待ちぼうけの女王
真っ白なドレスに身を包む女王が1人、玉座に1人、食事の時間を待っていた。
活気は無く、荒れた平地にぽつんと立つ城もまた、独りぼっち。女王は唯一音を出している大きな時計をじっと見つめている。椅子の上であぐらをかいて行儀もクソも無いが、それを咎める人間はとうの昔に消えている。
「ボーンボーン」
そして待ち焦がれた時計の時報が。大きさに反してか細い音だ。少人数での会話だけでかき消えてしまいそうな心許ない音でも、今は玉座を我が物としている。
その音を待っていたと言わんばかりにバラバラになったスリッパに右・左と足を通す。左用のスリッパは裏向きになって死んでいるカナブンのようだったが、女王にとってはただの日常だ。駆け足で玉座を出て、城の中を一心不乱に走る彼女を止めるモノは、色んな意味でいなかった。
彼女が見定める行き先は1つ。その場所に着いた女王は鼻息を荒くしながらドアを開ける。中に入ると薄暗い。照明は十分なほど取り付けられているが、女王には必要ないようだ。荒かった鼻息は鼻歌へと変わり、スキップ混じりで部屋の中を進む。薄暗さは特に気にならないようだ。足下に物が散乱していてもお構いなし。簡単にステップを交えながら避けて行く。そして1つの物体を慣れた様子で手に取ると、ダッシュで玉座に戻った。
またスリッパを散らかして、あぐらをかく女王が、またもや待っていた。何も無い広い部屋に、時計の針の音が響く。
「お腹減った。」
女王がつぶやいた。その両手に、カップ麺を握りしめながら。そして待望の時が。電気ケトルが仕事を終えたのを確認した彼女はカップ麺に湯を注いで、またもや待ち時間にぶち当たる。
「前は料理人が支度してくれたのに・・・。味は間違いないのだけれど、手間がかかるのがどうも気に入らないわ。」
不満を漏らす割には、カップ麺を取りに行くあの嬉々とした表情をしていた女王。その顔を城は見逃さなかったが、特に何かを言おうとはしなかった。そして2分が経過した。するとおもむろにカップ麺へと手を伸ばし、蓋を開けてボリボリと音を立てながらカップ麺をとてつもないスピードでむさぼる。
「5分で完成なのに、せっかちな女王。」
これを言ったのは紛れもなく女王自身だった。ブツブツと愚痴を城に聞かせながらも1分足らずでカップ麺を完食した女王は、ゴミを素早く見えない場所に捨てて、電気ケトルもそこに入れておいた。これで玉座には女王と時計だけ。そして女王ま再びあぐらをかいて、暇を持て余しだした。
寝るでも無く、読書するでも無く、かといって外出する気は見受けられない。
「おい、城!一体いつまで待たせる気なの?いつになったら勇者は来るの!?」
女王は大きな声でそう叫ぶ。城はその言葉をそのまま、少し音を小さくして返すだけ。
「確かに私は、”1クソサブクエスト”の、”1クソサブキャラ”かも知れないけど、こんな仕打ちは無いでしょ!しかも台詞チョットしか無いし。あの文量を言うためだけにここに居るのかと思うと、ホント嫌になるわ。これだけ人を待たせて、何が勇者よ。しかも、いつ来るか分からないのが辛い。一番辛い。ドレス着てなきゃいけないし、このカッタい椅子に座り続けなきゃいけないし!私の人生どうしてくれるのよ!ねぇ!何とか言いなさいよ城!」
城は無口なヤツだ。勇者を待つためにゆっくりと食事を取る余裕すら無く、カップ麺で命を繋いでいる女王を哀れに思うだけで、何か行動を起こすことは無かった。彼がその気になれば勇者の到来を女王に知らせることなど造作も無いのにも関わらず。
「魔王のやつ、私の部下を全員消し飛ばしたなら私もついでに殺っときなさいよ。マジクソ野郎だな。トラウマになるくらいメッチャ強い中ボスを用意すれば、馬鹿勇者もサブクエストに手を伸ばすでしょうに。「プレイヤーに優しい難易度」っていうのが罪なのよ。魔王が世界を崩壊させたのに、いつまでこのサブクエスト進行可能のまま置いておくのかしら。それが優しさ、って事なの?意味分かんない。」
城を出れば良いのに、とか思ったそこの読者の方。そんなことは女王も既に考えて行動に移している。しかし城の扉は何故か、何故か内側からは開かなくなっている。一体誰の仕業か、女王には分からなかった。スリッパを散らかしているのは、彼女がずぼらな性格のせいもあるが、勇者が来ない諦めの念の表れでもあった。
そして女王は日課である、「時計の針の音に合わせての舌打ち」を始める。1つ舌打ちが増えるたびに彼女の頭も左右に動きながら、自分の怒りを静めていた。この時計がサブクエストの進行に深く関わることなど、女王にはどうでも良い情報だ。時間になればカップ麺を食べて勇者を待つだけの生活。出口は、「勇者の到来」の1つだけだ。いくら勇者が魔王を倒して世界を救おうが、裏ボスを倒すために武器を鍛えようが、お金をカンストするまで貯めようが、女王には関係の無い話。
彼女にとっての悪は、勇者か魔王か。それとも、この「無口な城」か。
あるゲームのサブキャラクターにも複雑な思いがある、のかもしれない。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
このお話は、昔のゲームを遊んでいたときに、ふと思った「今のゲームはプレイヤーに優しいなぁ」という思いから発想を得たモノです。
生み出されたキャラクターが、プレイヤーの前に全て登場するゲームもそう無いと思います。多くの人に認識されないまま埋もれていくキャラクターにスポットを当てるようなゲームがあっても良さそうなモノですね。多分無いと思いますけどね。
ここに登場する女王は勇者を待ち続けていますが、プレイヤーがゲームを止めてしまえば、その時点で彼女は永遠に城の中で独りぼっち、外に出られないまま本当の意味で死んでしまうということになります。キャラクターの宿命とも言えますが、生み出される苦労もさることながら、世に広まる苦労はとんでもないと思います。それだけ、知名度があるキャラクターは人気の有無に関わらず凄い存在だと思います。だからこそエンターテイメントのモノ作りって面白いんですよね。ちょっと後書きだけで文量が多くなってきたので、この辺にしときます。ゲーマーの、「好きなことになったら夢中になっちゃう癖」ってヤツです。共感してくれる人居るかな・・・。
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