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1話 魔王城に住む少年


 広大な森の中に小さな村があり、村には巨大な魔王の城があった。

 そして元魔王城に、今はとある一家が住んでいる。


「もうこんな家にいられるか! 出ていく!」


 15歳のソルタは、元魔王城の正面扉を中から跳ね開けた。

 扉は何時もより大きく開き、苦しそうな音を立てながら閉まる。

 ソルタが家を出ると決心をした原因は家族にあった。


 母親達の過保護と過干渉、息子を『ちゃん』付けで呼ぶのはまだ良い方で、子離れ出来ずにべたべたと引っ付く上に、一人での行動も危ないので駄目だと言い出す。

 自分達が付いて行くのを拒否されると、悪魔や使い魔や精霊を呼び出して護衛させようとする。

 

 それが一人ならまだしも、ソルタの母親は4人もいる。

 もちろん産みの母は一人だが、4人共が父の嫁なので4人の母親だ。

 ソルタが生まれたのは魔王討伐に向かう旅の最中で、魔物の群れがうごめく深い森の中、それから母親達は片時も目を離さずに子供達を守り育ててくれた。


 なのでソルタもかなり大きくなるまでは、『お母さんが4人もいて嬉しい』としか思っていなかったが、男の子は母親離れするものだ。

 今も変わらず抱きついて撫で回す母親達に「母ちゃん! あんまベタベタすんなよ!」と言ったところで効果がない。


「母ちゃんだなんて……昔みたいにママって呼んで?」


 むしろ恥ずかしげもなく返される始末だ。

 何を言っても「幾つになっても子供は子供よ。ママたちが心配するのは当たり前でしょ?」とくれば返す言葉もない。


 今日こそソルタは家を出る、夜になっても戻らないという強い決意と共に。

 元魔王城の庭にある厩舎から、一頭の一角馬(ユニコーン)を連れ出した。


「プニル、一緒に来てくれるな?」


 ソルタが話しかけると、黒毛の一角馬は仕方ないなとばかりに鼻を鳴らす。

 この伝説の魔獣は人語を解し、ソルタにとっては弟のようなもの。


 プニルの父馬も一角馬(ユニコーン)で、雄大な馬体と強力な魔力を持ち、村にいる他の若い馬の父親でもある。

 それゆえプニルも問題を抱えていることをソルタは理解している。


 この村にいる年頃の牝馬は、全てプニルと腹違いの姉妹なのだ。

 いずれ自分の群れを求めて旅立たねばならない、だからソルタはプニルを連れて行く。


「なあプニル、何だかわくわくしないか? 何処かで誰かが呼んでいるような。今日こそ空から女の子が降ってきたりして……」


 ソルタが見上げると、朝靄の空からは冷たい水の臭いがした。

 村は氷河を乗せた山脈に近く、大きな湖もあるので寒くなると何時もこれだ。


 賢い一角馬が、何言ってんだこいつという目つきで「ふんふん」と鼻を鳴らせて注意を引く。

 元魔王城から誰かが出てくるのだ。

 ひょっとして母親達が追ってきたのかとソルタが身構えると、鈍い音を立てながら元魔王城の扉が開いた。


「なんで毎朝毎朝、こんな重いの開けなきゃいけないのかしら。今日は特に……このっ!」


 遠慮なしに扉を蹴って出てきたのは、小柄な少女。

 十年前に出来たこの村に二人しか居ない10代の少年少女のもう一人だった。


 大きな麦わら帽子と白いブラウスと紺のスカート、革のベルトで腰を締め、足はミュールを引っ掛けただけで大きな籠を抱えている。

 麦わら帽子に半分隠れた少女の耳は鋭く長くて、樹上の住人とも呼ばれるエルフのもの。


 大胆に足を上げて扉を蹴り開けた少女の機嫌は良くなく、露骨に表情と目つきに出ていたが、ソルタは全く動じない。

 基本的に寝起きは不機嫌なのを知っているから。

 

 ついでに少女の上から下まで様子を見るが、変わったところもなく健康状態はとても良い。

 すると少女の表情がころころと変わる、扉を蹴ったことを叱られると思ったのだろう。

 最初はまずい見られた、どうしようかと考えて、そしてちょっと不安になり、最後に何かを思い切って大声で啖呵を切る。


「ちょっと! なに見てるのよ!」


 言うだけ言うとわざとらしくスカートを手で抑える。


「ほー、そうきたか」


 逆ギレしてくるとはソルタでも読み切れなかった。

 ただし怒り返したりはしない、最近は母親たちに「反抗期だから余り怒らないであげてね」と注意されてるのだ。

 それに扉が重いのはソルタのせいだ。


「まあいいか。ところでな、お兄ちゃんちょっと出ていくから」

「んんー?」

「家を出るって言ってるの」

「ふーん。あーまたお母さん達と喧嘩したの? お兄ちゃんが冷たいって泣いてるふりしてたわよ。まあいいけど、夕ご飯までには帰ってきてね」


 生意気なエルフ耳の少女は、ソルタから3つ離れた12歳の妹だ。

 ソルタに長い耳はない、父も母も人類種でこれといった特徴はない。

 この妹の母親はエルフで、つまり異母兄弟になる。


 妹の名前はフィーナ、エルフに伝わる美の女神から貰った名だ。

 本人はお母さんそっくりの美人になる予定なのと主張してるが、ソルタからすると父親要素が濃く見える。


 ソルタが「お前は、お父さんに似てるな」と煽ると「なんでそんなこと言うの!!?」と怒り出し、しつこく言い続ければ泣き出す。

 それくらい仲が良く、可愛がっているとソルタは信じている。

 だが何故か、フィーナの口癖は「お兄ちゃんはいじわる」なのだが。


「残りはどうした? まだ寝てるのか」

「朝ご飯食べてたけど、呼んでくる?」

「そうだなあ……いや、いいよ」


 家の中から今にも弾けそうな、小さな魔力の塊が全力ダッシュでやってくるのを確認していた。

 ソルタには父と母から受け継いだ魔法の才能があり、強い魔力を持っているが制御する方法を知らない子供の位置なら寝てても分かる。


「朝だ! おにいちゃんがいる!」

「おねえちゃんもいるぅ!!」


 開け放たれた元魔王城の正面扉の向こう、広い廊下に二体の小さな妹が現れた。


「どっちにいく?」

「どっちもか?」


 妹達のテンションは朝から高い、兄と姉とどちらに飛びつくか吟味している。

 ついっとソルタから離れたフィーナが、お兄ちゃんの方に行けと無言で指差し、それが合図となった。


「おにいちゃあああああん!」

「おはようううううっ!」

「あーこら、止めなさい。走らない飛ばない潜らない!」


 下の妹の年齢は6つと7つ、15歳のソルタが二人まとめて何とか相手出来るサイズだ。

 二人はコケるなんて考えてもない全力疾走を始めた。

 兄へと走って飛びつくこと以外はもう何も考えていない、これまで幾度も足をもつらせては地面で顔面を強打して大泣きしたと言うのに。

 そして次女が数歩リードしたところで、遅れまいとした三女が飛んだ。


「あーもう、だから飛ぶなって言ったのに」

「きゃ!」


 フィーナが飛んできた妹の衝撃波にスカートを抑えた。

 三女のサターナは、母親から受け継いだ魔族の血により音速の3割程度で飛ぶことが出来る。

 しかもまだ小さいながら頭部に一対の堅い角まであり、当たれば怪我では済まない、だが兄には効かない。


 ソルタは右手を前に出して青い魔法陣を展開する。

「速度吸収、五層」

 青い光が妹を包み込み、そして妹が空中で止まった。

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