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第9章 願い


私を庇い、自ら車の前に飛び出した一彦さん。

車とぶつかった時の凄まじい衝撃音がいまだ耳に残っている。

私のせいで意識不明の重体となった一彦さん。


医師によると出血の量が酷く、助かるかは五分五分だそうだ。


手術室の前で私はただ助かって、と祈る事しか出来なかった。


「…お願い、無事でいて」


私は身体の震えが一向に止まらなかった。

手に付いた一彦さんの血を見る度、さっきの光景が脳裏に焦げり付き、何度も再生される。

その度に自分のせいだと自分を追い込んでいた…。



そんな時、バタバタと走る足音がどんどん私の方に近付いてきた…。

良く見ると1人の女性が血相変えてこっちの方へ走ってくる…。




「一彦!!」


少し年配に見えるその女性は手術室の前で立ち尽くしていた…。


「一彦、何で事故って……」


この人、まさか……?

私は恐る恐る訊ねた…。


「……あの、もしかして一彦さんのお母様ですか?」

「…えっ?あっ、はい、そうです」


やっぱり。

そんな感じがした。


「…さっき、病院から電話貰って」

「…そうですか」

「所で、貴方は一彦の職場の同僚か何かかしら?」

「…あっ、私は一彦さんの部下でその、一彦さんとお付き合いさせて貰ってる田辺悠衣子と言います」

「あら?そうなの?一彦がお世話になってるのね」

「いえ、私の方がお世話になりっぱなしで……それに私のせいなんです、一彦さんが事故に会ったのは」



絞り出す様な声と震えの激しい身体の私を優しく抱擁するお母様の温もりが私の恐怖感や不安をゆっくりと拭い取る…。


「…貴方が悪い訳じゃないわ。自分を責めないで」


私は我慢してた心の叫びが今、泣き声となって漏れ出した。


「…ありがとうございます」



私達はお互い手を合わせ無事を祈り続けていると、目の前の手術中のライトが消えて、医師が手術室から出てきた。



「…あの、一彦は!?」

「何とか手術は成功しましたが意識が戻らない以上は油断出来ない状態です」

「…そんな」


もし、意識が戻らなかったら…?

そんな恐怖や不安ばかりが私を襲う。



「…田辺さん?」

「…あっ、はい」

「貴方、怪我してるじゃない?擦り傷?それに顔色も悪いわ」

「これぐらい大丈夫ですよ」

「駄目よ、ちゃんと手当てして帰りなさい」

「はい」


私は処置室で看護婦さんに傷口を消毒して貰った。

幸い、擦り傷程度でどこも外傷はなかった。



「…良かったわね」

「はい、ありがとうございます」

「取り敢えず貴方は帰りなさい。私が一彦の傍についてるから」

「でも!」

「そうしてちょうだい。貴方を見てると辛そうだから。帰って身体、休めてね」


私の身体を気遣っての配慮だと受け止め、私は病院を後にした…。


自宅に帰ると私は一目散にベッドに横たわった。


今のこの瞬間にも一彦さんが急変したりとかしたら?

現状、最悪の事態も有り得る…。


取り敢えず、明日仕事帰りに病院へ寄って帰ろう。


とにかく今日はもう寝よう!


私は少しづつ浅い眠りについていった……。



翌朝……眠りから目覚めた私は咄嗟に携帯電話を握った。

画面には何の表示もない。

一先ずは良かった。


結局、昨日は殆ど一睡も出来なかった…。


早く行く用意しなきゃ!


支度を済ませ、自宅を出た。




案の定、昨日の事故の事は職場内でも騒ぎになっていた。


「主任、大丈夫なのかな?」

「何人かでお見舞いに行く?」

「でも面会出来るの?」

「分からない。どんな状態かも分からないし、重症なのかな?」

「ーーー?!」


不穏な空気が流れ始めていた。



「ちょっと!変な空気にしないでよ!」


高菜先輩が話の間に割って入ってきた。


「主任ならきっと大丈夫よ!取り敢えず皆、目の前の仕事をしましょ!」


その一言に皆が一斉に動き始めた。


「全く…皆、騒がしいんだから。で…?」


先輩が私の方をちらっと見る。


「実際はどうなの、主任?貴方は知ってるんでしょ?」

「ーーー」

「まぁ、良いわ。取り敢えず、お昼休みに食堂で」


私は静かに頷いた。


午前中の製造を終えて食堂に立ち寄ると向こうの方で先輩が手を振って合図している。


「…先輩、お待たせしました」

「いいえ、大丈夫よ。午前中の製造分は終わったのね?」

「はい、終わりました」

「そう、最近またスピードが上がったみたいね。……それは置いといて」


深刻そうな表情で先輩は一彦さんの話を持ち出した。


「ほんとにどうなの?容態は?」

「……意識が戻らなくて」


あっ、やばい、涙腺が緩んじゃう。泣きそう…。


「…田辺さんが泣き出すと私も移りそうだから泣き止んで」


私は必死に止まらない涙を手で拭っていると、見兼ねた先輩が私にハンカチを手渡した。


「泣いてばっかじゃ話にならないわ」

「…すいません、ありがとうございます。実は…」


私は先輩に昨日の経緯を涙ながら語り始める…。


そして、先輩はそんな私に真剣な眼差しを向けた…。



「ーー貴方は悪くないわ」


先輩もお母様と同じ意見だった。


「所で…お見舞いはどうするの?」

「仕事帰りに病院へ寄ろうと思って」

「もしかしてこれから毎日?」

「はい、そのつもりです」

「毎日はきついんじゃないかしら?」

「大丈夫ですよ、これくらい!」



その時の先輩の助言を大丈夫だからと余裕振ってた私は仕事帰りに毎日病院へ足を運んだ。


だけど一彦さんの意識は戻らないまま、6日目の朝を迎えていた…。


この日はなぜか身体が怠くて重たい…。

ただの寝不足かな。

重い足取りで職場へと向かった。



流石に6日目になると疲労が堪ってたのか…仕事も手際良く出来なくなっていた。


「やばい、眠たい…」


激しい睡魔が私を襲ってきた。


その時、トンと肩に手を置かれた拍子に私は…はっと驚く。


「あっ?先輩…」

「体調悪いんじゃないの?後はやっとくからもう帰りなさい。邪魔になるだけよ」

「あっ、はい」


確かに今日の私は足手まといかも…。


私はお言葉に甘えて早退させて貰う事にした。



予定外の早退で時間が出来たのは良いけど…。

ぼんやりと空を眺めながら私の足は勝手に病院へと向かっていた。

あっ、またいつもの癖で病院の方角を歩いてる…。


一彦さん、いつになったら起きるのよ。

早く目を覚まして。

足の赴くまま、歩いていた…。

結局、行き着く先は病院だった。



「……あっ、病院の前に来っちゃった」


取り敢えず一彦さんの病室、覗いていこう。


その時、医師と看護婦らが何か騒がしい声が聞こえてきた。


良く見ると、一彦さんの主治医じゃ?


嫌な胸騒ぎをする。

一彦さんの身に何か起こったんじゃ?!



「あの!先生!」


私の声に気付き、主治医は軽く会釈をした。


「どうかされたんですか?!」

「あっ、実は緒方さんが……」

「ーーー?!」


私は衝撃の言葉に耳を疑った…。



































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