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お金の使い方その5


「お兄様っ!!?」

「はいはい、怒らない怒らない。かわいい顔が台無しだぞ?」

「そんなので誤魔化されるわけないでしょ!」


 妹が手のひらで肩や背中や腕を叩きまくる。

 何と言っていいかよく分からないが、怒っているので叩くのだ。

 初めて全力で叩いて良い相手を得た妹は容赦がない、常人なら骨が砕けるほどの威力でべしべしと叩き続ける。


 戻ってくる時に聞いたのはこれかと、三騎士との話をソルタは思い出す。

 ――西の国、ウンゴールの売春組織と代官の癒着を聞いた三騎士は流石に渋い顔になった。


「ありがちな事ではあるが……まだ証拠はございませんので?」

「うん。アルプズが魔法で聞き出しただけ」


 腕を組んでいた法務騎士長官がゆっくりと口を開いた。


「まだそれだけでは……罷免は難しいですな。ただし……タイミングが最悪ですな、代官のアルバレヒトにとってですが。奥方様が外遊で領地を離れた時期に、王都や公都から離れるはずのない姫様が、我らを伴ってここを訪れたとなると……」

「自分を処罰するために、わざわざやって来たと考えるってこと? 妹に手を出そうとする可能性はある?」


 突かなくて良い藪を突いてくれるなら話が早くて助かるが、法務騎士長官の意見は違った。


「いえ、それはございませんな。アルバレヒトは姫様を手中になどと考えるほど愚かではない、失敗すればただの汚職が大逆になりますからな。それに姫様は戦闘訓練などは受けておられませんが、王族の血と英雄の血を受け継いでおられて運動神経は非常によろしく無傷で捕まえるのは困難です。ご存知ですかな、6つの時には城の尖塔に登られて我らを慌てさせたり、追いかける侍女どもを振り切って逃げるなどは日常茶飯事で……」


 しばらくは法務騎士長官と矯正局局長と騎士法管理官が思い出話に花を咲かせる。

 八歳の誕生日に主役の席で寝てしまい、招待客が小声で喋るしかなかったとのエピソードになった所でソルタは割り込んだ。


「待った待った、後で聞かせて。妹が可愛がられてたのはとても嬉しいけど、代官アルバレヒトは逆転が無理なら証拠を消そうとするでしょ?」


 矯正局局長が即答した。

「やりますな。やり過ごせる可能性が、ソルタ殿の逮捕でなくなったと判断するでしょうな。我らの密偵でも捕らえたと思うしかありませんので」

「なら消すのは手元の書類や部下の口止め、それと売春組織の始末。そこまでやるかな?」


 これも矯正局局長が即答する、迷いのない断言だった。

「当然やりますな。奴も騎士の端くれ、生き延びる為に戦うはずです。アルバレヒトの家臣にはウンベルトという剛勇の者がおりますから、チンピラ風情など皆殺しですな。汚職は贈った側が死ねば立証困難ですから、治安維持にかこつけて始末するでしょう」

「やるとしたら、何時?」

「もちろん今夜です。朝になれば我らが役所に踏み込むと思うでしょうから」


 ソルタは決断に迷った。

 自分は他所者で、代官は妹の周りを固める騎士達の知人、直接の危害があったならともかくまだ牢屋見学くらいしかされてない。

 これは出しゃばる場面ではないだろうと思ったが、三騎士の決断は違った。

 三者共がとっくに考えは決まっていた顔で言う。


「後はお任せください。今夜の内に我らが最小限の被害で抑えます。テティシア様の治める都市で、無法者とはいえ官兵に惨殺されるのは許されません。ウンゴールから来た買収組織の詳しい情報をお持ちですか?」

「あ、うん。アルプズ、皆さんに教えてさしあげて……」


 騎士とは果断即決でしかも速攻なのだとソルタは学んだ――。


 ぺしぺしと叩く妹から、ソルタは逃げるタイミングを失っていた。

 過去の経験から、妹は直ぐに音が出るのが楽しくなって怒りが遊びに変わると、そう思っていたのは正しかったが、黒猫のカーボンまで混ざって二匹でぺちぺちとリズム良く叩き続けるのだ。


「アキュリィ、カーボン、そろそろ解放してくれない?」

「あっそうね、お兄様はいい音出すわね。ほら手が真っ赤よ、続きはまた今度にしてあげる」

「はいはい、楽しくて良かったね。もう寝なさい、お兄ちゃんは下の部屋で寝るから」

「もう危ないことしない? しないって約束するならそこのソファーで寝てもいいわよ」

「もうしないよ。けど自分の部屋で寝るから、カーボンあとは頼んだよ。はいお休み」


 素直にお休みさないと言ったアキュリィが、最後にぼそっと呟いた。

「お兄様は嘘がほんとに下手ね」


 妹の部屋を出たソルタを、ミリシャと三人のハウスメイドが待っていた。

 この屋敷はエオステラ=ハルス家の別宅で、維持するための使用人は何人も置いていた。


 自分の部屋へ戻るソルタの後を四人は黙って付いてきて、装備を入れてあるチェストをミリシャが開けた。


「お手伝いいたします」


 それだけ言うと四人は黙々とソルタの武装を手伝う。

 鎧を付ける作業に、四人ともが手慣れていた。

 戦いを家業とする貴族や騎士の家に仕える女達の動きだった。


「ご武運をお祈りしております」

 深々と頭を下げる四人を後にしてソルタは屋敷を出ると、小さな声で指輪に命令した。


「アルプズ、屋敷の中の者は皆守れ」

「承知しました」


 大きな力が指輪から離れる。

 今、この街で強い順番で言えば、4番めが黒猫のカーボン、3番めがアルプズ、2番めが最上位の風精霊(ハイエンドシルフ)で、トップがソルタだ。

 精霊も屋敷の上空を悠々と飛んでいる。


「一番危険な所へ、一番強い者が行くべきだ。成長を見守ってくれた家臣に何かあれば妹が悲しむ」


 当たり前の主張に騎士達は折れて、ソルタの同行を認めた。

 売春組織のアジトに向かうのは、ベテランの騎士が8人と若い騎士4人と歩兵が12名とソルタ。


 寝静まった街を二手に別れて進むと、前方に火の手が上がる。

 ソルタの右隣りにいた法務騎士長官が、慌てず騒がず静かに告げた。


「火を使いましたな。アルバレヒトも必死ですなあ」


 老人と言ってもよい上級官吏を務める騎士の顔は楽しそうにも見えた。

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