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第二十二話 苺のパウンドケーキ



「あのね、これ実は私が作ったパウンドケーキなの。もしよかったら、食べてくれないかしら」


 がさがさと、さきほどエブリンが乱雑に引っ張って捩ってしまったリボンを解いて中のケーキを取り出した。


 綺麗な焼き目が付いた、ほんのりと赤いケーキが中から現れる。


 ラッピングを解いて中から出てきたそれからは、バターだけでなく、甘い苺の香りが漂ってきた。


 ごくり。主に目の前で謝罪していた、エブリンの咽喉が鳴った。


「あの……いいの?」


 先ほど、あれほど血相を変えて止めに掛かった開封の儀があっさりと目の前で行われたことに、エブリンだけでなくクラスメイト達もたじろぎを見せた。


 だが、目の前に差し出されたケーキの誘惑は、あまりにも強すぎた。


 躊躇しつつも、誰より先に手を伸ばしたのは、結局エブリンだった。


 すでに切り分けてあったそれを、ひと切れ掴んで箱から取り出す。


 ほわほわの断面はほんのりピンク色をしていた。


「うわぁ。苺のいい香りがするぅ」


 目の前で、燦然と輝かんばかりの美しい断面を掲げる。

 躊躇していたクラスメイトの瞳も、ひと切れのパウンドケーキにくぎ付けだ。

 皆が見守る中、エブリンはそれを、頬張る為に口を大きく開けた。


「い、いただき……あれ?」


 さっと伸びてきた何かに、エブリンはそれを奪われた。


 いつの間に奪った……いや、この教室に入ってきたのか。


 右手でエブリンから取り上げた苺のパウンドケーキ、そしてその左腕にはサリから取り上げたパウンドケーキが詰められた箱が抱えられている。


「僕は苺のクリームケーキが好物なのであって、苺のケーキなら何でもいいという訳ではないのだが……まぁ、これも悪くない」


 もぐもぐと頬張っていたのは、エブリンではなかった。


教授(プロフェッサー)


 背の高いエブリンよりも更に頭半分背が高いその人の名が、教室でさざめくように広がっていく。


「遅いから迎えに来た。もしかしたら校内で迷っているのかと思ってね」


 フリッツが、ぺろりと親指に残ったケーキの滓を嘗めとる。

 その仕草に当てられて、サリの後ろに立っていた女生徒のひとりが顔を真っ赤にして床にひれ伏した。


 しかし、サリも肝心のフリッツも、それに気が付かずに会話を続けていた。


「医科大学の学舎棟は不慣れですが、高等部内しかも自分の教室でなど迷いません!」

「そうかい。だが、迷ったのでないのなら、ランチの約束をした婚約者を、これほど待たせるものではない。迎えに来て欲しいという催促かと思ったよ」


「「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」


 教室、いや廊下に集まってきていた生徒たち全てに衝撃が奔った。


教授(プロフェッサー)!」

「迎えに来て欲しかったんだろう? そして、出遅れた罰として、僕の為に焼いたケーキを他の生徒に食べさせようとした」

「ちがっ」

 サリが慌てて否定する。

 その顔は、耳まで真っ赤であった。


 しかし教授はそれについては何も言わず、きらりと瞳を煌かせただけだ。


「さぁ、いこう。婚約者が焼いてくれたものだとしても、ケーキはやっぱりデザートで食べるべきだ」


 そうして、するりとさりげない仕草でサリの腰を押して教務室へと足を向けさせた。


 サリは慌てて机の上に出しておいたレジュメに手を伸ばした。それをしっかり胸に抱えると周囲のクラスメイト達へペコリと頭を下げる。そうして、改めて教授のエスコートを受けて教室から出ていった。


 教授があまりにいつもの通りで、誰よりも堂々としているので誰も声を掛けようともしない。ただあっけに取られて見ているばかりだ。


 けれどもサリはそう簡単に流される訳にもいかない。

 確認を取らねばならないことがあった。意図せぬ失言であったなら取り繕う方策を練らねばならない。


「あのっ。……婚約者って、言ってしまって良かったんですか?」

 慌てた様子のサリが囁くように小声で問い掛ければ、あっさりと返された。

「ん? 何故だ。僕達はあとほんの三月(みつき)足らずで結婚するんだ。秘密にしておく方がおかしいだろう」

 教授からそう堂々と言い切られて、サリは自分の感覚がおかしいのかと不安になる。

「そういうものですか」

「あぁ、そういうものだよ」


 そのふたりの行く道を、クラスメイト達はまるで引き潮のように後ろへと下がって通した。まるで舞台の花道のようだ。


「正直、このケーキは見た目や香りはかなりカフェの物と近いが、味は全くの別物だな。やはり材料が違うのか?」

「材料もですけど、レシピが違いますから。このパウンドケーキはフラワーバッター法で作ったんです。初心者向けの失敗しにくいレシピなんです」

「ほう。レシピというのはそれほど味に違いが出るものなのか」

「はい。お店のパウンドケーキは、シュガーバッター法といってバターと砂糖を真っ白になるまで泡立てる様に混ぜ合わせてから、少しずつ卵黄を加えていくんです。そうすることで、バターの香りが立ってホロホロと舌の上で蕩ける様に柔らかい生地に仕上がるんですよ」

「それでフラワーバッター法というのは?」

「最初に、よく練ったバターに小麦粉を……」


 何故かパターケーキのレシピについて語り合うふたりの姿を、生徒たちは息を止めて見送った。



「ねえ。“婚約者”って、言った?」

「言ったわね」

「言い切ってたわ」


「「「サー・クリームケーキ本人が!」」」


 !!!!!!!


 秘書科の生徒のみならず、教室が隣接している経理科や文書(もんじょ)科の生徒までもが、突然の、いがみ合っていると思われていた学園の人気者同士の婚約話というビックニュースに沸いた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘いものに対する異常な嗅覚w ポンコツが嘘のように颯爽と登場し去っていく。 ニクいねぇ、プロフェッサー!
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