14歳は騙せない
新しい妹が、馬車の窓から身を乗り出して喋り続ける。
よくもまあ飽きないものだ、都会の女の子とはこういうものなのだろうか。
「それでねそれでね、戦後になったら家庭教師の数が足りなくてね、学校ってのが出来たんだけど、貴族や騎士の学校だけ男女別学なのよ。あれ多分お母様のせいよ。だってほらいきなり子供が出来ましたって、私のことだけど、普通はお家がひっくり返るもの。でねでね、女子棟と男子棟は別なんだけど、1階と2階ですれ違うとこがあるの、女子が2階よ。そこでみんなね、気になる人が居たらハンカチ落とすの、けどね間違った人に拾われることがあってね、って聞いてるお兄様?」
ソルタは馬車の隣でプニルに揺られながら、右耳だけで聞いていた。
プニルはとっくに耳を伏せている、馬は便利だ。
「あー聞いてる聞いてる。学校か、行ってみたいなあ」
ソルタは同世代の友達が欲しいのだ、同世代の妹が増えるなんて夢にも思っていなかった。
アキュリィがぷくっと頬を膨らませた。
「全然聞いてないじゃない。もう一回話そうか?」
「あーそうだね。ハンカチで決闘を申し込むんだっけ」
「違うわよ! なんで乙女のハンカチが血生臭くなるのよ! えっとね……」
まあ、妹の機嫌が良いのは悪いことではない。
しばらく喋らせておこうと思ったところで、侍女のミリシャが止めてくれた。
「姫様、少しはお兄様を解放してあげないと。殿方には殿方同士のお話もありますから、それにもうすぐ森も抜けますので」
ミリシャがソルタを見て少しだけ微笑む。
良いなあ、とソルタは思わざるを得ない。
落ち着いた美人なお姉さんでよく気が付いて控えめでお淑やか、向こうから話しかけてくれる事はないが時々目が合う。
『何時も妹が迷惑かけてますね』と話しかけたいが、そこから話を繋げる自信が全くない。
それに今日は、初めて会った時のような首まで隠す詰め襟でなく、胸元が少し見える衣装。
初めて見る女の子の谷間に視線が持っていかれそうになる。
『私に話しかけるなど、身分をわきまえなさい』ならまだしも『ちらちら見てましたよね』などと言われたら立ち直れない。
完全に諦めたソルタは馬車を追い越して、騎士達に合流する。
先程からソルタについて話し合っていたのだ、特に隠す気はなく丸聞こえだったが。
老騎士ラーセンが笑顔で迎えてくれた。
「ソルタ様、ご足労をかけます。今皆でソルタ様のお立場について話しておったのですが」
「あ、はい。何となく聞こえてました」
騎士は、軍人であり官僚であり、主君の個人的家臣でもあり、ラーセンはかなり上位の役職を持つらしい。
アキュリィの祖母に付いてハルス家から転出し、母のテティシアが生まれた時から側に仕えた。
今は公主官房統括審議監で、軍務政務の両方へ命令権限を持つ重臣だそうだ。
田舎の子であるソルタにはどう接して良いかも分からない。
だがラーセン達もソルタの扱いについて頭を悩ましていたようだ。
「ソルタ様が姫様の兄君であることを、我々は疑っておりません。ですがどのように遇すべきかは、奥様のご判断がなくては我々には決められません。ご理解いただけますか?」
「はい。もちろん」
「ありがとうございます。それと兄君の存在はなるべく隠したく存じます。王都に入り女神エーテリアルの神殿で、兄君であると宣誓していただければ、余人が姫様のご結婚に付いて口を挟むことは出来なくなります」
「はい。了解です」
それからソルタの仮の身分は、森の中で姫様を助けてくれた一介の冒険者、ということになった。
お礼をしたいので客人として遥々王都まで招かれるのだ。
ソルタにしてみれば、元々そんなつもりで家を出たので何の問題もない。
森の外で溢れる魔物を倒して、ちょっと名前を売るか仲間を見つけて、人の街に行ってみたいという大雑把な計画。
アキュリィを呼び捨てにするなど、気を抜かなければ上手くいくだろうと思えた。
ただしアキュリィは否定的だ。
「そんな上手くいくわけないじゃない」と膨れている。
しばらくソルタと口をきかないようにするのが不満なのだ。
「大丈夫だ、お兄ちゃんの演技力を信じろ」
「どうかしら。ミリシャに話しかけたいのも隠しきれてないし、見てるし」
「なっ、なにを!?」
アキュリィは思い切り舌を突き出すと、馬車に引っ込んだ。
まさかバレているとは、ソルタは全く想像もしていなかった……。
一団は森を抜け、最初の砦に入る。
戦後に作られた城塞で、三百人の兵が駐屯している大きなものだ。
指揮官の騎士が迎えに出てくる。
「ラーセン様、ようこそお越しくださいました。貴方がおられるという事は、後ろの馬車には……?」
「うむ、姫様がおられる。詳細は、済まぬが話せぬ」
「いえ、構いません。ご挨拶を申し上げても?」
「それは大丈夫だ。姫様、ゼクシオ・ゲルザイルがお目にかかりたいと」
ソルタはこのやり取りを一団の後ろの方で見ていた。
ベテランの騎士達は、誰もが三百人の指揮官よりも立場が上に見える。
どうやら妹は、自分のわがままに国の主要騎士を付き合わせたようだ。
ふと、騎士ゼクシオがソルタの方を見た。
ソルタは目をそらす、目立ってはいけないのだ。
だがゼクシオが叫んだ。
「な、なんですか、こちらの方は!? ユニコーンは、まさか本物!? それに見たこともない鎧と装備の数々!」
バンっと、馬車の窓が大開きになって、アキュリィが顔を出す。
「あらゼクシオ、お久しぶり。国境勤務ご苦労さま、お母様も感謝してるわ。さてと、だから言ったじゃない! 何処の世界に一角馬に乗って超古竜の鱗鎧を着た一介の冒険者がいるのよ!」
次の街に入る時、ソルタは鎧を脱いで、妹と一緒に馬車に乗っていた。
外から見えないここが一番目立たないのだ。
ただし、一日中妹の話に付き合わさられるし、侍女ミリシャのいい匂いがするわで散々に疲弊した。
その代わり、村の外の事にはかなり詳しくなった。
気になったのは二つ、魔王軍の残党がまだ北方に残っていることともう一つは。
「えっ? お兄様、お金を知らないの? 聞いたことあるけど、見たことも使ったこともない?」
妹が心底から驚いていたことだった。




