死神
「因果応報」、「自業自得」、「身から出た錆」、「自分の首を自分で絞める」、果ては「ブーメラン」など自分の行いが返ってくるということを戒める言葉は数多くございます。基本的にそういう人は過ちを繰り返したり、あるいは自分自身が原因などと思いもしない場合が多いです。何とも言えないものですな
話は変わりますが皆様、神様は信じますか?いえ、宗教か何かを始めようっていうことではないんですよ?日本は無神論者が多いと言われておりますしね。クリスマスとかがっつりキリスト教の文化なのですがそれはいいんでしょうか
まあ、私としては万物に神様が宿ると考えるタイプでして。所謂八百万の神々ってやつですね。いい神様から関わりたくない神様まで、「福の神」、「貧乏神」、「トイレの神様」、そして今回お話しする「死神」もその中の一柱にございます
ある街にある男がおりました。この男、なんというか怠惰な性格をしておりまして、奥さんがいるっていうのに働きもせず日がな散歩でもしてぼんやりとしているようなとんでもないやつです
ある日奥さんも堪忍袋の緒が切れたと見えて
「この木偶の坊!トンチキ!お前なんぞ豆腐の角に頭ぶつけるぐらいで死ねばいいんだ!」
と家から追い出してしまいます
これにはさすがの男も堪えたようで
「ああ、とうとう追い出されちまった。豆腐の角に頭ぶつけて死ねっていうくらいだ、頭に血が上り過ぎて自分で何言ってたかなんてわかっちゃいねえな。よほど怒り心頭だったと見える
だがなぁ・・・、俺は大工や芸人みたいに何か稼げる技なんざ持っちゃいねえ。商売の才能もありゃしねえ。そもそも店を出すために借金しようにももう方々に借りてちまっててむしろすでに首が回らなくなってる始末だ
・・・もう生きるのが嫌んなっちまったな。首つりでもしようか、はたまた川にまで言って身投げでもしようか・・・」
しかし、やはり根が面倒臭がりのこの男。首吊りに良さそうな木を見つければ「紐の用意と木に登るのが面倒」、川の水面を見れば「呼吸が出来なくなるまで苦しくなるから嫌」などと結局死のうともせずいつものようにあっちへフラフラこっちにフラフラ。とそんなとき、急に男に話しかける者がおりました
「おい、お前死にたいんだってな。いい死に方を教えてやろうか・・・?」
と声のする方に向くとそこにいたのは頭は薄く、顔はすでに死んでいるかのように青白く、体はあばらが何本も見えるほど痩せこけたおじいさん
「なんだ藪から棒に。お前さん誰だ?」
「オレか?オレは『死神』だよ」
「死神だって!?俺は自分で言うのもなんだがこんな面倒臭がりだ。一度たりとも死のうなんて思ったことはなかったんだ。そうか、お前が憑りつきやがったせいだな!この疫病神め!あっち行け、シッシッ!」
「そんな邪険にすることねえじゃねえか。お前にゃ寿命がまだまだ残っていやがる。そういうやつはどうやったって死にはしねえよ。首を吊ろうとすれば紐は切れ、水面に沈もうとすりゃたまたま通りがかった野郎が助ける。そういうもんよ」
「じゃあ、俺には何の用もないだろう!?なんだって話しかけてきやがるんだ!」
「ああ、いやな。お前の先祖と昔に縁があってな。その結果、一度だけ出来の悪い子孫を助けてやろうとそういう話になったんだ。お前は今までで一番出来が悪いやつだ、そこまで愚かなら逆に誇りに思っていい。人間の世じゃ『トンビが鷹』なんて言うがお前の場合は『鷹がカラス』だな」
「この野郎、好き放題いいやがる・・・。で?助けるっていうがなにをしてくれるんだ。この場で千両箱でも出そうってのか?」
「お前、医者になれ」
「・・・は?」
「医者になれといったんだ。だがお前には医学の心得なんぞねえ。そのままじゃやぶ医者以下だ。だから俺がお前に死神が見えるようにしてやろう
いいか?ここからが肝心だからよく覚えろ。長患いをすると寿命のあるなしに関わらず死神が立つようになる。死神が立つのは足元か枕元だ。枕元だったならこいつは寿命だ。何をしたって助かりゃしねえ。だが、足元にいるならある呪文を唱えることで俺たちは帰りゃなきゃいけなくなる。そういう決まりなんだ」
「じゃあ、呪文ってなんなんだ」
「『アジャラカモクレン テケレッツノパー』。こう言って二回手をたたくんだ。そうすれば死神がいてもすぐさま消えていなくなる」
「はぁ?そんな呪文で消えるってのか?『アジャラカモクレン テケレッツノパー』、これで手を二回パンパン。そんなことで消えちまうんだったら坊さんなんていらねえ・・・ってあれ?あの爺さんどこに消えやがった・・・?」
