勇者と聖女の力をあわせ持つとはこういうことだ
「これで半分、残り4人」
ソルタは近い方の二人を振り返った。
「ひっ!」
騎士に付く従者か人足の格好をした二名が怯えた。
当然だろう。手には大振りのナイフ、色からして毒付きを持っているが、二人とも軽装だ。
物理攻撃は物理で防ぐしかない、つまり装備が重要になる。
良い素材を魔法で超硬化した鎧や盾が人類の主要防具だ。
物理攻撃を魔法で直接防ぐことは出来ないが、道具や素材を魔法で強化するのが人類の得意技だ。
それがなければ、人類は文明種の中でも弱い方に入る。
ソルタの指弾が一人の右足をあっさり捉えた。
六枚の加速魔法陣を通過した小石は、64倍の速度を得て右足を千切り飛ばす。
練習した甲斐があったというものだ、やはり指で弾いて攻撃するのはいい。
今は次女になったフィーナには、ダサいから止めてと言われたが、女にはこのカッコよさが分からないのだろう。
隣のもう一人は、短くなった右足を押さえて転げ回る同僚を見て戦意を失ったようだ。
「降伏しろ。逃げたら背中のど真ん中を狙う。俺は妹の敵には容赦しない」
ソルタの降伏勧告に直ぐに武器を捨てた。
残り二人の片方も武器を捨てたが、最後の一人は逃げ出した。
しかも姿勢を低くしてジグザグに的を絞らせないようにだ。
「あ、まずいな。アルプズ任せる」
悪魔は、逃げた奴の正面に現れた。
一人として逃がすつもりはないので、良いと思う場所に陣取れと命じてあった。
「上位魅了。もう恐れる必要はない、私と主の元に行くのです」
男の夢魔の精神操作は、男にも効くようだった。
なんて恐ろしい。
最後の一人を捕らえたアルプズは何かを訴えるように、ちらちらとソルタを見てくる。
何となく見覚えがある、褒めて欲しい時の妹達の態度に似ていた。
まさかと思ったが、手伝ってくれたお礼は言うべきだろう。
「アルプズ、ありがとう。流石だね、傷一つつけずに捕らえるなんて」
「おお、ありがとうございます。ですが、もう少し上からお願いします」
「……アルプズ、ご苦労。よくやった」
「お褒めにあずかり光栄でございます。我ら悪魔は契約者を喜ばせることを無上の愉悦としておりますので」
そういえばと、ソルタは思い出す。
魔族のママが一番甘かったなと、べたべたに甘やかすが子供達を叱るのが苦手で、悪さをしても怒らずに悲しい目で見つめるだけだった。
まあそれはそれで子供には効くのだが。
「アルプズ、動ける二人も見てて。逃げたら今度は殺せ」
「はい。仰せのとおりに」
脅し文句に降伏した二人がぺたりと座り込んだ。
アルプズが悪魔らしい鋭利な爪を伸ばして見せたのも効果あったのだろう。
「さてと、そろそろ来るはずだけど。その前に死にそうな奴だけでも……」
ソルタは負傷者を見て回る。
足が飛ばされた奴は自力で止血している。
燃やした魔法使いは急所への直撃だけは避けたようだ、両手は炭化しているが生きてる。
魔法の速度、標準速度は秒速で36.3メートルだ。
ソルタはこれを親父から習った、非常に大事なことだと。
敵の魔法をかわせる距離、反応出来る距離を知ることが戦いのコツ。
しかも、どれだけ強力な魔法があっても距離を詰められて物理で刺されれば、負けるのだ。
だから前衛が重要で、騎士などといった重装備の役割が廃れることはない。
前衛を潰された魔法使いは脆い。
潰した前衛の騎士、ソンスリオはまだ生きていた。
顔は完全に潰れていたが、死にそうにはない。
腹を貫いた岩石顔の騎士は重体だった、いびつな小石が腹の中で暴れたのだろう、放っておけば長く苦しんで死ぬ。
「異物除去、大治癒」
小石を傷口から出す、激痛だが痛覚低下までしてやる義理はない。
体内の傷は直すが増血や体力回復もしない、死なない程度の手当だ。
しかし敵を治すのは時間がかかる。
これだけの傷でも、妹相手なら痛みを全て肩代わりしても1分とかからない。
ソルタ自身の傷でも3分くらいだろう。
母レアーならソルタたちの傷を秒で治す、母親の子供への治癒魔法は効率限界を超えて奇跡の領域だ。
魔力が少なく自分の怪我も治せない母が、瀕死の我が子を救うこともある。
だからこの世界では、戦いは成人した男同士でやる。
女子供を巻き込むのは禁忌だ。
癒やしと大地と子育ての守護女神エーテリアルの加護を失えば、人類は生存すら難しくなるからだ。
アンデッドの魔王は、そのくくりから外れていた。
集結した軍勢を避け、または囮をぶつけて、無防備な集落を狙い殲滅する。
だから人類も他の文明種も、莫大な被害を出すことになった。
かつて現れた5体の魔王、その全てから受けた被害よりも、アンデッドの魔王一体から受けた被害の方が遥かに大きい。
「30分はかかるな、これ……やめちゃおうかな……」
名前も知らぬ敵への治癒の難しさにソルタが絶望した頃、多人数の足音が聞こえる。
アキュリィを中心にして、ベテランの騎士達が勢揃いでやってきた。
突然、ソンスリオが叫ぶ、まだ喋れるとは驚きだ。
「ほっひだ! ほいつが、ほうたいをはわわした! ひょうはつひろ!」
『こっちだ。こいつが正体を現した。討伐しろ』かなと、ソルタは解読した。




