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お金の使い方その4


「これが世にも有名な牢屋か。鉄格子に無骨な石の壁、汗と血と脂がこびり付いた床とすすにまみれた天井、湿り気の多い空気と我が物顔で走り回る鼠。本で読んだ通りだ! 十日もいれば病気になること間違いなし!」


 この世界の流行は、騎士や流浪の王子の英雄譚。

 父ガンタルドの蔵書には、2作に1作の割合で牢屋が出てきたが、お金を稼いだり使う場面はほとんどなかった。

 あの有名な『牢屋』に入れて、ソルタは少し感動していた。


「逃げるのは、簡単だな」


 コツコツと壁を叩いてみるが、ただの石の壁。

 魔力が無いと判定されたソルタは、一般房に入れられていた。

 独房に入れられたのは、着ていた服が上等だったから。

 逮捕だけならまだしも、他の囚人にいたずらされたら――かわいい顔だと侮辱もされたが――取り返しが付かないからだそうだ。


「うっるせえぞ! くそガキが!」


 近くの舎房から苦情が飛んで、ソルタは黙ることにした。

 それからしばらくは、この世のものとは思えないほど汚い牢屋を堪能する。

 木板の寝床と何の毛か分からない毛布など、酸っぱい匂いがして触れるだけで痒くなりそうだ。

 実際に見たこともない小さな虫が大量に、もぞもぞと動いていた。


「……そろそろ出たいな」


 その呟やきを待っていたかのように、天井に近い格子の小さな窓からにゅるりと何かが入ってきて、ソルタの前で起立した男性紳士の姿に変わる。

「アルプズ、ご苦労」と小さい声で労うと、悪魔は小さく一礼する。


「”静寂(サイレンス)”、これで普通に話せるかな。あのお店はなんだった? 女将との話を聞かせてくれ」

「はい。よくある、サキュバスの娼館でございました」

「よくあるの?」

「はい。人間世界に居着いたサキュバスは、好みの男に尽くすこともございますが、娼婦となることも多いのです。その中で商売を覚え金を貯め、遂には自分の店を持つことも珍しくはありません」


 初めて聞いた話だった、どの本でも読んだことがない。

 ただし効率は良さそうだと直感出来た。

 アルプズは続ける、悪魔の口調からはサキュバスの店を理解して欲しいという熱意があった。


「サキュバスやインキュバスには金銭欲がなく、金を搾取するということがございません。生きるために体を売る人間の男や女にとっても都合が良いのです。あの店もサキュバスは2人だけで残りは人間でした。料金は安いのですが、自分で稼いだ分の9割は手元に残るので無理することもなく、健康体ばかりでございました」


 産婆と売春と葬儀屋がなくならないことくらい、ソルタだって知っている。

 人が集まる所には娼館の一つや二つは必ず出来るだろう。

 追加で一つだけ聞く。


「無理に売られたり買われた者は?」

「ございません。あと子供の使用もありません。子持ちの娼婦は多くいましたが、子供達には別に家を与え食事と教育を与えているとのことです。ついでに領主、アキュリィ様のお母上の許可も取ってございます。むしろお母上は、サキュバスに仕切らせるのを推奨しておるようでして……」

「分かった、分かったよ、アルプズ」


 従者を努めてくれる悪魔の熱意に負けたわけではない。

 最初からソルタにはお店をどうこうと言うつもりはない、働いてた人は笑顔で雰囲気も良く、出来れば朝まで長居したかったくらいだ。


「で、相手は?」

「はい。西の国から来た売春組織と、この街の代官でございます。あの店がある限り、金儲けは出来ませんからな。二人を捕まえ、別々に友好的に聞き出したので間違いはないかと」

「お見事。苦労ついでに、妹のとこに行ってここから出すように伝えてくれる? 一晩くらい過ごそうと思ったけど、無理だ」


 一礼したアルプズは直ぐに消えた。

 憧れの牢屋だったが、苦労知らずのソルタには向いていないと分かった。

 今も謎の虫が跳ねては食いつこうとしてくる、全て魔法で防いでいるが朝までこれは耐えられそうにない。


 一時間もせずに、獄舎が騒がしくなる。


「お、お待ち下さい! 法務騎士長官殿、すぐに代官が参りますので!」

「いいから、どけ」

「矯正局局長殿と騎士法管理官殿までお連れで、いったい何事でしょうか、すぐに代官を呼びますのでー!」


 騒ぎの集団は真っ直ぐにソルタの独房までやってくる。

 アキュリィの護衛をしていたベテラン騎士から三人、周りには監獄の役人が数人。


「捕まっちゃった」


 法務騎士長官、領内で騎士以上が関わる法と犯罪の責任者があきれた顔をしていたが、直ぐに真顔に戻して話す。


「いえ、書類を確認しましたが、被害届は出ておりませんでした。不当な逮捕ですが、抵抗せずに従って頂いたことを感謝いたします。街の警備兵に死者が出れば流石に面倒なことになりましたので」


 法務騎士長官が戸惑う役人に命令した。


「開けろ」

「は、はい!」


 ソルタは晴れて自由の身になったが、監獄の外に出るや法制を司る三人のベテラン騎士に囲まれた。


「ソルタ殿、どういうおつもりですか?」

「姫様は激怒ですぞ、娼館で喧嘩して捕まるなど! いや娼館は良いのです、若い騎士なら誰でも利用しますからな。だがそれを家族にバレないようにやるのが真の騎士ですぞ」

「言って下されば、わしが良い店を予約しましたのに……」


 ソルタは何度も謝った。

 父と母を知る騎士達はソルタに好意的で、更に5日ほど共に旅をして色々と話す機会もあった。

 主君の血は引かないが、主君の娘の兄という難しい立場のソルタにも良くしてくれる。

 なので、ここは素直に伝える。


「あのさ、代官を潰して娼館を守りたいんだけど?」


 三人の重鎮は、一度顔を合わせてから慎重に答える。


「この街の代官、アルバレヒトはいささか金に汚いですが、行政官としては有能でしてな」

「うむ、評判はともかく使った方が良い奴ですな」

「それに代官級の任命と解任は君主大権に属します。物理的にはともかく法的には守られておりますぞ」


 領主であるテティシア、妹の母、の決断と承認が要るとのことだったが。


「西の方、ウンゴール公国の組織から金が流れてるとしても?」


 法務騎士長官の目つきが変わった。


「詳しくお伺いします。ですが、まずは宿舎に戻って妹君からのご説教を受けてください」


 ソルタは、死刑台に向かう囚人の足取りで馬車へと乗り込んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 死刑台に向かいそうなのは代官の方なのにソルタの方が囚人の足取りなの草生えます笑
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