気が付くとすぐ目の前にいたはずのおじいさんが、まるで最初から誰もいなかったように消えております
「そうか、あの爺さんは本物の死神だったのか。だから俺が呪文を唱えたら消えちまったんだな!それならあいつが言っていたように医者をやれば俺は大儲けできるぞ!」
さて、男は喜び勇んで帰りまして、嫁がギャーギャー文句を言うのにも構わず「いしや」とボロい板切れで看板を作りまして家の前に置くことにいたしました。「医者」ではなく「いしや」と書くぐらいでしたから、「石屋」と勘違いして墓石を買いに来ようとする人が数人おりましたがそれ以外は特に何事もなくいつも通りの毎日です
そろそろ諦めようかという頃に、近所には似つかわしくない身なりの良い恰好をした方が訪ねてまいりました
「すみません、お医者様はこちらでございますか?」
「へ?あ、ハイハイ!そうです。ウチ医者なんですよ!」
「そうでしたか!わたくしは越前屋の者でございます。実は大旦那様が長患いでございまして、方々のお医者様に見てもらいましたが『原因も直し方もわからない』と言われてしまう始末でございます
そこでよく当たると評判の占い師の方に占っていただいたところ『この占いからの帰り道に一番最初に見かけた医者を連れていけばたちまち治る』とこうおっしゃられたわけでございます。どうかお医者様にお目通しいただければと思ったのですが・・・」
「成程それはいけませんね!ではすぐまいりましょう!」
「いえ、ですから、お医者様に会いたいのでございますが・・・」
「あ、私が医者です」
越前屋の若旦那、お世辞にもきれいとは言えない男を瞬きしながら2、3度確認しまして「これはやぶ医者ですらないとんでもない人に頼んでしまった」と思いつつも藁にも縋る思いで男を連れ帰ることにいたしました
店につきますと、少し番頭に渋い顔をされつつも「だが、まあ、頼んじまったもんは仕方がない。診せるだけなら大旦那にも大事無いだろう」ということで案内され座敷に通されます
男もおっかなびっくり入りますと大旦那らしき人が寝込んでいる足元に、出会ったのとはまた別の死神が立っているのが見えます。それをみて男がうれしがったのなんの
「よし!ちゃんと長患いでいやがるな!」
「何が良しなんだ!大旦那様は長患いで弱っておられるのだぞ!静かにせんとつまみ出すから覚悟せい!」
「あんたの方がうるさいんじゃないのか?まあ、番頭さん、大旦那様治りやすぜ!あたしは医者だが、医学じゃなくて呪いを使って直すんだ。論より証拠ってことでさっそく・・・『アジャラカモクレン テケレッツノパー』!」
パンパン、と2回たたいたところで死神はスーッと消え、それに反比例するかのように大旦那様はみるみる顔色が良くなっていきます。そして突然起き上がったかと思うと「うな重が食べたい」とおっしゃっいました
番頭さん、喜びながらうな重の手配をし、見事に直して見せた男に100両という大金を支払います
この100両を使って方々の借金は返済でき、奥さんには手切れ金を渡して離婚なんかしてしまいまして、昼夜問わず酒に女に博打と遊び惚けるようになります。しかし悪銭身に付かずとはよく言ったもので、大金はすぐに底を尽きてしまいます
金が無くなり始めますとまた「いしや」の看板を掲げて病人を治すようになります。死神が気を利かせてくれたのか定かじゃありませんが、何故か男に治療を頼みに来るのは金持ちばかりで、一度治療するだけで大金が転がり込んでまいります
時折、枕元に立たれていてもう手遅れな患者に出会うのですが、そういう時は「ああ、この人は寿命だ。これでは俺でも治せねえ・・・」と言いましてその家を出ていくと、計ったかのように患者が亡くなりますもので男の腕が確かだということが広まりまして、さらに評判が上がっていくといった具合でございます
さて、そんな具合に何年も生活していたのですが、ある時からぱったりと患者が来なくなりました。いや、来ることには来るのですが、巡り合わせが悪いのか、診る患者診る患者皆枕元に死神が立たれているので治すことが出来ず、治療費を得られないのです
毎回毎回「この人は寿命だ」なんて言って外に出て、計ったかのように患者が亡くなるものですから終いには「男は死神の使いなんじゃないか」「あの男に診られた患者は必ず死ぬ」なんていう噂が立つようになりまして余計に仕事が減ってしまいました
さて、段々生活が苦しくなっていき、また元の借金生活に戻り始めたころに、とあるお客が舞い込みます
「ごめん下さいまし!ごめん下さいまし!こちらが呪いで患者を治すと言われておりますお医者様のお宅でございましょうか!」
