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踏まれるのはご褒美


「ほれほれ、もっと踏んで欲しければ全て喋りなさい!」


 魔族エリュシアナの魔法に支配された暗殺者は、這いつくばって何でも喋る。

 その背中をエリュシアナが尖ったヒールで踏むと、暗殺者達は恍惚の表情に変わる。


「見るんじゃありません」


 暗殺者の証言を聞きながら、ソルタは二人の妹、フィーナとアキュリィの視界を塞ごうとした。


「ねえ、お兄様も踏まれたら嬉しい?」

「お前は何を言っている? 今度踏んだら二人ともエリュ母さんと同じ服を着せるぞ」


 ほぼ紐の服を着るのは嫌なようで、フィーナとアキュリィは文句ばかり言い始めた。


「えーあんなの着てほしいの?」

「見損なったわ、お兄様」

「馬鹿か、やるなと言ってるんだ。まあお前達だとあの服が引っかかるところも無いけどな」


 エリュシアナ母は、母親達で一番背が高くスタイルも良い。

 今の妹達では束になっても敵わない。

 それまではソルタの背中にひっついていたフィーナが嫌そうな顔をして離れていく。


「ねえアキュリィお姉さま?」

「なあに、可愛い妹のフィーナちゃん」

「お兄ちゃんってこんな事を言う人じゃなかったのに、村の外に出て変わったの?」

「フィーナ、ごめんなさい。力及ばずの姉を許してね。お兄様は私の侍女や屋敷のメイド達に次々と手を出し……」

「おいっ! 待て、待ちなさい! フィーナ、今のは嘘だぞ?」

「嘘じゃないもん」


 困ったことに、フィーナは十二年も一緒に居た兄よりも十年ぶりに再会した姉の方を信用している。

 兄妹なので目つきを見ればそれくらいは分かる。


「あーそうだ、お前達なんだか仲良くなったみたいだな?」

「お兄ちゃんて、都合が悪くなると直ぐ話を変えるよね。まあいいけど、昨日はずっと一緒にお母さんやお兄ちゃんの帰りを待ってたもの。その間は二人で下の子の面倒見てたのよ、仲良くもなるわ」


 姉妹が仲良くなるのは悪いことではないが組まれるのは困る、四人の妹に協力されるとソルタでも勝てない。

 戦闘的な勝てないではなく、四人も揃ってお願いされたら断る自信がない。


「はぁ……まあ良いか。仲が悪くて喧嘩されても、苦労するのは俺だし」


 何とか折り合いを付けたところで、ソルタ達がいる階に人が上がって来た。

 母と妹達、女性ばかりの階層に、自由に出入りが許されているのはソルタただ一人。

 上がって来た者たちは、外から訪いを告げる。


「失礼します。ラーセンです、参上いたしました」

「ラーセンか、入っていいよ」


 公主官房審議監のラーセンは、戦場でもテティシアの副官を務める。

 二十人程の騎士、ソルタが見知った顔も幾人もあり、を引き連れてやってきた。

 皆、暗殺者を踏みつけるエリュシアナを見たが、あえて目を逸し何も言わないでくれた。


「若様、姫様がた、遅くなり申し訳ありません。また侵入を許したのは私の不備によるところでございます。警備の見直しは行いますが、まずは曲者どもから情報を得たく」


 アキュリィが代表して答える。


「仕方ないわ、みんな忙しいんだもの。それにお兄様やお母様がいるのに襲うなんて誰も予想しないわ」


 ソルタもずっと気になっていた、以前のソンスリオは僅か8人で父ガンタルドを、今回は更に半数でテティシアを襲撃しようとした。

 同格や半分の強さもあるなら可能な人数だが、戦った感触ではとても相手になる強さはない。


「ラーセン、ちょっと聞きたいのだけど」

「なんでしょうか、若様」


 ラーセン達、母に仕える騎士達は、会議でソルタの呼び方を決めたそうだ。

 長い議論と投票の結果、ようやく若様に決まったと。

 これを拒否すればまた時間だけがかかるのが目に見えたので、ソルタも渋々受け入れることにしていた。


「陸橋国や古王国って、親父や母さんの実力を把握してないの?」

「そうですな、魔物を相手に効果的な強さを持つと認識しておるようです。血統能力や固有能力、それに付随する魔法による強さが特殊であると判断しておるのでしょうな。兵士百人分や千人分の働きをすることはあっても、刃を持った精鋭百人に勝てる強さもあるとは思っておらんのでしょう」

「そういうものか……」

「はい、実際に見なければ理解はし得ぬと思われます」


 理屈はソルタにも分かる。

 強い魔物に一対一で勝てる戦士でも、周囲を普通の兵士十人に囲まれて同時に武器で突かれたら負ける。

 逆に普通の兵士十人では、ちょっと強いくらいの魔物に手も足も出ない。

 更に毒や暗器を使って虚を付ければ、どんな強者でも討ち取れる可能性はある。


 対魔物に特化したテティシアを暗殺すれば、エオステラ軍の半数はセーム要塞でアンデッドを相手に釘付け。

 辺境の新興国の躍進を疎ましく思う西方の国々は、楽に人類同士の戦争を続けることが出来ると考えてもおかしくない。

 

 ただし思いついても実行するかは別の話。

 妹の母、ソルタ自身にとっても幼少期に乳を貰った母を狙われて怒らないはずがない。


「ラーセン」

「はい」

「西に戻る輸送艦の艦長が、俺のことを欲しがってよね?」

「封鎖線を打ち破るのに若様のお力を借りたいでしたな。我が国の船は海戦となるとからっきしですからな」

「それを了承したと伝えておいて」


 それからソルタは、妹達に聞かれないようにラーセンにだけ伝えた。


「あの暗殺に来た奴らの装備は、兵士の物を奪ったそうだ。四人の兵士を殺して防壁から捨てたと白状していた。四人とも俺の命令で処刑してくれ。母さんには処刑の命令を出させるな」

「承知しました。お任せください」


 魔物や魔獣から集落を守るときに女性が戦うことはあるが、同種同族での土地や権益の奪い合いは男のみで戦うのが基本。

 動物でさえ縄張り争いは雄の役目だ。

 雌は勝った雄に従うか、我が子が殺されそうなら土地を離れる。

 人の居ない増えない土地は人にとって価値がなく、女子供に直接手を下さないことは厳しい世界に済む文明種の最低条件である。

 ソルタも世界のルールに従うことに決めた、戦いに来た男を倒すのに遠慮もためらいもすべきではない。


「あら、なんだがお父さんみたいな顔つきになったわね」


 急にソルタをエリュシアナが抱きしめた。


「そんなに似てる?」

「顔つきの話よ、ソルタはお父さんより美男子よ。それでね一つ伝えておかないといけないのだけど。腐乱の道化師(デスピエロ)の行方」

「聞く! けどその前に普通の服を着てよ」

「ママはまだ若いし、体形も崩れてないつもりなんだけど」

「そういう問題じゃない。美人の母ちゃんの半裸を、みんなに見られるのは嫌だよ」


 ソルタの言葉に、エリュシアナは大喜びで服を着た。

 服を着せるにも脱がすにも褒めるのが良いのだとソルタは学び、腐乱の道化師(デスピエロ)の行方を聞く――。

 

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