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真の支配者


 ソルタの目の前をアキュリィが歩く。

 背筋をぴんと伸ばして両手は前で揃え、頭は揺らさずに短い歩幅でドレスの裾を乱さず進む。

 アキュリィの背丈はソルタの顎のあたりまで、腰を絞るドレスを着ているので心配なくらい華奢に見える。

 静まり返った王宮での緊張感をほぐそうと、ソルタは声をかけた。


「お前、ちゃんと食べてるか? 何時も俺の三分の一も食べてないだろ」


 半身で振り返った妹は、人差し指を立てて唇に当てただけ。

 その目は、騒ぐ場所じゃないのよ困ったお兄様ねぇと言っていた。

 ソルタはとぼとぼと妹の後を付いていく、よく出来た妹で嬉しいなんて気持ちは微塵もなかった……。


 先頭のテティシアが迷わず進んで行く、先々の扉は待っていた使用人が次々に開ける。

 使用人は静かに一礼するか、時折「お帰りなさいませ」と声をかける。

 慣れた実家を進むテティシアに続いて、ソルタも大きな部屋へと入る。

 大きな窓から陽光が入り、大きな暖炉が暖める絨毯とタペストリーに囲まれた一室で、一組の男女が待っていた。


「陛下、お兄様には、ご機嫌麗しゅう。王妃殿下にもご無沙汰しております」


 テティシアの挨拶を受けた二人は対照的。

 王は苦い顔をしたまま右手を上げたが、王妃は走る勢いでテティシアの手を取る。


「テティシア様も、お元気でいらして? もっと遊びに来て下さればいいのに、けどお忙しいのかしら。あの人が余計な仕事ばかり押し付けるから」


 そう言うと、王妃は王を横目で睨んだ。

 ソルタの目と耳では、王妃と王妹に隔意があるのか演技なのかも分からず、そっと妹に聞く。


「仲良いの?」

「良いわよ。王妃様は学院時代からお母様が憧れの先輩だったらしいわ。私にもよくしてくれるの、ウンゴールに嫁がせるくらいなら王陛下の養女にしてでも阻止すべきって言ってくれてるし」


 アキュリィは無難に挨拶をこなし、王妃が姪をぎゅっと抱きしめた。

 ソルタは妹の真似をする、王は鷹揚に頷いただけだが、王妃は近くへ来た。


「あらーすらっとして格好良いわねえ、聖女様似ね。こんな息子が現れてテティシア様も嬉しいでしょう。貴方のお父様のことはよく知ってるわよ、学院に忍び込んで私にも声をかけたもの」

「えっ!?」


 王が初めて表情を崩して慌てた声で言った。


「お、おいっ、王妃! わしはそんな事聞いてないぞ!?」

「あらあなた、心配しないで。私はちゃんと逃げましたから。というより勇者殿の目的はテティシア様で、ついでという感じでしたから。掃除道具を持ってみんなで追い回して捕まえたんですよ。それでテティシア様に突き出したら、勇者殿は縛られたままで『おい、王女。俺の女になれ』って。もう学園中が大騒ぎですよ」


 そんな話、当然ながらソルタは知らない。

 だが無性に恥ずかしい、とりあえず謝るかと覚悟を決めたところで母が助け舟を出してくれた。


「違うわよ、仲間になれって言われたのよ。……良い女だから、連れてってやるとも言われたけどね、あらやだわー」


 これは、きつい。

 アキュリィの様子を伺うと、何故か興味津々と言った様子で先を促している。

 女の子は何故か母親の恋話を聞きたがるが、ソルタにはさっぱり理解出来ない。

 しばらくソルタはじっと床を見つめたまま立ち尽くす、女3人の話は終わる気配もなく盛り上がるが、一番偉い人が打ち切ってくれた。


「王妃もテティシアもいい加減にせぬか。今日はそのような下らない話をしに来た訳ではあるまい! 待ってる者もおるのだぞ」


 王妹のテティシアは、無言でつかつかと歩み寄ると兄王の前に女神の証明書を叩きつけた。

 王はちょっとびくっとした、ソルタにも気持ちは分かる、気性の強い妹は困りものだ。


「あ、うむ、本当に兄妹なのだな……。これで丸く収まるか……」

「お兄様」

「あ、うむ。なんだテティシア」

「国論が割れておるのは承知しておりました。ですがここは、お兄様が主導権を取って決めて下さると思ってましたのよ」

「いや、しかしだ。どちらの言い分も理屈は通っておってな……国益的には婚姻派が僅かに勝るが、しかしあえて姪っ子を不幸にはしたくないし……」

「だとしても、陛下が決めるならば娘も王族として従う覚悟はございます。まあどうしてもとなれば、わたくしが再婚すれば義父が出来て終わる話ですし」

「お主の再婚は余が何度勧めても断ったじゃないか……」

「ん?」

「いや、何でもない……」


 王様なのになんだか可哀想だ。

 ソルタには妹が4人もいる、こうはなりたくないものだと心の底から思う。

 妹の視線から逃げるように王は立ち上がって言った。


「場所を移そう! 財務大臣と軍事大臣が別室で待っておる、奥方連れでな。これもテティシア、お主の策謀であろう。二人とも奥方に引きずられて仕方なくと言った風情であったぞ」


 これに答えたのは王妃だった。


「あら陛下、この国でテティシア様を敵に回す女はおりませんことよ。もちろんわたくしを含めてね」



 婚姻派の筆頭は財務大臣のロワエオス公、初代王の三男からの公爵家で名門中の名門。

 西域との交易路と平和の維持を最優先に考える。

 妻と息子と娘を連れての王宮訪問だが、大臣の顔色は真っ青。


 一方で反対派の筆頭は軍務大臣のオスフェルト公。

 こちらも妻と息子を連れ、主張は通ったはずだが顔色は悪い。

 それもそのはず、つい先日まで領地に立て籠もって一戦も辞さずとやってしまったのだ。


 財務大臣と軍務大臣の両細君は、王妃とテティシアを見つけると笑顔で寄ってきて挨拶を交わす。

 中心は王女テティシア。


「お二人共、面倒なことを頼んでごめんなさいねえ」

「あらよろしいですのよ、テティシア様ったら。うちのは中々動かなくて、首に縄をつけて引っ張ってきましたけど」

「うちのもですよ、今更意地を張ってもどうなるものでもないでしょうに、往生際が悪いったら」


 わざとだ、わざと周りに聞こえるように話している。

 震え上がったソルタは唯一見知った男に話しかけることにした。


「よう、足の調子はどうだ?」

「ああ良いよ、前よりよく動くくらいだ」


 財務大臣ロワエオス公の長男、リヒテット。

 つい先日、喧嘩をしてから仲良くなった。

「勇者の息子なら最初からそう言えよ!」と謝られた後で言われたが。

 歳も同じ、背も同じくらい、魔法に興味があるので話が合った。

 お互いに居心地が悪いようでこそこそと話す。


「母ちゃんに?」

「うん。ごねるオヤジと家族でお招きだからと強引に。まあそりゃそうだ、オヤジ一人だけ呼び出しとか粛清かなって思う状況だしな」

「うちも母ちゃんがさくさく進めててよく分からないんだ」

「テティシア様か? うちのおふくろもテティシア様の信者だからな。この国の奥向きを完全に支配して、国最強の騎士でもあられる。オヤジがびびるわけだよ」

「へぇーそんななのか」

「知らないのかよ! 頼むぞ、オヤジが処刑されても俺だけは庇ってくれよ?」

「父親も助けてやれよ……」

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