カエルの子はカエル
「奥様不在の本宅に入れることはまかりなりません!」
三角眼鏡をかけてキツそうな顔をした女性がアキュリィを一喝する。
ずらりと並ぶおばさま方が一斉に頷いて同意する。
彼女たちは、アキュリィの母テティシアに仕える女官達だ。
妹は食い下がっているが勝ち目はほとんどなさそうだ、貫禄が違う。
「けどね、私のお兄様なのよ? 家に入れるくらい良いでしょ……」
「姫様、よろしいですか」
言葉を区切ってじろりと姫様を睨む三角眼鏡は女官長のリゴレス。
領主テティシアの家政を担当するだけでなく秘書役や相談役となるくらいの信頼があり、仕える女性一切を監督する一大権力者。
侍女のミリシャも言っていた。
「ソルタ様、先に謝っておきますね。私はこの世で女官長が一番怖いのです。なので逆らうことは出来ません、まあ元々地位と立場が五段くらいは違うのですけど。もし救い出してくれるなら何処までもお供します」と。
余りに意味深すぎて後半はいまいち理解し損ねた。
そのミリシャは直立不動で目を伏せたまま、女官長の話を聞いている。
「姫様、例え本当の兄君であっても、奥様の許し無く若い男性を本宅に入れるわけにはまいりません。それに例えお許しが出ても、貴族ならそろそろ別に暮らす年齢でございます。さらに兄君と申されても、奥様の、つまり王家の血筋ではございません。姫様に対して臣として振る舞えとは申しませぬが、対等に振る舞って良い立場ではございません」
年寄りは話が長い。
だがソルタの興味は既に別のところに移っていた。
女官長を始め重役といった感じの内侍や侍従の後ろに、若くて可愛い侍女や女中が沢山整列しているのだ。
並んでる女の子達を見ていると頻繁に視線が合い、中には笑顔を見せてくれる子までいて、もう頑張っている妹などどうでもよくなりそうだった。
「けど、本当にお兄様なのよ……」
「姫様のご不安はよくよく理解しております。ですから、追い返せなどとは申しません。ただし奥様が、寝所仇の子など追い出せと申されればその限りではございませんが」
妹は粘ってくれたが一蹴された。
しかもリゴレス女官長は、三角眼鏡でソルタを睨んでくる。
ちょっと怖いが仕方がない、少しは兄として頑張ろうと心に決めて口を開く。
「あー妹よ、その人の言う通りだ。リゴレス女官長さんが正しい。みんなアキュリィのためを思って言ってくれてるんだから、素直に従っておくべきだ」
ソルタは同世代の女の子は知らないが、小さい子供とその母親に好かれる術なら知っている。
物分りがよくしっかりしたお兄ちゃんなら好印象。
さらに爽やかで清潔的で笑顔であれば問題なし。
「う、うむ、ソルタ……殿と言いましたか、よく分かっておいでのようですが、姫様を呼び捨ては感心しませんね」
女官長の言葉に棘は残っているが、口調は格段に優しくなった。
「すいません、田舎育ちで上流階級のことには詳しくないんです。僕も姫様とお呼びしますね」
「うむ、よろしいです。お母上のレアーレイ様ですね、流石はしっかりとお育てになったようで、15歳にしては礼儀も出来ていますね」
「ありがとうございます」
ついでに母が褒められて嬉しいとばかりに、満面の笑顔になっておく。
「そ、そうですね。悪い子ではなさそうですし、姫様も道中はお世話になったと言いますし、街中の宿に追い出すのも当家の沽券に関わりますから……」
ソルタの居場所は、敷地内にある迎賓館に決まった。
しかも、ご飯と給仕付きでおかわり自由だ。
「男の子だし沢山食べるのでしょう」と女官長が口元に笑顔を見せながら言ってくれた。
全てが片付いた後で、そっと側にやってきた妹がこっそりと聞く。
「ねえ、本当に姫様って呼ぶの? 何なら私の個人騎士にしてあげようか?」
「馬鹿か、調子に乗るな」
「酷い。けどお兄様って、やっぱりお父様の子なのね」
どういう意味だか、さっぱり分からなかった。
寝室だけで六部屋もある迎賓館は快適に見える。
足りないものは、ハウスメイド達が次々に運び入れてもくれる。
だが謎なのは、メイド達は用事が終わっても帰らないことだ。
遂には食事を持ってきてくれた二人を含めて、合計六人のメイドが集まった。
「ソルタ様、あーんしますか?」
メイドの一人、最初に水を持って来てくれた子で、名前はアリーシアで15歳の同い年が、とんでもない事を言いだした。
「あん、アリーシアったらずるい!」
わたしもわたしもと六人の少女に囲まれる。
女の子にモテることがこれほど楽しいとは思ってもいなかった。
至福の時とはこの事かと、村を出て本当に良かったと思う。
メイドのアリーシアがソルタの肩に手を当てながら聞いた。
「ソルタ様わぁ、御領地を引き継がれるのですか?」
「なにそれ?」
父も母も領地など持っていない。
「いえね、奥様は200万人以上の領民を治めておいでですが、半分は英雄ガンタルド様に与えられたのを預かっておられるだけだとか。だったらそれは将来ソルタ様のものになるんじゃないかなーって」
初耳だったが、この話になって急に六人の目が鋭くなった気がする。
正直、貴族には興味が沸かない。
お金の使い方も知らない者にどうしろと言うのだろう。
「いやー、アキュリィが継げば良いんじゃない?」
「けどですよ! 奥様は特別ですが、普通は女は領主になれませんよ? だって騎士や兵を率いて戦うことはないですもの」
じわじわと体を寄せられて返答を迫られる。
柔らかくて良い匂いがするのに、何故だが少し恐怖を感じ始めた。
とそこで、館の扉が叩き開いた。
「ちょっと、お兄様! 何やってるの!?」
どすどすと大きな足音を立てて妹が乱入してくる。
普段は邪魔しかしないが、偶には良いタイミングで来ることもある。
「ろ、六人も連れ込んで! 本当に最低! お父様でも5人だったのに!!」
激怒する姫様を見て、六人はそそくさと出ていった。
ただしアリーシアが、妹の後ろに付いていたミリシャに向かい「言いつけたわね、覚えてなさいよ」と言ったのが聞こえてしまった。
ぎゃんぎゃんと兄を責めるアキュリィを見ながら、ソルタは深く考えて口を開いた。
「なあ妹よ」
「なによっ!!?」
「お前、戦い方を覚えてみないか?」
「はぁ? なんでそんなことしなきゃならないのよ! 誤魔化さないで」
「まあ嫌なら良いんだけど、お兄ちゃんは妹のものを取ったりしないからな?」
チャンスだったのかピンチだったのか、よく分からない一日が終わろうとしていたが、更に人が駆け込んでくる。
見知った顔で、公主官房審議監のラーセンだった。
「ソルタ様、夜分に申し訳ありませんがご足労を願えますか?」
ラーセンは妹には、お屋敷でお休みくださいとだけ言った。
夜道を歩きながらソルタは老騎士に聞く。
「敵?」
「ご明察で。北部の魔王軍残党です」
ここまで来てて良かったとソルタは思う。
妹にも戦わせるなんてぞっとする、領地は要らないけどなと。




