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第2話 ≪エプロンを外し、ムギュゥッ……≫



 昨晩のさつきの行動の真意がつかめないまま、朝がやってきてしまった。


 青太はベッドから這い出て、暗い面持ちで洗面所へ向かう。

 リラックスした状態で眠れなかったので、目には薄いくまが出来ていた。

 歯を磨いても、顔を洗っても、まだうつうつとした影を引きずったまま、ダイニングテーブルへ行って腰をおろした。

 

 眼鏡が鼻の頭の方にずれてしまっているが、それをなおす気力もなかった。


 昨晩のさつきからの電話が頭から離れない。頭が重たく感じている。そんなことだから、朝ごはんであるハムエッグと白ご飯もうまく喉を通っていかなかった。


 そんな青太の様子を見た叔母の安田香苗はキッチンから声をかけた。


「青太どうしたの? 今日は誕生日なのに元気ないじゃない」


「いや、まあ別に」


「わたし、塩加減間違えちゃった?」


「そんなことないよ。香苗さんの料理は今日も美味しいよ」


 香苗はフライパンを洗っていたが、その手を止めて、青太に体ごと振り向く。そして、じぃっと青太のことを見つめる。


「な、何だよ」


 青太はたじろいだ。


「何か、わたしに隠し事してるでしょ?」


「そんなことないよ」


「じゃあ、いつもみたいに美味しそうに食べなさいよ。ハムはカリカリに焼いてるし、ごま油で半熟に焼いた目玉焼きだってあるでしょ。どっちも青太の好きなメニューじゃん」


 香苗は青太の父の妹であり、続柄で言うと叔母である。現在、青太と香苗は二人暮らししている。


「どうしたの。何か、嫌なことでもあったの?」


 香苗は現在29歳でOLをしている。スーツにエプロン姿をしており、朝のこの時間は決して余裕があるわけではないのに、香苗は静かな動作で青太の向かいに座った。


「いや、本当に大丈夫だからさ」


「大丈夫な表情じゃないよ。これでもわたし、叔母さんだよ。青太のこと小さい時から見てるんだから。悩み事があるなら言いなよ」


 香苗のまっすぐな眼差しに青太は困ったように笑った。自分の臆病を、自らさらす出すことがひどく情けなく思えた。それでも、青太は香苗に告白することにした。

 そして、ごにょごにょ、ぶつぶつ、ごにょごにょ、ぶつぶつ、と青太は昨晩の出来事を香苗に話した。

 香苗は真剣な顔で頷いている。

 青太は恥ずかしくなり、自己嫌悪モードに入る。ずれた眼鏡がさらにずれていく。


 香苗は「はあ」と大げさなため息をついたかと思うと、椅子から立ち上がり、青太の方へ寄ってくる。


 そして……、エプロンを外し、ムギュゥッ……と青太に抱き着いた。


 香苗の大きな胸がちょうど青太の顔に押し当てられる状況になり、ずれた眼鏡がさらにずれて今にも落ちそうになってしまう。


「アオちゃん、そんなに悲しそうな顔しないのォ。ごはん食べさせてあげようか?」


 香苗はこうやって抱きしめ、甘やかそうとする時は決まって『アオちゃん』と呼ぶ。青太がまだ幼い頃、香苗が呼んでいた呼び名だった。だから香苗が『アオちゃん』と呼ぶ時は青太のことを子ども扱いしている時だった。


「や、やめてよ……。自分で食べられるよ!」


 しかし香苗は離れず、むぎゅむぎゅと青太の顔を胸で抱きしめるようにして、くねくねと動いた。


「い、息ができないって!」


「アオちゃん大丈夫だよ。喋れてるんだから息できてるよ?」


「ぼくはもう子供じゃないんだから!」


「昔みたいに、わたしのこと『カナちゃん』って呼んでよぉ……」


「や、やめてよ。早くごはん食べないと遅刻するから」


 そこで香苗はニコっと笑う。そして、青太から離れると、「よしッ。それじゃあ、一緒にごはんを食べるとしますか!」と言った。


「香苗さん朝ごはんまだだったの?」


「うーん、ちょっとね。ダイエットしようと思って、ヨーグルトとバナナは食べたんだけど、やっぱり食べちゃおうかな」


 そう言って香苗はキッチンへ行って茶碗にご飯を盛った。盛った上にさらに盛って、その上にもさらに盛った。白いご飯は山のように高さを増していった。


「ちょ、ちょっと香苗さんいつにも増して食べすぎになるよ」


「でも、青太と朝ごはんモリモリ食べたいしさッ」


 そう言って香苗は様々なふりかけを持ってやってくる。メガ盛りの白ご飯と複数のふりかけがテーブルの上に置かれる。

 ふりかけは、『海老フライ醬油マヨ味』『チーズグラタン味』『おでん味』『ポテトサラダ味』というラインナップだった。青太は苦笑する。


「いっただきま~すッ」

 と香苗は嬉しそうな顔で声を出した。


 すると、そこで

 ピンポ~~~~ン

 とインターホンが鳴った。


「!」


 青太はびくっとして、壁にかかったインターホンの受付機を見る。


 そこには冬ノ目さつきが映っていた。気だるそうな顔で、画面をのぞいている。綺麗な顔をしているのだが素行の悪さが鼻につくタイプの女子だった。


「さつきちゃんじゃないの?」

 香苗は口の中をごはんでいっぱいにしながら喋った。


「うん。そうだね……」


「お迎えに来てくれるなんてまるで彼女みたいだね」


「さ、さつきはただの幼馴染だよ」


「意外と告白されたりして?」


「そ、そんなわけないよ!」


 青太は椅子を立ち、インターホンに応答する。


「はい」と声を出すやいなや、さつきは「早くしてよッ!」といきなり怒鳴った。


「え、どういうこと。一緒に学校に行くの?」


「そんなわけないでしょ! あんたと一緒に登校するわけない」


「じゃ、じゃあ何なの?」


「だから! 昨日言ったでしょ! 怖い映画渡すっつってんじゃん!」


「いやでも……」


「いいから早くおりてきてよ。一分以内ね!」


「ちょっと、待って。まだ朝ごはんも食べ終わってない」


「五秒経過ぁ」とさつきは気だるげな声で言った。


「も、もお……」


 青太はインターホン受付機の画面を切ると、テーブルの上の残りのハムエッグと白ご飯とを口の中に駆け込む。

 慌てて食べたからせき込んでしまったが、コップに入ったお茶を一気に飲み干して、食器をそろえてキッチンの流し台に持っていこうとする。


 すると香苗が笑った。

「後片付けはいいから。さつきちゃんのところ早く行ってやりなよ。あと三十秒もないよ」


 青太は口の中をいっぱいにしながら、「ありはほう!」と言った。

 そしてリュックを背負いリビングを出ていく。


「いってひまふ!」


 香苗はごはんを食べながらほほえんだ。


「うん。いってらっはい」




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