【番外編その2の続き】2-6.蜜月が終わったその後に
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次にサリが昼に登城するのは、これから二年以上も先のこととなった。
あの日からというもの、登城する度にフリッツは不機嫌な顔を崩さなかった。それでも仕事だけはしっかりやる。だが決して残業しようとはせず、毎日定時で帰っていくようになった。
どうやら学園でも同じ様子らしい。
だが仕事に支障をきたすことなくキチッとできているので文句をいう筋合いでもない。
アンドリューは、「これはこれでアリかな」と見守ることにした。
表情が厳しいのは元々といえば元々だ。笑顔のフリッツの方が希少だったのだ。
真面目だった側近が人生で初めて知った恋にトチ狂っただけであって、結婚して一年も過ぎれば熱も程よく冷め落ち着いていくのだろうと誰もが胸を撫で下ろした。
それなりに穏やかな日々。
だがそれは始まったのと同じように、ある日を境に再び暗雲が立ち込めることになる。
突然、満面の笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間には冬眠前の熊のように全く仕事をせずに、その場で落ち着きなくウロウロし続ける。
正直、ウザい。
フリッツ・アーベル=シーランは、それを日に何度も繰り返すようになったのだ。
やはり、側近でいさせるのは問題があるかもしれないとアンドリューが悩みだしたその時。
「シーラン伯爵、おめでとうございます! 予定日より一週間ほど早いですが、先ほど、シーラン家に待望の、ご嫡男がお産まれになりました! 母子ともに健康だそうです!」
執務室への入室の取り決めなどなかったかのような勢いで、早馬に乗った使者が駆け付け、開口一番そう叫んだ。
フリッツは、アンドリューに勝手に許可を取ると執務室から走り出していた。
使者の早口での報告を背中で受ける勢いだった。
「おーい、私はまだお前に帰宅許可を出してないぞー」
アンドリューは、遠くなる背中へ声を掛ける。
もちろん答えが返ってくる事など期待していない。
「これで落ち着く……訳はないか」
「馬鹿親まっしぐらになりそうですね」
「息子だろ。子供相手に、サリ夫人を取り合う姿が目に浮かぶな」
「うわー、ありそう」と口々に揶揄し合う。
有能な元堅物がポンコツに成り果てたのは困り物ではあるが、幸せそうなその姿に、執務室のメンバーは肩を竦めて仕事に戻った。
「さぁ。また暫らくはアイツが使い物にならなくなるぞ。仕事を割り振るから覚悟しろ」




