第三十八話 王太子は断罪する
※ 時間軸を婚姻式開始時へ戻します。
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「私自身に対しては、さきほど掴みかかってきただけだ。だが、それ以上に許せない事をしていたんだ、彼女と、そしてなにより、君の姉君の婚約者がね」
王太子から突然見つめられて、サリは声も出ないほど驚いた。
しかし、それ以上に教授が驚いていた。
「殿下、何を言われるんですか! あなたは私の味方なのではないですか」
焦って立ち上がると、サリの目の前で王太子殿下となにやら揉めだした。
「何故私がお前の様なボンクラ男の味方をせねばならんのだ、フリッツ。大体、王太子たる私の側近であるにも関わらず、この国の経済を支えている組織についてまったく知らないとはどういうことだ」
目を細めた王太子から睨まれて、教授が言葉に詰まっている。
いつも冷静沈着で居丈高な教授が、王太子の言葉ひとつで赤くなったり白くなったりと顔色を変えていく様は、サリだけでなく参列者の誰にとってもあまり見た事の無い情景だ。
「確かに、お前には国民の健康を守るという重要な使命がある。だが、だからといってたかが女の甘言を鵜呑みにして情報を錯誤したまま吹聴して回るとは。情けない」
両てのひらを天へと向け、肩を竦めてみせる。芝居じみたポーズでフリッツを甚振りに掛かる王太子は、なにやらとても楽しそうだった。
いや、楽しそうに見えたのはそこまでだった。
表情が一瞬で引き締まり、王太子の話す声のトーンが一段下がる。
「お前がくだらない女の嘘を見抜けずあっさりと信じ込んだせいで、我が国の宿願であったヴォーン家に爵位を与えて国に縛り付けるという陛下の肝いりであった案件まで台無しになる寸前となったのだぞ。文官が気が付いて良かった。一代爵である准男爵位の返還に関する申請書にはまったく不備がなかったものだから、受付たのがお前並みの判断力しかないような文官であったならそのまま受理してしまうところであったわ。どうしてくれるんだ、この国からヴォーン商会が丸々隣国へ引っ越してしまっていたら。どれだけの損害をこの国へ与えると思っているんだ」
その言葉に、教授は大きなショックを受けたようだった。
サリへと振り返り、問い詰めた。
「君は、僕と結婚が嫌で、隣国へ出国するつもりだったのか。それほど、僕が嫌だったのか」
会話の筋を無視する教授の態度に苛立ったのか、王太子が声を荒げた。
「おい、聞いていたのか。私はこの国への損失に関して話を……おい、フリッツ」
しかし肩を抑えて振り向かせ様にも、フリッツはじっと答えを返そうとしないサリを見つめたままだ。
「……」
「僕を一生、赦すつもりはないのか。受け入れる余裕はこれっぽっちも、まったくないのか。確かに、僕はそう言われても仕方がないことをした。赦される筈もない。それだけのことを、僕は君にした自覚がある」
ぎりりと音が聞こえそうなほど、教授が歯を食いしばった。
空白が、辺りに漂う。
はくはくと幾度も口を開けたり閉じたりを繰り返した後、ようやく教授は、絞り出すように、続く言葉を紡ぎ出した。
「わかっている。目の前にいる君を好ましいと思っていながら、それでも先に聞かされていたマイナスのイメージにしがみつき、心を揺らさない揺らして堪るものかと意固地になった。そうして、より辛辣な言動を繰り返した。嫌われても仕方がない」
「!!!」
聴き間違いだろうか。今確かに、教授は、サリを好ましいと思っていたと、口にしたのではなかろうか。
バクバクと自分の心臓の音がうるさく耳に響いて、教授の言葉が上手く聞き取れない。
サリは耳元まで響く鼓動の音があまりにも大きく激しすぎて、このままでは自分が破裂してしまうのではないかと思った。
いや、もしかしたら既に破裂して死んでしまったのかもしれなかった。
何故なら、この場には自分と教授以外にも沢山の人がいる筈なのに、サリには教授しか見えなかったからだ。
周りを見回そうにも視線を外す事すらできずに、ただ教授が喋る言葉を、一心不乱に聞き取ろうと、耳を澄ます事しかできない。
一音たりとも聞き逃したくなかった。
「僕は、僕の我儘で約束を果たさずにいたにも拘らず黙って待っていてくれた女性を信じ込み過ぎた。そのせいで、彼女がした発言の裏も碌に取らず、理不尽で不当な言動を君と君のご家族に対して行ってきた。それは偏にその情報を伝えてきたその人のせいではなく、きちんと情報を精査することなく鵜呑みにした僕自身の不明によるものだ」
「僕の世界は、狭かった」
「それでも、君と君達家族はずっと誠実に対応してくれていた。ヴォーン准男爵の治療に当たっている間、君たち家族は愛情溢れる理想的な家族だった。とても自然で、素晴らしい絆で、結ばれていた。村人との遣り取りや使用人達との間の関係も、とても……とてもではないが悪辣な商売を行っている人達には、見えなかった」
訥々と、ゆっくり言葉を探すように途切れさせながら、それでも真摯に伝えようとしている教授の姿が、サリの目には眩しく映る。
あれほど頑なであった教授が実は自分達家族を認めていてくれたこと、そしてそれをこうして皆の前で言葉にして伝えてくれることに胸が熱くなる。
なによりも、こんな時でも教授の背筋はまっすぐで。それを見ていると、サリまでいつもよりもまっすぐ立たねばならない気がするのだ。