「あー、ハイハイ。そうだよ。ウチが呪いで人を治す医者だ。まあ、最近は治せない患者が続いてて商売あがったりなんだがな・・・」
「そうですか!いえ、私はさる商会の者でございます。名前を出せないのは申し訳ございませんが、わたくし共の旦那様が長患いでございまして、今日明日という具合なのでございます。完治とまでは言いませぬ、せめて半年、いや一月長生きしていただければ相続の手続きなども済むのでございます、どうかどんな名医でも治すことができなかったという患者でさえも治してしまわれた先生のお力を貸し下さい・・・」
「いや、診るだけなら構わないんだがな。治せるかどうかは本当にその時にならないとわからないものだもんでね。文句なんか言わないでくれよ」
「いえ、診ていただけるだけでありがたい!ささ、籠を用意させていただきましたのでこちらでお屋敷までお越しください!」
お屋敷につきまして、旦那様の容態を確認いたしますと今回もやっぱり枕元に死神がおります
「ああ、連れてきていただいて申しわけないが、旦那様はもう寿命だな・・・。こうなっちまうと俺にも治すことはできねえ。すまねえが帰らせていただくよ・・・」
「そんな殺生な!いえ、ですから完治まではしていただかなくても結構なのでございます!本当に一月でも余命を伸ばしていただければそれでここで働く者たちの生活も守られるのでございます!どうか、どうか!」
「そんなに頼まれてもできるものとできないものがあるんだよ!金も無くなっちまって久しぶりのお客様だ、そりゃあ俺だってできれば治してやりたいよ!だが俺にはどうすることもできねえんだよ!」
「そう言わずに!今日一日ここに泊っていただいても構いませんから、どうかお考え下さいませ!治していただければ5千両、いや一月でも伸ばしていただければ1万両お支払いいたします!それでどうでございますか!」
「い、1万両・・・。いや、だがな、俺だって治せるんだったら治すんだ。だが旦那はもう寿命なんだ。俺にだってどうすることもできないんだ!」
「そうは言われましてもあなた様が外に出た瞬間に『寿命だ』と言われた方が亡くなっているのです。逆に言えばあなた様が外に出なければまだ生き永らえられるかもしれないのです。どうか一日考えていただけませんか。ささ、夕飯のお膳も用意させていただきましたので・・・」
こんな感じで若旦那は、もうてこでも動かさないぞと言わんばかりに男を引き留めております。わちゃわちゃやっている間に夕の膳を運んでまいりましたが、ここで比較的若い女中がミスをいたします
「・・・ん?お主、それでは焼き魚の頭の向きが反対であろうが。この方はどんな難病を患った方でも治せる大名医の方なのだぞ。そんな方を前に初歩的な失敗をするとは!」
「あ、いやいや若旦那、お気になさらず。たかが魚の頭としっぽがぐるっと反対になっただろう、気にしないよ。・・・うん?頭としっぽが反対?・・・なあ、若旦那!その女中さんに後で礼をしてくれないか!その人は旦那様の恩人になるかもしれねえ!ちょっと頼まれてほしいことがあるんだが」
「何でございましょうか。わたくし共にできることならなんでも致しますが」
「そうだな、俺の指示を忠実に聞いてくれて、力がそれなりにある若い男衆を4人ほど集めてほしいんだが」
「ええそれぐらいなら4人どころか何十人おりますが」
「いや、4人だけでいい。それでなんだがな、その若い衆をこう、旦那の布団の四隅に座らせて、俺が膝をパーンと叩く合図で上下ぐるっと逆にしてほしいんだ。ただし一回限りだ。それをしくじっちまったらもう旦那は助からねえと思ってあきらめてくれ」
さて屈強な若い衆四人、旦那の布団の四隅に座らせて男は死神の顔をじっと見始めます
死神は男が何をしたいか見当がついたと見えましてこちらも旦那様の顔をじっと見ております
二人はそれぞれ顔をじっと見、1時間、2時間・・・一昼夜が過ぎ夜が明けようというところで死神も疲れが出たのかうつらうつら、その隙を見計らって男は膝をパーンと叩いて、若い衆がバタバタバター!そして死神がはっと気が付いたときには上下ぐるっと回った旦那様の足元に立っておりまして「アジャラカモクレンテケレッツノパー!」
死神は今まで見たことのないような恐ろしい形相をしながらスーッと消えていき、それと反比例するように旦那様の顔色が良くなると目を覚まして長患いが嘘だったかのように元気になりました
若旦那も他の人々も大層喜びましてお礼を後日渡すことになり、最低限その日遊び惚けるための金を先払いしてもらったうえで男もほくほく顔で帰ることにいたしました
