第十九話 久しぶりの学園
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久しぶりに学園に登校した日、実家から直接学園の門を潜ったところでクラスメイト達に囲まれた。
寮生でもある彼女らと顔を合わせるのも、三カ月ぶりだ。
「よかった。サリ。あなたが学園に帰ってきてくれて、嬉しいわ」
「心配していたのよ。大変だったわね」
「良かったわ、サリのお父様が助かって」
「もうお家のことも落ち着いたのね? 元気そうなサリの顔が見れて嬉しいわ」
元々細いサリが更にほっそりとしていることに気が付いた彼女らは、それでも父親の無事を祝い、サリが学園へ戻ってきたことを心から労ってくれる。
「皆、ありがとう」
養生中の父に商会の運営は無理だし、父につきっきりになっている母は、元から商会の経営には向いていない。弟はまだ初等科に通い始めたばかりだ。
つまり、ヴォーン商会の経営がサリの肩へと圧し掛かってきていたのだ。
まだ学生の身分しかないサリに学園に通いながら片手間で出来る仕事である訳もなく、ずっと休学していたのだった。
学園からは、父親の回復次第により、復学後に補習を受けるなり卒業時期を延ばすなりの対応をすると理解ある回答を得られていたが、実際に復学できるかどうかはまさに『父親の回復状況による』ものであった。
ダル・ヴォーンは准男爵、つまり一代限りの爵位だ。
子供にその爵位が継承されることはなく、彼が死ねばそのまま返上となる。
領地がある訳でもない為に、彼が長期に渡って病床についていようがリハビリに専念しようがある意味爵位を返上する必要はない。
ただ、彼が死んでしまった場合、家族の貴族位も返上となる為、サリは学園を退学しなければならないところだった。学園からの回答である『父親の回復次第』という言葉には、それも含んでのものであった。
サリは、久しぶりのクラスメイト達との会話を噛みしめた。
あの日から突然遠くなってしまった日常が、ここにはあった。
思わず涙ぐんだサリの肩が、横からぐいっと抱き寄せられた。
「本当よ。サリが学園のこの寮から去っていったら、私達の食生活は一気にレベルが下がってしまうところだったのよ。勉学に憂き身を窶すしかできなかったんだからね!」
「「「「エブリン!」」」」
周囲にいたクラスメイト達が揃って彼女の口を押さえ込む。
そのまま懇々と説教へと繋がった。
「言っていい冗談と悪い冗談があるわ。今のは最低よ?」
一緒に笑ってくれると思ったクラスメイト全員から総攻撃で説教を喰らったエブリンは目を白黒させた。
「う。……ごめんなさい。サリはどんな私だっていつも許してくれるから、つい。冗談が過ぎたわ。でも、お父様が御無事で良かったと思っているのは、本当なのよ」
流石にしゅんと項垂れてエブリンが謝罪する。
サリは、それをいつもの様に笑って受け入れた。
「いいのよ。エブリンの口が悪いのはよく知ってるわ。ふふっ。ちゃんと心配してくれたって事も分かってるから」
「サァリィィー! なんて心の広い優しい娘さんなの! 私が男だったら、絶対にお嫁さんになって貰うのにー! こんなに優しくていい子になんでまだ婚約者がいないの?!」
がばりとエブリンがサリの細い身体に抱き着いた。
大柄なエブリンに抱き着かれると、小柄なサリはそのふくよかな胸に圧迫されて息ができなくなる。
あわあわと藻掻いていると、後ろからグイっと引き剥がされた。
「ぷはーっ。もう! エブリンの胸で窒息死するところだったじゃないの」
自分で口にしておきながら、サリはそれが実際の死因になった時のことを考えて笑い出してしまった。
あぁ、自分は学園に、クラスメイト達とじゃれ合う普通の学園生としての生活に戻ってこれたのだとホッとしたのだ。
ひとしきり笑って、でも、笑っているのは自分だけだと気が付いて、周囲を見回した。
先ほどまで自分と視線を合わせてくれていたクラスメイト達の顔が、すべて自分を通り越して、ずっと上の方にある。
サリは、ゆるゆると自分をエブリンから取り戻してくれた人を、振り仰いだ。
がっしりとした大きな身体。
冷たく見える灰色の瞳に、サリだけが映っていた。
「……“サー・クリームケーキ”」
すぐ近くににいる筈のエブリンの声が、遠くに聞こえた気がした。




