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第3話 ≪つゆだくぺちゃぱい♡≫


 冬ノ目さつきは明るい髪色でロングヘアの毛先はくるんと外に跳ねている。 


「おっそいってば!」


 青太が自転車を押しながらマンションの駐輪所から出ると、さつきはスポーツバイクにまたがった状態で待っていた。短めのスカートから出ている白い太もも、もうすっかり秋も本格的になっており、青太はそれを見て肌寒いのではないかと心配になった。


「ちょ、青太ァ! あんたどこ見てんのよッ!」


「え? ええ。いや」


「これだから、彼女がいないやつはいやだよ」


 やれやれといった感じでさつきは首を横に振った。


 マンションの前は国道沿いの歩道となっており、通行人は非常に多い。歩いて五分ほどの場所に駅があることから、朝のこの時間は学生や会社員が目立つ。

 男子高校生や、男性会社員が、さつきのことをチラ見しながら通り過ぎていく。

 男を翻弄するさつきの可愛い笑顔と白い太ももに通行人たちは驚いているのだろう。

 さつきはそんな視線にしたり顔をする。さつきは自身の胸の小ささについては不満があったが、太ももの純白さについては自分でもチャームポイントであると感じていた。


「ぼくは単に、さつきは寒そうに見えたから」


「心配するフリして性欲を吐きだすなんて、変態の常套手段だね。この変態」


「だ、誰が変態だよ。そうやって太ももむき出しにしてる方が変態だ」


「だ、だだだ誰がァ変態よォッォオッォォォ!」


 さつきは素早く自転車のスタンドを立てると、シュパパパパと一瞬で青太のもとにやってきて、学ランの胸倉をつかんだ。


 そして青太は自転車のハンドルから手が離れてしまい、自転車はガシャンと倒れる。


「あんたごときが、わたしに悪口言ってんじゃないわよッ! 何様のつもりッ?」


 さつきにつかまれて、ぐらぐらと体をゆすられる。

 青太は血の気が引いて顔が白くなる。


「しゅ、しゅみません」


「次、調子乗ったら殺すからねッ!」


「コ、コロス?」

 ひぃぃと青太はさつきの怒り顔におののいた。


「分かればいいのよ」とさつきは青太を離した。

 青太は地面にどさっと尻もちをつく。


「ほら、早く立ちなさいよ。早くしてッ!」


「…………うぅ」

 青太は半泣きになりながら起き上がり、倒れた自転車を直す。


「あんたにDVD持ってきたから。ほら、あげる」


「ぼくが怖い映画嫌いなの知ってるだろ!」


「え? まさか、青太。わたしのプレゼントを断るつもり?」


「こ、こ、こればっかりはさつきからのプレゼントでも受け取れないよ。ぼくはそのジャケットを手に触れるだけでもいやなんだ」


 さつきはDVDケースを見せつけてきた。

 それは昨晩さつきから送られてきたメッセージに添付された写真のゾンビ映画と同じものだった。

 それが有名なゾンビ映画作品であることは青太にも分かったが、具体的な話は知らないし、あらすじを聞くだけも失神する恐れがあると青太は耳をふさぎたかった。


「なに、顔青ざめてんのよ。バカじゃないの」


「だ、だって怖いものは怖いんだ」


「フフフ」そこでさつきは笑った。


 青太は「ふぃえええ……」と恐怖に体を震わせた。どうやらさつきのやりたいことはさらに次の展開があるらしい。


 不敵に笑うさつきはいつだって青太を怯えさせる。


「これ開けてみなさい」


「え、何で」


「いいから」

 さつきはニヤニヤ笑っている。何かあることは間違いない。


「ど、どうせ、ゴキブリのおもちゃとか入ってるんだろ……!」


「さあ。どうだろう。それより、もっといいものだよ」


「な、何だよ」


「開けてみなよ。青太がきっと好きなものだよ」


「ぼくはホラー映画が嫌いだって言ってるだろ。さつきだって知ってるだろ」


「だ・か・らッ! 開けてみればいいじゃん。開けろやッ!」


「ひぃ、ひっぃいいい……」


 目の前のさつきに怒鳴られるのと、DVDケースを開けるのとどっちの方が恐怖かと言えば、さつきを怒らせた方ではありそうだったので、青太はしぶしぶケースを一つ受け取り、パカッと開けてみた。


 恐る恐る開いてみるが、特に異常はない。


 ケースの中には一枚のDVDが入っているだけ。

 ……と思ったら、そのDVDはタイトルがその映画のものではなかった。


「ギャハハハハハハ。何よ、その顔、うっわクソ童貞なんですけど!」


 なんと、ケースの中に入っていたDVDは『つゆだくぺちゃぱい♡』というタイトルのものだった。

 青太は顔を真っ赤にし動揺している。


「アハハッハッハハハ。顔の色、何回変えるのよ。青くなったり、白くなったり、赤くなったりさあッ!」


 さつきはこれはたまらないといった様子で腹を押さえて爆笑している。


「こ、これは何だよ。やめてよ。い、いらないよ!」


 『よだれつゆだくぺちゃぱい♡』をさつきに返す。


「キャハハハハハッハ」


「ほんと、最低だね。ぼくはもう学校行くから」


 さつきは泣きながら笑っている。笑いすぎて、呼吸もおろそかになってしまい「はぁ……はぁ……」と息遣いが荒くなっていた。


 青太は唇をとがらせて自転車にまたがりペダルに足を置いた。


「あなた今日、誕生日でしょ。だからプレゼントだよ。青太ももう高校生なんだから、彼女の一人くらい作らないとダメでしょ。これ見て女の子のことちゃんと勉強しなさいよ」


「そ、そんなのは大きなお世話だよ」


「それにね、ホラー映画のケースの中に入れておけば、叔母さんにばれる心配もないんじゃない?」とさつきはクスクスと笑う。「いいカモフラになるよ」


 青太は「や、やめてよ」と怒る。


 しかし、さつきは気にせず、青太に無理やりDVDを持たせた。


 するとちょうどそこで香苗が駐輪所から出てくる。


「えー、まだいたのぉ?」

 スーツ姿の香苗。灰色のスカートから黒いタイツが見える。

「さつきちゃん、おはよう」


「おはようございます」


 さつきは笑顔で挨拶した。


「マンションの前なんかで二人で何してるの?」


「べ、べつに、べつに何もないよ!」


 青太はDVDをとっさに自分のリュックに隠した。


「遅刻しないようにね」

 と言い残して、香苗は青太やさつきとは逆方向へ走っていく。


「ほら、青太! 遅刻するよッ!」

 さつきはそう言いながらすでにペダルをこぎ始めていた。


 青太はリュックの中のDVDを気にしながらも、家に戻って置いてくる時間はないと判断し、困惑顔で自転車をこぎ始める。




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