お金の使い方その3
『何者だ』と問われても、口止めされていて全ては話せない。
だが嘘をつくのは嫌だ。
堂々と事実だけを伝える。
「辺境の村で暮らしてたんだけど、お金も持たずに飛び出して、偶然出会った母親違いの妹の所に転がり込んで衣食住の面倒を見てもらって、今日は初めて妹からお小遣いを貰ったんで夜の街に遊びに来たんだ」
嘘もなく伝えきったが、三人組の表情は微妙だ。
「お、おう……出来た妹さんだな……」
「そうかな? なんか最近は、近所の変態オヤジに目を付けられて困ってたみたいで、兄が見つかって喜んでたよ」
「お前、こんなとこで飲んでて良いのか?」
心配はない、カーボンと名前を付けた黒猫は妹の護衛にして、何かあれば風の精霊がソルタに連絡する手はずになっている。
「今日はこれだけくれたから、ちょっと使ってみようと思ってさ」
銀貨が詰まった袋をテーブルに乗せて見せると、三人組が慌てて止める。
「待て待て。お金は、見せびらかすものじゃない。その銀貨1枚で一人が一日食える。飯を食えてない奴はなんだってするぞ、まあ復興需要で職には困らんがな……」
「しまっとけしまっとけ」と促されてから、強引に話題も変えられた。
「俺達はな、スライム専門の退治屋だ。オガルテの能力で、スライムから魔力だけを吸い取って売るんだ。工事用のゴーレムや魔法薬に、魔力は幾らあっても売れるからな。どうだ、がっかりしたか?」
「そんなことない、全然ないよ。むしろ興味深いよ」
ソルタの本音だ、村の外の話はどれも珍しく面白い。
ねばねばと動くスライムを、罠に嵌めて拘束し金属棒を突き刺して魔力だけを取り出す。
金属棒の途中に設置した魔水晶へと魔力は流れ込み、これを一日に何度も繰り返すそうだ。
三人ともが、魔王に滅ぼされた南方の国の難民で、エオステラが受け入れてくれたことを感謝しているとも語った。
「魔王の侵攻ってそんなに酷かったの?」
お店の女の子達が持ってきた酒を舌で舐めながらソルタは聞いた。
飲み干すにはちょっと酒精がきつい。
「おお、酷いなんてものじゃなかったぞ。俺達はエオステラの南、小国が固まってる地方の生まれだが、騎士も軍もあっという間に消滅してな。国の半分以上は死んだだろうな」
「魔王の前は東部三千万人って言われてたが、北部のエオステラが1500万人いて、それが300万人はやられた。南部諸国は1500万人から600万は殺されたって話だからな」
「この国に辿り着けたのも奇跡ってもんだ、しかもしっかり食えてるからな」
三人はしみじみと語る。
ソルタは少し踏み込んだ質問をする、何となく聞きたくなったのだ。
「この国に不満とかないの?」
「ん? 不満か、そりゃ故郷が恋しくないと言えば嘘になるが、戻っても安全も食料もないからな」
少し考えたガイアンが付け加える。
「エオステラは軍が強いせいか、討伐屋や冒険者の扱いが悪いかな。ほら俺達はスライムの専門だろ? 魔物ってのは種類が多くて対処も専門的になる。それぞれがギルドを組んでこつこつやってるが、一応は人や街を守る仕事だし、もう少し補助金とか保険とか支援して欲しいな。騎士は強いが対人戦闘の専門家で、俺達のような仕事も絶対に必要だからな」
ここでもお金だ。
ソルタがそっと腰の革袋に手をやると、銀貨が僅かにこすれて音を立てた。
今聞いたことをアキュリィに伝えて効果があるだろうか、ラーセンに話した方が良いだろうか、そんな事を考えていると店の扉が勢いよく開いた。
先程ガイアン・マジュー・オガルテの三人組にボコられた連中を先頭に、街の警備兵らしきのがぞろぞろと入ってくる。
「あっ、あいつです、あいつらです」
ソルタ達が指さされ、警備兵がやってきて告げた。
「街中の喧嘩は、禁錮3日か罰金で銀貨十枚だ。今すぐに選べ。後ろのあいつらは罰金を払ったぞ」
両手を広げたガイアンが言い返す。
「そんな勘弁して下さいよ。俺らみたいな善良な市民を取り締まるなんてどうかしてますよ。あいつら、この店を潰そうとしてるだけですよ? 自分らが娼館を仕切るために。しかも西の方から来たよそ者だ」
「知らんな。あいつらは罰金を払った、しかも倍額でな。お前らが払わないなら、牢に入れる。それだけだ」
成り行きを見ながら、ソルタはアルプズを探す。
悪魔は店の奥の方で待機していて、『やりますか?』と目で問うてきたが『何もするな』と返すと僅かに頷いた。
ソルタが腰から革袋を外して警備兵へと投げつけると、銀貨が一斉に良い音を奏でた。
それからなるべく感じを悪くして言い放つ。
「3人分だ。それを持って消えろ」
「な、なんだとこのガキっ!? いや届け出では4人に絡まれたとあった、4人目がお前だな!?」
「そうかもな、後ろの奴らは見覚えがある。店の前で騒いでいて邪魔だったので、つい殴った気がするな」
村を出て5日目、ソルタは牢屋の住人になった。




