で、死の道に出た。




