大会戦・急
ウンゴール公国、遠征軍総司令官ホンスリオ伯は、馬にも乗らず従者も連れず目立たぬように前線に近寄った。
こっそりとエオステラ軍を確認してからわざとらしく叫ぶ。
「おおっ、なんだ偽物ではないか! あれは魔王殺しの英雄ではない! よく見ろ、まだ少年だ。余がかの英雄と共闘したことを、貴様らも知っておろう? ガンタルドはもっと平凡な顔だった、あのように人気の男娼かと見間違うことはない」
敵騎兵の出現に怯えていた兵士どもが引きつった笑顔を浮かべる。
さざなみのように「偽物だ」との囁きが広がり、徐々に顔色と士気が戻っていく。
ホンスリオ伯がガンタルドと面識があるのは事実。
死の魔王はエオステラ以外、後方の国々にも手先を送り込んだ。
ウンゴールにも死の騎士と呼ばれる超級の大物が五体ほど現れたが手も足も出ず、やむなく勇者一行に依頼したのだ。
勇者と名乗る男は傲岸不遜であった。
「ちっ、その程度の雑魚、自力で倒せよ。デスオフィサーやジェネラルならともかくたかがデスナイトだろ。で、報酬は?」
確か王家秘蔵の魔道具を分捕られたはず。
防衛軍を指揮していたホンスリオは共に戦った事になっているが、実際はガンタルドが一人で出かけ直ぐに戻ってきた。
ウンゴール公にはホンスリオらも勇敢に戦ったと報告したが、兵士達は顛末を知っている。
もし本物が現れれば戦にならない、英雄の真似をした黒衣の戦士が顔を晒していてくれたことは幸い。
「しかし何者だ? 布陣を見るに敵は明らかにかの少年を中心に動いておるが。軽く突いて様子を見るか」
とはいえ、ホンスリオ伯は陣営を出るつもりはない。
元々、常に人類の最前線の――ウンゴール人は東の堤防と呼んでいる――エオステラの軍は強い。
同数で正面から当たれば必ず負けるし、既に騎兵戦力は敵の方が多いのだ。
それゆえホンスリオは侵略しながらも、立て籠もる拠点の構築を欠かさなかった。
大河のほとり、港があり補給を受けれて単独の丘陵がある。
この地に騎兵を止める柵と壁を築き、幾つかの高地を要塞化して相互に支援出来るように展開していた。
弓兵の数ではウンゴールが優位、普通に守れば負けるはずがなく、しばらく耐えれば冬が来る。
数千の家を壊して移築し屋内で暖を取れるウンゴール軍を、屋外で包囲し続けるのは無理だ。
冬の風と雪は容易に人を殺す、自然による強制休戦を利用して交渉をするのが常識であった。
「者ども、よく聞け。我らの守りは完全である。あと一ヶ月もかからず、この地も雪が降り水は凍る。それまで耐えれば良いのだ。冬季休戦になれば交替で休暇を与えるぞ、奪った戦利品を故郷の家族に見せてやりたいであろう」
兵士に望郷の想いを持たせるのは悪手とされているが、期間が区切られている場合は有効だとホンスリオ伯は知っている。
今は先の見えない戦いではない、人類同士で話の通じる普通の戦争なのだから。
それにホンスリオの目にも敵は戦う気がないように見えた。
通常は魔法による砲戦、次いで弓の応酬、それから歩兵が接近するのが順番だ。
騎兵の出番は最後の最後、それを最初に見せたということは脅しであろうと。
「ふむぅ……守りを崩すだけの兵がまだおらぬか。奴らは二正面を強いられておるはずだし、焦る必要はなさそうだが……」
脅しではあっても、効果的な脅しだ。
装備を整えた騎兵の大集団、戦力で言えば歩兵十万に匹敵する。
あれを見せられれば味方の腰が浮く、戦に慣れぬウンゴールの貴族では逃亡する者が出かねない。
「おい、魔法で追い散らせと魔導師どもに伝令だ。もし突撃して来たなら、止まった所に弓を叩き込め。しっかり引き付けてな。恐れる必要はない、我らの守りは万全だとも」
追い払えば戦果がなくとも勝利である。
前線から数百メートルの距離で蝟集した騎馬など魔法の良い的だ。
ホンスリオ伯の下命から十数分、準備が整ったとの報告があり攻撃命令を返した。
防衛陣地でも一番固いところ、周囲を盾に囲まれた魔法砲台から数百の火球が飛び去る。
