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第7話 ≪文化祭は何をする!?≫



「ホームルーム始めるぞ〜」


 蛇村(じゃむら)は今日もつまらなさそうな声で、教卓に立ち朝のホームルームを始めた。


 8時45分からの朝のホームルームは10分程度行われる。


 青太は机に突っ伏してつい直前に起こった出来事を後悔していた。

 青太の席は教室最後方の窓側という、教室座席のポジションにおいて一番いい場所をくじ引きにより勝ち取ったが、今になってはじめて意識してみれば、その目の前にはなずなの背中があった。


 青太は、椅子に座りながら、つい直前に起きたことを思い返していた。

 なずなとの会話。なずなのそばかす。なずなの明るさ。なずなの笑顔。なずなの吐息。なずなの圧倒的な胸。そして、なずなとのホラーオタク協定……。

 一体どうすればいいのか……。

 青太はもんもんとしながら、自分のついた「ぼくもホラー映画が大好き」という大嘘に後悔していた。

 これまでの人生を「臆病者」で通ってきた青太だったから、あまりに正反対の嘘に心が落ち着かなかった。

 『つゆだくぺちゃぱい♡』を見られたくないからといって、ホラー映画が好きな相手に向かって「ぼくもホラー映画が大好き」なんて言ってしまってはそのあとからどんな行動を取ればいいのか分からない。

 青太の印象では、少なくとも速水なずなは自分に対してホラー映画にまつわるエトセトラを語ってくることになるだろう。


 ……と、思えばそれはすぐに実行されたのである。


 なずなは周りにばれないようにするためなのか、顔は振り返らずに後ろ手に折りたたんだ紙を渡してきた。青太はびくんと震えながらも、その紙を手に持ち、おそるおそる広げる。


『私の血潮は紫だ。お前の血潮は何色だ?』


 と、紙には書かれている。

 思わず声を上げそうになってしまうのを必死でこらえる。


 そして青太はこの文字が何のことなのか一切分からない。きっと、ホラー映画にかかわる言葉なのだろうとは思うが、これを渡されてどうすればいいのか…………。

 青太は危険を承知で、机の影に隠れてスマホを操作し、『私の血潮は紫だ。お前の血潮は何色だ?』を検索してみた。すると、どうやら予想は的中で、海外のホラー映画らしい。湖畔に遊びに来た若いカップルを襲う化け物のセリフらしい……。


 ネットの情報を見ていると、最初に殺されたカップルの男は頭のてっぺんに鹿の角を刺されてしまったらしいのだ。…………うぴゃああああああああああああ! 

 青太は心の中で絶叫した。目じりには涙がにじんでいる。

 青太はふるふると震える手で紙に『鹿の角』とその手紙に書いた。

 そして、その手紙を返すためになずなの背中をこつんと一回叩くと、なずなは後ろ手を回してきたのでそこに乗せる。

 手紙を見たなずなはくすくすと笑って、また後ろ手が来たかと思ったら、

 親指が立っており、グーのサインだった。


 教卓にいる蛇村が大きなあくびをしてから出席簿を開いた。


「じゃあ、出席取るぞ〜。えーと、誰かぁ、空席があったら教えてくれ〜」


 普通の教師であればここで出席番号順にひとりひとりの名前を呼ぶのだろうが、蛇村はそんなことはしない。出席者を確認するより、欠席者を確認した方が早いと判断している。


「蛇村せんせ、今日は欠席者いませんよぉ」

 と、おっとりとした声を出したのは定行菜緒だ。

 クラスメイトからはサダナオで通っている。少しぽっちゃりとした体形で、泣きぼくろがチャームポイント。男子の中に隠れファンが多いが、サダナオが熱い視線を蛇村に向けていることをクラスメイト全員が知っているので彼女にアタックする男子はいない。


「そうか。いつもすまんな、定行」

「もぉ~、蛇村せんせ~。私のことはサダナオって呼んでください」

「……バカ。俺はお前の友達じゃないんだから」


 蛇村はばつが悪そうに額をぽりぽり掻く。


「そんじゃ事務連絡。もうすぐ文化祭だから出し物決めなきゃいけない。えーと、今日の日直の速水と安田は出し物のアンケート取っといてくれ」


「え」

 そこでなずなは声を上げた。

「先生! アンケートって言っても選択肢がありません」

「何でも用意されたもので決めようとするな。選択肢からお前らで決めろ」

「えー、そんなこと言われても」

「バカ。それを決めるのが日直だろ」

「違うでしょ! それ日直の責任の重さ超えてますって」

「じゃあみんなで相談しろよ」

「投げやりだ!」となずなは大声を出した。

 クラスはくすくす笑っている。


 なずなはあごに手を当てて考えるような仕草をする。

 そして、ぴかっと目が光ったように何かを思いついたらしい。

「じゃ、わたしお化け屋敷がやりたいですッッッ!」

 なずなは席から立ち上がり、そう言った。そしてくるんとなずなは振り返って、青太のことをじっと見つめた。周りのクラスメイトたちは何事かと驚く。


「ね! 安田君! お化け屋敷がきっといいよね!!!!」


「え? え、ああ、うん」


「ほら、日直の二人はお化け屋敷がいいって言ってます」


「……いや、安田は強制的に言わされてたような気がするが」と蛇村は言った。


「いいえ。私も安田君もお化け屋敷がやりたいんです!」

 なずなの口調は熱意を増していく。


 しかし、そこで運動系の部活をしている生徒が口をそろえてそれは却下と言った。

「おれたち部活あるし、お化け屋敷の準備とか面倒そうだって。たこ焼きとかでいいじゃん。みんなでたこ焼き機持ち寄ろうぜ。それなら準備も大していらないだろ?」

 すると、運動系の部活をしていない生徒も「そうだよね。お化け屋敷とか絶対に大変じゃん」と口々に言い合った。

 男子も女子もお化け屋敷否定派が多かった。


「うっわああ、劣勢!」となずなは笑う。


 しかし、そこでサダナオが言った。

「じゃあさ、それこそ蛇村せんせが言ったようにアンケートにしようよ~」

 サダナオはそう言ってから蛇村のことをチラ見したが、蛇村はクラスの動向など興味がなさそうに窓の外を飛ぶ飛行機を眺めていた。


「じゃあ、今日のお昼までに選択肢の募集をする。で、終わりのホームルームの時に多数決で決めようよ!」

 と、なずなは言う。

 みなもそれで納得した。


 蛇村が教室を去り、1限目の授業が始まるまでの騒がしい教室の中で、なずなは振り返って青太のことに声をかける。

「絶対にお化け屋敷にしようね。私が何とかしてみせるから」

 そう言ってなずなは不敵な笑みを浮かべた。


 青太はもう何がどうなるのか。

 頭がくらくらしてきた。





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