第8話 ≪お化け屋敷orたこ焼き……それともメイド喫茶?≫
1限目の世界史が終わると、教室は賑やかになる。
青太は休み時間に入り、ドキドキしていた。朝のホームルーム時に、なずなが言っていた「お化け屋敷をやりたい」という発言……。
昼休みには、文化祭でどんな出し物をするのかのアンケートを取らねばならず、現在出ている案としては「お化け屋敷」と「たこ焼き」の二つ。
運動系の部活をしている面々は準備に時間を取られなさそうという理由から「たこ焼き」を発案したので、よほどのことがない限りは「たこ焼き」に一定票が集まるだろう。
クラスの人数は40人だった。
そのうち、運動系の部活をしているのは25人で過半数だった。
お化け屋敷が劣勢であることには間違いない。しかし、青太からしてみればそれでいいと思った。ここでお化け屋敷が選ばれようものなら、なずなのホラーオタク協定はさらに熱を増すだろうから……。
青太がビクビクしていると、なずなが勢いよう振り返った。ポニーテールが遠心力で青太の前を通り過ぎる。その際にシャンプーのいい香りがした。
「ね、安田君。わたし黒板消ししてくるから、戻ったら作戦練ろうよ」
「さ、作戦?」
「フフフ。お化け屋敷を絶対にやろう」
「そ、そう……だね」
なずなはスタっと席から立ち上がると、タタタと教室前まで駆けていき、すばやい動きで黒板の文字を消していく。そしてそれが終わると、さっと黒板クリーナーまでしてから戻ってくる。
「はい、終わり! 次ジャン先やっとこ!」
「次ジャン?」
「次の黒板消しどっちがするかジャンケンだよ」
「あ、ああ……」
と青太がたじろいでいると、なずなはジャンケンポイ!と大声を出した。
青太は慌てて、グーを出した。
なずなはパー。なずなの勝ちだった。
すると、なずなは青太のグーを自分でパーで覆いかぶせるとぎゅっと包み込むように握った。
「わたしの勝ちだから、次は安田君が黒板消しね」
「…………!!!!」
青太は一気に顔が赤くなり、言葉に詰まってしまう。
なずなは自分の席に座りなおし、ノートのページを破ってから振り返って、青太の机の上にその切れ端の紙を置く。
そして「おばけやしき」「たこやき」と書いた。
「あと何か案ある?」
「……え、えーと……」
「何でもいいよ。どうせ、選ばれるのお化け屋敷だし」
そう言ってなずなは不敵な笑みを浮かべた。
その言葉の真意が分からず、青太は生真面目に文化祭の出し物について考えた。
すると、そこにサダナオが小走りでやってきた。
その小走りでサダナオの巨乳がゆらゆら上下に揺れている。たった小走りでだ。サダナオの隠れファンである男子はこっそりそれをチラ見した。
「あのさ~。そのアンケート、わたしも混ぜてぇ」
「あら、サダナオ。まさか、たこ焼きサイドのスパイじゃないでしょうね?」
「違うよ~。だってわたし、たこ焼きよりたい焼きの方が好きだもん」
「……弁解になってないような気がするけど、まあ、いいや」
「蛇村せんせが言ったことは、わたし、しっかりやりたいんだよねぇ」
「まあ、サダナオはクラス委員だしね。ちょうどいいか。手伝ってもらうよ」
「うん、どういたしましてぇ~」
「その返しも何かずれてるような気がするけど、まあいいや。とにかく案を出し合おうよ」
「は~い」
という、なずなとサダナオの会話の中に青太は入っていけない。
これまで女子と面と向かって喋ることなどほとんどない。そんな中で二人の女子が目の前にいて、自分がその空間の中にプラス1の人数として組み込まれている。
不思議な感覚だった。逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「ていうか~。安田君と喋るのって初めてだよねぇ?」
「あ、……は、はい」
「ああ、敬語出てる。敬語禁止。ここ1年D組だから。みんな同い年のクラスメイト」
なずなは笑いながら言う。
「ご、ごめん」
「えーと、安田君のことはやすだっちょって呼ぶことにするよぉ」
「え? や、やすだっちょ?」
「やすだっちょは何か案あるの~?」
サダナオは垂れ目で優しい顔をしている。少し太めの眉毛、そして何より左目の下にある泣きぼくろが目にそそる。そのおっとりした口調と優しい顔は極上にマッチしている。
「ぼ、ぼくは……、作品の展示とかでいいかな……」
「作品って例えば?」となずなが言う。
「ど、読書感想文みたいなのを貼り出すとか……」
「面白くないよそんなの!」
そう言って、なずなはケラケラ笑う。
「やすだっちょ、それ却下ぁ~」
「じゃ、じゃあ、定行さんは何か案ないの?」
「サダナオでいいよぉ」
「サ、サダナオ……は、どう……?」
「わたしはメイドカフェとか、コスプレできるような喫茶店がいいな」
青太は思わずそれを想像してしまう。
サダナオのメイド姿。少し太い眉毛を八の字にし、困ったような顔で「ご主人様っ♪」と言ってくるサダナオの姿を想像してしまう。
青太の耳は真っ赤になる。
「いやいや、メイドカフェなんか他のクラスがやるって。わたしたちはお化け屋敷にしよう!」
「でもぉ、お化け屋敷こそ、他のクラスとかぶるんじゃないかなぁ」
「クオリティで勝つから大丈夫だよ!」
「クオリティ~?」
「うん。なにせ、このクラスには生粋のホラー好きが二人もいるからね!」
青太はゾクっと背筋をそぞらせる。
来た来た。これだ。やはりこういう流れになるのだ。
何としても、お化け屋敷だけはうやめさせなければ…………! しかし、具体的にどう阻止すればいいのか何も思いつかない。だから、サダナオの意見に乗ることにした。
「ぼ、ぼくは、メイドカフェもいいかな……と思うけど…………」
「はァ!? それ、本気で言ってんの安田君! それサダナオのメイド服見たいだけでしょ!」
その言葉に青太の顔はまた赤くなると同時に、サダナオの隠れファンの男たちの耳の鼓膜は研ぎ澄まされた。
「もぉ~。やすだっちょ、何かエッチなんだけどぉ~」
青太は何も言葉を返せずただ赤くなるばかりだった。