そこらで酒を飲んだり博打をしたりしていい心持になりつつ家までの道を歩いておりますと、家の前にひどく痩せこけたおじいさん・・・つまりはいつぞやの死神が立っていることに気づきました
「おや、死神さん。お久しぶりだな。あんたのおかげで俺は何とか生きていけてるよ」
「そうか、俺の方はお前のせいで商売あがったりだ。何故俺の担当のやつの寿命をごまかそうとしやがったんだ」
「うえっ!?あの死神あんただったのか!?死神はみんな同じような容姿をしてやがるから気づかなかった。それは悪いことをした、すまねえこのとおりだ!」
「いや、あやまることじゃあねえ。俺が間抜けだっただけだ。まあ、お前も相当の大まぬけだったわけだが。俺は言ったはずだよな枕元に立っているやつは寿命だと。寿命のやつを無理やり生かした時、何の代償もねえと思ってたのか?」
「い、いや。だけど俺はこの通りピンピンしてるし・・・」
「まあ、そりゃあそうだろうな。ちょっとこっちにこい。お前に見せなきゃならねえもんがある。さあ、こっちに来るんだ!」
男は死神のその腕からは考えられないような力でもって引きずられながら町から少し離れたところにある洞窟へと進んでいきました
戦々恐々としながら洞窟を進んでいくと、何十、何百、あるいはそれ以上のろうそくがあちらこちらに立っている場所へとたどり着きました。長く威勢よく燃えているのもあれば、細々と今にも消えてしまいそうなものもと様々です
「な、なあ、死神さん。この洞窟は一体何なんだ?いたるところにろうそくが立ってやがるけど・・・」
「このろうそくはな、人の寿命だ。このろうそくの火が消えるとそいつの寿命は潰える。俺たちは時たまこのろうそくを確認して死者を冥府に連れていく仕事をしている。ほれ、あそこにあるのは以前お前の女房だった女のろうそくだ。これはお前が最初に助けた商家の若旦那の。1人に1本、それが割り当てられているが・・・これがお前のだ」
「俺のろうそく・・・まさか、この今にも消えちまいそうなちっせえやつが・・・。なんでだ!?俺はこの通りピンピンしてるぞ!病なんざ患っちゃいねえし、昔負った古い怪我なんてのもありゃしねえ!それなのに!」
「そりゃあそうだろうな、これは元々お前のろうそくじゃねえ。お前のはあそこにある威勢のいいろうそくだ。だがな、お前は禁忌を犯して寿命のやつを助けた。その時お前とあの旦那のろうそくが入れ替わったんだ。お前が布団の上下を入れ替えたようにな」
「そ、そんな・・・。なあ、死神さん、お願いだ、助けてくれよ、俺だってそんなことになるなんてわかっていたらやりはしなかったんだ、頼む、それにあんただって教えてくれなかっただろう、それに免じて今回だけ、一回きりでいいから機会をくれ、頼む!」
「それを言う前にお前が呪文を言ったから言えなかったんだが・・・、まあいい。それに関しては確かに俺の落ち度かもしれねえからな。ここにお前の元のろうそくと同じくらいの火がついてないろうそくがある。このろうそくに火を移し替えればお前は助かるだろう
ただし、気をつけろよ。間違ったり、うっかりろうそくの火を消そうもんならその時点でお前の命は終いだ。さあ、やれ」
男は死神からろうそくを貰って火を移し替えようとします。しかし緊張からか手が震えうまく火を移し替えれません
「おいおい、そんなに震えて大丈夫か?そんなに緊張してたら移し替えられるものも移し替えられねえぞ?
ほら、そんなに鼻息荒くしてちゃあ火を消しちまうぞ?もっと落ち着くんだな、ククク」
「うるせえ!集中してえんだ、黙っててくれ!フゥッフゥッ、頼む、移し替えられてくれ・・・!お願いだ、落ち着け、息で俺のろうそくの火が揺れる!頼む!
・・・!やった!やったぞ、俺は生きた!生き残ったんだ!」
「ククク、おお、よかったな。これでお前はまだまだ寿命が残ったってわけだな。じゃあ、洞窟から出るとしよう」
「これに懲りたら次からはうまくやることだ」
「ああ、もうあんなことはしねえ。金に目がくらんで助けたりなんてするもんか・・・」
「そうか。それがいいだろうよ。あんな禁忌でもしなければ人の寿命は変わりはしない。お前も懲りただろうしな。さて、もう洞窟を出るところだ。ちょっとお前が手に持ってるろうそくを消してくれねえか」
「そうだな、もう外も明るいしな。もったいねえし、ろうそくの火も消しとかねえと。フゥーッ・・・ああ!」
「・・・ククク、言ったはずだぜ。うっかり消したらお前の命は終いだとな。ククク・・・」