一斉射、二斉射、三斉射と光る魔法球が空を埋めていく。
壮観な光景だなとホンスリオが満足した所で、敵騎兵から同数、いや数倍する光球が撃ち上がって来た。
「な、なんだと!? 魔導騎兵!? いやまさか、あれは全て騎士級かっ!?」
対抗砲撃でウンゴールの魔法は全て対消滅し光に換わり、逆に陣営のあちこちにエオステラの魔法が降り注ぐ。
しかし盾も壁も備えた陣地に、ただの灼熱魔法はほとんど効果がない。
安堵したホンスリオ伯の視線の先で黒衣の戦士が動いた。
軽く肩を回すと、馬上で短い槍を受け取ると投げた――ようにホンスリオ伯には見えた――。
音が伝わるよりも早く、ホンスリオの後方にあった魔導師部隊の陣地が消し飛ぶ。
二箇所、三箇所と的確に魔法を黙らせると、次に指揮本部を置いていた城館が攻撃された。
それから最前線、何段にも重ねた馬防柵と防壁が一撃で削られて道が出来る。
何か速い物が地面に沿って飛んできては、騎兵が通るのに十分な通路を作るのだ。
「い、いかん! 穴を塞げ! 侵入されるぞ!」
ホンスリオの耳に、一万の騎兵が加速する馬蹄の音が響いて来た。
経験ある将軍のホンスリオには分かる、いや一兵卒にも分かるだろう、これは負け戦になると。
――――
「あと二箇所ほど抉っておくか」
ソルタはお付きの騎士から槍を受け取り、北側の前線にも穴を開ける。
突撃孔が開かないなら、別の作戦になり長引く可能性もあったが上手く行きそうだった。
敵軍は主力が籠もる大きな丘陵を中心に周囲を要塞化させ、そこにも少数の兵を置いて持久の構え。
端から一つ一つ潰すのは敵の思う壺で、速戦即決を望むエオステラ軍は通常と逆の手順を取った。
まずぎりぎりまで主力の騎士団を近づけておいて、ソルタが首尾よく敵陣に穴を開ければ迷わず突っ込む。
防郭を破り柔らかい弓兵や魔導兵を可能な限り踏み潰し、敵の陣形を乱し統制を奪っていく。
「ねえ、前線に出て良い?」
ソルタがお付きの騎士に尋ねると渋い顔をされた。
「止めとくね……もう決着が付きそうだし……」
今回、ソルタに付けられた百人ほどの騎士達は、母テティシアから厳命を受けていた。
「その身と命に代えても我が子を守りなさい」だ。
彼らだって誰かの子だし誰かの父だしで、理不尽だろうとソルタは思ったが騎士達は主君の命令を死んでも守るつもりだ。
ソルタは慣れていない人間同士の乱戦に飛び込むのは止めて、代わりに魔力が尽きるまで援護砲撃を繰り返す、
突入した騎士の動きは徹底していた、敵を殺すよりも弱いとこを縫って分断していく、一塊になって震える敵の歩兵など無視してひたすら奥へ奥へ。
指揮系統が立ち直るまでの短時間で、丘陵に築いた野戦要塞そのものを無効化するのだ。
兵舎や倉庫のある一角から火の手が上がったところで、作戦は第二段階、つまり掃討に移る。
視界を遮断する光の壁を超えて、五千人単位で編成された歩兵部隊が十二個、北側から包囲して押す。
周辺の少拠点は魔導部隊が集中砲火で順に黙らせると、孤立して腸に喰い付かれた敵の主力が丘陵を降りて、南のキュビワノ川に繋がる港へと殺到し始めた。
「ああなると辛いですな。味方に押され川に落ちるか潰されるか、踏みとどまるよりも倍する被害が出ます」
ラーセンが僅かに同情を込めた声で言い、黙ったままでソルタは頷く。
もう何もすることが無いと分かってきた、エオステラ王国の王旗までが戦場に姿を見せて味方の士気だけが増々上がる。
エオステラ王、テティシアの兄は別に臆病から後ろに居たわけではない。
むしろ戦場だけでは有能だとの誉れがあるくらいで、この会戦が長引くならば総指揮を執る予定でもあった。
王の下から、近衛の騎士が幾十人も駆け出して戦場に告げて回る。
「降伏を許すとの王命である! 繰り返す、降伏を許す! これより武器を捨てた者の殺害は王命に背くことになるぞ!」
河畔の虐殺は日の出に始まり、陽が中天にかかる直前に終わろうとしていた。
ウンゴール公国は、動員した八万の四割を敵地の戦場で永遠に失った。




