序
昔から空を見上げることが好きだった。
青空を背景に流れる雲が、まるで海を泳ぐ魚みたいで。
幼心を沸かせる何かが確かに空にはあった。
16年という世界からみたら余りにも短い時間、しかし、高校1年生という今を生きる若者にとっては長すぎるその歳月は、あの時心を沸かせた何かを察するには十分といえる時間だったのだろう。
ドガァァァァァン
教室が爆ぜる音を背に浴びながらあの日の答えを導き出す。
「平和ってとても尊いものだったんだな」
周囲と隔絶されたかのような哀愁漂うその空間に突如
「よっちゃん!どうよ、楽しんでる?」
騒音と爆撃を起こした張本人が現れた。
「そう見えるんだったら君は相当おめでたい目をお持ち遊ばせてることになるよしんちゃん」
肩に腕をかけて笑いながらやってくる悪友に僕は皮肉ましましでそんな言葉を投げかけた。
「ぎゃはは、言うねぇよっちゃん。まっ、気持ちはわからなくもないがなるようになっちまったんだ。どうせなら楽しまなきゃ損だぜ。恨むならこうなる前に止められなかった数日前の自分を恨むんだな。」
それに、と気持ちがいいほどの笑顔で須木板伸介は言葉を続ける
「すました顔して案外こういうの楽しむタイプだろ。増谷義也くん」
伸介が底意地悪そうな笑みを浮かべると、その口の端からぎらついた歯が顔を見せる。
「はぁ、なにその普段は教室の端でおとなしく寝たふりしてるけど実はどうしようもない闇を抱えているタイプの主人公の相棒キャラみたいな台詞」
「普段は教室の端でおとなしく寝たふりしてるけど実はどうしようもない闇を抱えているタイプの主人公君は普段は教室の端でおとなしく寝たふりしてるけど実はどうしようもない闇を抱えているタイプの主人公の相棒キャラは嫌いかい?」
「長ぇ、うぜぇ、きめぇ」
「ぎゃっはっは、最高だぜよっちゃん」
伸介は軽いおちゃらけキャラの悪ノリ侍なので会話の脱線は当たり前、その割にはたまに的確なことを言ってきたりして非常に扱いずらい奴だ。
「しっかし、退屈しないねえしんちゃんといると」
「お!やっとよっちゃんも俺っちの良さに気づいちまったかい」
僕の隣に寝転がる伸介。この騒がしさのもとで中々の強心臓だ。人のこと言えないだろとか言われそうだけど。
「違うよ皮肉だよ。知ってるだろ僕が静かな生活をおくりたいってこと」
そうだ、僕はただ平穏にくらしたいだけ。もうあんな地獄みたいな日々はこりごりだ。
「別に騒がしいことがよっちゃんの言う地獄ってわけじゃないでしょ。忙しない、時間が光みたいにぶっ飛んでたあん時は確かに地獄だったけど、忙しないから早かったってことじゃない。時くらいぶっ飛ばさなきゃイカれちまう環境だっただけ。」
よっこいしょ、軽そうにプロレスラーとかがやる寝た状態からかっこよくおきあがるあれ(跳ね起きっていうらしい)をしながら
「せっかくしがらみから抜け出したんだ。あん時より濃いめ固め多めな一瞬を生きようぜ」
俺と一緒にな。
彼が伸ばした手は僕をいつも引っ張ってくれる。最初はうっとうしいとか、何考えてんだとか邪険に扱ってたけど。今なら躊躇いなく……はちょっと言いすぎだけど、まあ付き合ってやってもいいかくらいの気持ちで手を取れる。こんなこと言ったら絶対にめんどくさいから言わないけど。
「てかなんで僕の一瞬を家系にしようとしてんの」
「んー、なんとなく?強いて言うならいま俺っちは猛烈に腹が減ってるってことだな」
ぐぎゅるるるうううおおおおう
「腹にバケモンでも住んでる?」
「あー、やばいかも近くの何もかもを吸い込んじまいそうだ」
「じゃあしんちゃんのけつはホワイトホールってことになるな」
「白い明日は後ろにあるのか、なんかやだなそれ」
くだらなくて面白くもなんともない会話は、きっと僕が望んだ平穏な暮らしにピッタリなものだろう。
逆に伸介の掲げる家系な一瞬には合わなそうだ。でもなんとなく僕らならその両立ができるんじゃないかって思ってしまう。根拠なんかどこにもないからほんとになんとなくだ。でもそのなんとなくが大事なのかもしれない。雁字搦めの昔の生活には、なんとなくすらも考える暇がなかった。何もかもを管理され、籠に押し込められた鳥みたいだった。
そんな鳥籠を壊してくれたのが伸介。壊れた鳥籠から出ることもできなかった僕を引っ張り出してくれたのも伸介だ。あの時、僕の人生が色を持った気がした。