第4章 接近
今日はすっきりしない曇り空だった。
一雨きそうな怪しい天気。
今日は久し振りの休日を堪能するつもりだったのに予定が狂った。
早朝、緒方主任からの急な呼び出しを食らったからだ。
他の店舗での惣菜売場のレイアウト、惣菜やお弁当、お寿司といった全ての商品の陳列や盛付けなどを視察しに行くとの事。
でも自分のスキルを上げる為には良い経験になると思い、一緒に同行する事にした。
だけど、何で私を誘ったんだろう…?
と、ふと時計を見上げると、
「あっ、やばい!こんな時間!遅刻しちゃう!」
私は行く準備を早々に済ませ、大慌てで最寄り駅へと早足で向かう。
そこが主任との待ち合わせ場所だからだ。
私は駅の改札口辺りで腕時計を睨む緒方主任の姿が目に入る。
やばい!怒ってる?
私は恐る恐る主任の傍へ駆け寄った。
「…主任、おはようございます!あの、遅れてすいません!」
「10分遅刻だ!」
やっぱり、怒ってる。
「…怒ってます?」
「大丈夫だ、怒ってないよ。じゃ、行こうか?」
すっと手を差し出す主任に私は躊躇してしまう。
だって、手を繋ぐなんて付き合い出してからなんじゃ…?
「あっ、ごめん。まだ早いのかな?」
「早いと言うより…主任はどうして私と手を繋ごうとしたんですか?」
「どうしてって、繋ぎたかったから…それだけだよ」
私は疑問を抱く。好きでもないのに手を繋ぎたいのかな?
恋愛に対する価値観が私とは違い過ぎるのかな。
結果、私は手を差し出さなかった。
主任は少し苦笑いしながら、分かったと頷く。
私達は電車に揺られながら目的地へと向かう。
特に言葉を交わす事はなかったけど互いに目線を合わせる度、変に緊張感漂う…。
数分後、最寄り駅に着いた私達はようやく言葉を交わし始めた。
「…主任、目的地のスーパーまでどれくらいですか?」
「…あっ、もうすぐだよ」
その言葉通り、目的地のスーパーが目の前に見える。
案外、小規模だな。
本当に食料品専門店みたい。
私達の店舗は衣食住全て揃ってるし、3階立ての大規模のスーパーだから1日過ごせる。
何でよりによってここなんだろう?
私は主任の横顔を眺めた。
「うん、どうした?」
「あっ、いえ!」
「さぁ、行こうか」
「あっ、はい」
主任は真っ先に惣菜売場へと足を運ぶ。
確かに私達の店舗より種類が多い気がする。
それに陳列が綺麗で買い求めやすい。
特にお弁当の盛付けが綺麗。
隙間がなくおかずがぎっしり入ってる。
私より断然、綺麗で言葉が出ない…。
「…見てどうだ?」
「…あっ、はい。確かに私達の店舗より勝ってる部分があります。それに私より綺麗です」
少し悔しがる表情を見せる私に主任はそっと呟いた。
「君は惣菜の仕事が本当に好きなんだな」
改めてそう言われると…納得するな。
入社当時は慣れるまで必死だったけど、今はすっかり慣れて仕事にやり甲斐を感じていた。
主任の言う通り、私はこの仕事が好きなんだ。
「主任、ここに連れてきて頂いてありがとうございます!」
「いや、僕も勉強になったよ。こちらこそありがとう」
少しだけど仕事が切っ掛けで私達の距離も縮まった気がする。
その後、今日のお礼にと昼食にと近くのファミレスへと立ち寄った。
メニューを眺める私の顔に主任は頬を緩めた。
「…どうかしました、主任?」
「…いや、嬉しそうだなと思って」
「だってお腹空いてるんだもん。………あっ、すいません。つい敬語を忘れて」
「気にしないで。普通にして」
「じゃ、そう……する!」
私達はお互いに同じメニューを注文。
私はドリンクバーへ飲み物を取りに腰を上げた時だった…
「……あれ、もしかして悠衣子?」
「……どうして、聡史がここに」
本当に間が悪い男だ。
よりによって、元彼と遭遇するとは…。
「…久し振りだね。元気だった?」
「…元気だったけど」
「…正直、心配してた。僕と別れて悠衣子大丈夫かなって。あの時の悠衣子の顔が忘れられなかった。後悔してたんだ、傷付けて。だからせめて友達に戻りたかった。ここで会えたのも何かの縁。僕達、友達に戻らない?」
はぁ?この期に及んで何を言い出すんだこの男?!
腹の中が煮え繰り返る。
私はこんな男を好きだったとは……。
あぁー、この男には失望したわ。
「所で、悠衣子、そちらの方は……?」
聡史は横目で緒方主任の容姿をまじまじと観察していた。
自分より良い男を目の前にして気にならない男なんていないか。
更に聡史は余計な言葉を主任に吹き込んだ。
「…僕は悠衣子の事、良く知ってますよ。貴方より」
この男、いい加減黙らせたい。
私の苛々度が頂点に達していた。
それを沈める様に主任は彼に良い放った。
「…じゃ、何で僕の彼女と別れたんですか?」
えっ?今何て?
「…何でって、それは」
「…答えられないんですか?まぁ、大体は検討が付きますけど。それに一つだけ言わせて貰います。…貴方は彼女に相応しくないですよ、彼氏としては。断然、僕の方が勝ってます」
勝利を確信した様な余裕な笑みを浮かべる主任は今の私にとっては有難い存在だ。
反論も出来ず、その場に立ち尽くす彼の姿を私は少しほくそ笑んでいた。
「…覚えてろよ」
ちっと舌打ちをし、私達の傍から離れてゆく聡史。
主任の一言のお陰で私の傷付いた心が少し癒された。
「あの、主任、何かすいません」
「えっ?何が?今日のお礼だよ、気にしないで」
「でも、急に彼女って言うから焦りました。演技だと分かってても、やっぱりびっくりしましたよ。でも実際は私と付き合ってみたいとか思ってくれてたり、何てね」
私は冗談半分で悪ふざけしてみた。
まぁ、どうせ、君は馬鹿なの?とか言って笑われるのが落ちだと思っていた。
なのに……
「ーー僕は冗談じゃないけど?」
えっ?冗談じゃない……?
それから暫く、重たい沈黙が続いた…。