3人の異母妹
三女サターナの高速突進を、ソルタは簡単に抑えきった。
展開した魔法で速さを吸収し、サターナが地面に落ちる前に右手で捕まえてから叱る。
「こら。飛ぶなって言ってるだろ? 怪我するから」
「うん。けどね、おにいちゃん以外には飛ばないよ? 嬉しくてつい」
満面の笑みには何の反省もなく、しかも器用にソルタの服を掴んでよじ登ってくる。
定位置へ、兄の背中か腕の中に収まる気だ。
「今日は駄目だぞ、降りなさい。さて、もう一匹はと……」
三女が飛ぶと同時に次女は姿を消していた、これが連携攻撃なら素晴らしいものだが兄には通用しない。
「ここかな?」
「見つかったぁー!」
ソルタの足元、朝日に長く伸びた影から、んしょんしょと次女のユピテラが這い出してくるところだった。
「影渡りもしたら駄目って言ったよね? 失敗したらお兄ちゃんかお母さんが助けに行かないと、出られなくなるんだから」
「うぅ……けどね、サンちゃんが飛んだからつられてね……」
「困ったねえ、楽しくなると直ぐにお兄ちゃんとの約束を忘れるんだから」
ソルタは左手を伸ばしユピテラを掴むと、一気に影から引き抜く。
ユピテラは勢いのままに左半身に抱きつき、大きく口をあけて笑うと八重歯にしては大きく尖った牙が出てくる。
次女ユピテラの母はヴァンパイア。
ヴァンパイアだが生きている、かつては人類種だったものが魔法で長命種へと遷移した始祖の末裔だそうだ。
貴重な一族の血を引くユピテラもまた、日頃から変わった能力を使ってはソルタを困らせる。
長男であるソルタの生母は聖女候補として神殿で修行していたが、幼馴染だった父に誘われて飛び出した。
「幼馴染の不利を覆して最初にあんたを産んで勝ったのよ」と言っていた。
何のことだかさっぱり分からない。
12歳の長女フィーナの母は精霊女王とも呼ばれたハイエルフで、7つのユピテラの母は純血のヴァンパイア最後の一人で、6つのサターナの母にいたっては爵位を持つ悪魔。
どれもソルタが直接母親たちから聞いたものだが、話半分だと思っている。
そして、四人兄妹の父は皆同じ。
ギガガイガ・ガンタルドという厳つい名を持つ魔王殺しの勇者。
10年前、史上最強にして最凶として猛威を奮った死の魔王を倒したパーティは、そのまま魔王城に住み着いた。
今ではソルタと4人の母親と3人の妹が住んでいる。
魔王城の周囲は徐々に村になり、父ガンタルドが持っていた異世界の知識により飢えることなく発展している。
父ガンタルドはここ2年ほど行方不明だが、母親たちが心配してないのでソルタも心配していない。
兄妹の仲はとても良いとソルタは信じている。
今も右腕には小ぶりの角を生やし魔族の金眼でじっと兄を見上げるサターナと、左腕にはヴァンパイアの癖で肩のあたりを甘噛みしてるユピテラがいる。
ソルタは妹たちの匂いを嗅いでみるが、何時もと違いはない。
妹に病気や怪我があるなら体臭から分かる、普通の兄なら分かるのだ。
「異常はないな。よしお前たちに大事な話がある。ちょっと降りなさい」
「え、いやだ」
一度抱っこすると絶対に自分からは降りない妹たちを、強引に地面に落とそうと考えていると、右半身にしがみついたサターナが聞いた。
「ねえねえ、おにいちゃん!」
「ん?」
「あのね、わたしかわいい?」
この質問は3日ぶりくらいか、何時も同じ答えだとしても妹は聞きたがる。
期待はずれの答えをして泣かせてやるかと、一瞬だけいたずら心が湧いてくるが直ぐに否定する。
旅立ちの朝から泣かすと面倒だからだ。
「朝ごはんはちゃんと食べた?」
「いっぱい食べた!」
「わたしも食べたよぉ」
腕の中で二人揃ってぱんぱんに膨らんだお腹を叩く。
「うん、よし! 今日もお前達は可愛いぞ!」
兄にとって妹のかわいいは、顔や見た目が良いということではない。
4人の母たちは美人だそうで、よく村人が褒めている。
本人達も「お母さんね、若い頃は評判の美少女でね」とソルタに言うが息子にとってはどうでもいいこと。
むしろ見た目が良くて、それで親父が選んだなら、魔王や魔物と戦えるくらい強くないのではと疑っているくらいだ。
なので妹たちが美人さんになる可能性はあるのだろうが、それもソルタにとってはどうでもいい。
病気や怪我をせず元気に沢山食べていっぱい遊んで、出来れば他人に優しく育って欲しい、それだけで自分の命よりも大事で可愛いのだ。
そんな兄の思いを知ってか知らずか、ユピテラとサターナは「きゃああああああ!!」と嬌声をあげて大喜び。
可愛いと言われたのが嬉しくて足はバタバタ、両手はバンバンと所構わず叩く。
「ほら蹴らないの叩かないの、お兄ちゃんでも痛いからね。はい降りて降りて」
「いやぁ、降りない。ここで暮らすの」
「わたしも降りないー! ねえおねえちゃん、おにいちゃんがわたしはおねえちゃんよりも可愛いって!」
「おい。そこまで言ってないぞ」
三女のサターナが長女に喧嘩を売った。
だが12歳のフィーナが6つも下の妹をまともに相手にするわけがない。
「ふん。あんた達ね、お兄ちゃん言う通りにばくばく食べてたら後で後悔するわよ。丸々として、まるで子豚みたいで可愛いわね」
「おい。相手するんじゃない」